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 昼間の散策に犬を連れて行かなかったのは、犬をダシに使ったからだ。
 外へ出ると言ったオレに侍従の少年が難色を示したのは、オレに対する心配で。飛び交う噂話が本人の耳に入り傷付かないかと気を配ってのことだ。
 はっきり言って、必要のない気遣いである。
 だが、それを説明する必要はなく。オレは行きたいと伺っているわけではないのだと押し切った。
 その際、当然のように付いて来ようとした犬に部屋へ残るよう命じたのは、適当に帰ってくるとの意思表示だ。
 本来の飼い主もそうだが、少年も、オレが犬をとても気に入っていると思っている。
 それこそ、今こうして犬がずっと傍にいるのは押し付けられたからなのではなく、オレが王様に頼んだことだと認識しているほどだ。

 だからこそか。
 最近の少年は、何かと気を張っている。
 もともと、素直な年頃からの正義感と神への信仰からか、御使いというだけでおかしなオレを嫌がりもせず世話していたが。
 オレが犬に気心を許していると勘違いし始めてからは、犬のことにも気を使っている。
 何か間違いがあってはならないと。

 そう、まだ子供である侍従が気を揉むくらい。
 御使いは注目の的なのだ。
 排他的なその御使いが唯一可愛がっているとされる犬となれば、たとえそれが王のものであっても、ちょっかいを出したいと思っているヤツは手段のひとつとして欲しがるだろう。
 危害を加えられる可能性は高い。

 そんな風に侍従に気遣われているのは勿論、多くの注意を引いていることなど一切わかっていないのだろう犬が。
 やってきた男のもとへと駆け寄り、鼻先を脚に押し付けている。
 今日は外へ連れて行ってくれなかったんだと、オレへの不満を言っているかのようだ。

 男は、指先で犬の頭を突くように撫で、まとわりつく犬をそのままに傍までやってきた。
 長椅子で寝転がったオレを真上から見下ろし、床へと腰を下ろす。
 それに並んで、犬も座る。

 犬が二匹だ。

 ちょうど腰の辺りにある男の肩に手を置き起き上がれば、今度はオレが斜め上から男を見下ろすことになる。
 その向こうにいた犬がすぐに動き男の背中側へ移動すると、オレの脚に顎を乗せてきた。
 鼻先を掻いてやると、目を瞑る。

「あの男は、アンタが大層心配らしいな」

 唐突に話をふったオレに、けれども男は考えるそぶりもなく即座に返答した。
 あいつは昔からああなんだ、と。
 この男の場合は噂ではなく報告としてであろうが、オレと隣国王子の接触は抜かりなく耳に届いているようだ。

「王子同士の幼馴染か」
「俺は王子ではなかったがな」

 その言葉に、そうだったかとも思い出す。
 直接聞いたわけではなく、飛び交う『声』を拾い上げるもので興味もなかったので気にもしていなかったが。
 この男もまた、自分の意思に反し王位継承権争いに巻き込まれ、気づけば王に奉りたてられた人物だ。
 男が王位など望んでいなかったのを知っている者は、争いの中で妻子を亡くした男に同情的であったり、それでもよき王として務めている男を敬愛していたりするが。男をよく思っていない者たちは、当初は王位継承権すら持っていなかった男を蔑んでいるような状態だ。
 聞こえてくる『声』は大体が後者であり、態々耳にして面白い話でもなく流していたが。

 どこの国でもこういう話はたくさんあるのだろうが。
 今の隣国と似ているなと思いつく。
 継承権の高い者たちが共倒れになれば、この男がそうであったように、あの王子様も王に就くことだってありえる話だ。

 オレなんかよりも断然、状況がどう変化するのかわかっているのだろうあの男がそれでも帰国するというのは。
 オレが思う以上に、命の危険があるのだろうなと改めて感じる。
 世界が綻び始めている今、正々堂々とフェアな争いをしているわけがない。

「あいつは王子ではあったが、上に兄弟が大勢いた。俺は先々代の王の血が入っているだけだ。何も考える必要などなかった幼い頃からよく遊んでいた。その名残で、俺を気にかける」
「他人に気を遣っている状況じゃないようだがな」
「話をしたと聞いた」
「世間話だ」
「あいつはお前のことも気にかけているようだ」
「アンタにくっつく悪い虫としてだな」

 ハッと鼻で笑い、右腕を男の首へと回し、その頭を引き寄せる。

「お友達が心配か、王様」
「難しい立場にいるからな、気にしている」
「難しい立場なのはアンタもだろう、無能と言われているぞ」
「……」
「御使いを抱いておきながら契約を成せないとはなと笑われている。難儀だなぁ」

 どこでそんな話を聞いたんだと。まさか隣国王子からかと、そう考えたのか。
 一瞬男は眉を寄せたが。

「言いたい者には言わせておけばよい」

 言って、伸ばしてきた手でするりとオレの腰を撫でた。
 先ほど犬を宥めるように触れていた手を思い出し、接触以上のこそばゆさを覚える。

 雪が降ればいいと、突如その思いが膨れ上がった。
 オレの言葉が真実になったら、周囲がまた何かと煩いだろう。
 だが、そんなことはどうでもいいくらいに。
 本当にオレに力があるのならば、あの男をこの国に留まらせたいと思った。

 目の前の男のためでも、当人のためでもない。
 ましてや、オレにだってあの王子を滞在させたところで恩恵は何もなく、意味もない。
 それでも、触れあった肌にその思いが強くなり、男の耳に唇を当てながら雪を乞う。

 どこかで起きる奇跡などクソくらえだ。
 今夜、今ここで、奇跡よ起きろ。
 全てを凍らすほどの、吹雪となれ。

「もとより、俺は有能な王ではない」
「だろうな」

 知っていると返せば、男は小さく口角を上げた。
 その口元に、オレの体が熱を上げる。

「まあ、不能と言われるよりもマシだな」
「大して変わらない」
「そうか? だったらアンタ、オレに抱かれていると勘違いされても気にもとめないって?」
「構わない。お前が望むなら、そうしよう」
「望むかよ、やめてくれ。なんで自分の大事なモノを、男の汚ねぇ穴にいれなきゃならないんだ」

 想像せずともこの会話だけで、オレが不能になりそうだ。気持ち悪い。
 腹いせに、きっちりと着込んだ服の襟を無理やり引き下げ、項に歯形をつけてやる。
 噛みながら、首に絡めていた腕を解き、男の唇を指で挟む。

 何をしているんだと鼻を近づけてきた犬のそれを逆の手で押しやり、オレは立ち上がりながら男の耳を引き寝室へと誘った。



 そして。
 その日、未明から降った吹雪は日中も続き、隣国王子を足止めさせた。


2013/06/03
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