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「それで。オレがその御使いであり、この世界を救うっていうのか」
「はい、左様でございます」
「ハッ! なんとも面白い話があるものだ」

 全く面白くないままに、オレは平坦に吐き捨て顔を上げる。
 居並ぶ面々を見る。

 結果は、世界の平穏だとか。覇者の誕生だとか。そう言うのはあるのだろうが、その前に。
 本当にこいつらは、オレの何も知らないままに、そんな役を与えていいと思っているのか。めでた過ぎるだろう。
 根拠があるにしても、単純だ。

「貴方様は、異世界より来られました」
「だから、なんだ」
「御使いとは、神よりこの世界に遣わされるもの。この世界の者ではないのが、証拠でございます」

 神官長の後を引き継ぐようにだが、実際は会話を奪う形で。
 この国の、クルブ国宰相が声を発した。
 オレの中では、宰相といえば、政治家だと思ったが。壮年のその男は軍人のような体つきだ。

「貴方様が降臨されたときの様子は、多くの者が目にしております」

 オレは、何もない空間から突然、このクルブ国の国城に現れたらしい。
 先に起きた水害被害の対策で集まった、周辺諸国の要人達との会議の場に、突如として出現したのだとか。
 確かに、そんなものを目の当たりにし、「御使い」なる伝承も知っているのならば。
 それと結びつけてもおかしくはないが。

 でも、だからって。やはり、短慮だ。

 異界から来ようが、超常現象が起きようが。その者が御使いとは限らないだろう。
 その者により世界が救われると、なぜ、無条件に信じられる?
 救われたそこに、自分達の存在もあるのだと思えるその自惚れはどこから来る?

 目の前に、異世界からやって来たと認識出来る人物がいると理解しているのに。
 その、人では及ばない力を目の当たりにしても畏れないのは。はたして、愚か以外の何なのだろう。
 集団心理は、恐ろしいものだ。

 その存在の善悪を見極めもせずに傅き、その者さえ洗脳するかのようにキテレツ話をたたみかけ。
 そうやって「御使い」を作り出そうとしている自覚は、こいつらにはないのだろう。
 オレが、自分は御使いだから全てに従えと無理難題を吹っかけたらどうするのだろうか。バカらしい。

 面倒だからそんなことはしないが、過去にはそうして御使いの席にふんぞり返った奴もいるんじゃないだろうか。
 ニセモノとホンモノの違いは、いつ判明するものなのだろうか。

 目の前のこの宰相は、その時は粛々と事態の修正に奔るのだろう。
 神官長のジジイは、「御使い」を騙った悪人だとしてオレを処刑するくらいのことはしそうだ。
 そんな想像をしてみるが、口元さえ緩みはしない。笑う役にさえ立ちはしない。

 つくづく、全てが厄介だ。

「なるほど。それだけが御使いの条件なのだとしたら、オレはそうなるな」

 極めて単純でわかり易い条件だ。
 たったそれだけで、救世主認定とは、素晴らしい。
 そのまま単細胞に成り果て、勝手にやっていればいいものを。

「だが、だからって、なぜオレがそんなことをしなければならない? なにが神の使いだ、なにが世界を救うだ、バカらしい」
「ですが、あなたは神に選ばれたお方です。御使いの使命は、契約者を選ぶことのはず」
「オレは神に選んでくれともこの世界を救うとも言った覚えはない。当然、オレがここへ来たのが神なる者の仕業かどうかも知らない」
「神以外、そのようなことが出来ましょうか」

 それとも、貴方自身にそのように世界を超える力がおありだとでも?というように。
 揚げ足を取ろうかというような、それでいて発する「声」と『声』のさが皆無の真摯さで、そう発する宰相は。
 たぶんきっと、出来るといえば、それこそ御使いだといい。出来ないといえば、ならば神の意思だというのだろう。

 こういう会話は、面倒くさくて嫌いだ。

「ならば。出来ないと言い切れるものが、あんた達にはあるのか? オレは神じゃなく、悪魔の使いかもしれないぞ?」

 面倒すぎて、その思いのままに口にした言葉は。宰相殿のセンスには至らなかったらしい。
 あまりの低レベルな発言に嫌気がさしたのか、顔を顰めて言葉を詰まらせる。残念な生徒に当たった教師のようだ。
 その表情はオレの発言について考えているようだが。実際に聞こえる『声』は、こいつは何を言っているんだ?といった困惑だ。こんな奴を本当に御使いとしてもいいのかといった、戸惑いだ。
 ある意味、まともだ。だが、それを態度に示さないのならば、オレにとっては熱狂している神官と変わりない。

 そんな中で、面白いほどに。
 宰相の横で控える若い秘書官は、胸の内ではとどまらない嫌悪を態度にも滲ませている。
『声』などなくともわかる程、表面に出したそれに、その傍に立つ国王は気付いているのかいないのか。
 唯一、この部屋に居て静かなクルブ国国王である男は。
 どこまでも、他人事のように。まるでこの部屋の様子が見えても居ないかのように、そこに居る。

 オレも、出来るのならばそうしたいものだ。
 一体、いつまでこの茶番は続くのだろう。


「まさか、そのようなことはございません」

 クルブ国宰相が沈黙した隙に、神官長が会話を取り戻した。

「貴方様は、何とおっしゃろうと御使い様でございます。ご不安になられる必要はございません」
「目出度いな。異世界から現れたからと言ってそうだとは限らないだろうに、単純なものだ」
「それ以外にも、証拠はございます」

 神官長がスッとオレの方へ一歩近付いた。
 犬がサッと腰を上げ、オレとジジイの間に移動する。

「脚と腹部のお怪我は、まだ痛みますでしょうか?」
「……何だと?」

 痛くはないだろうと、『声』でも、顔でも、男がその確信を持っているのがわかったが。
 認めるのは難しい程度に、オレ自身が疑問を持っているそれを指摘されるとは思っていなくて。
 警戒した犬同様、何かを仕掛けてくるのかとその動きに注意していたオレは、ただただ、意外な言葉に顔を顰めてわからぬ振りをする。

「お怪我をなさっておいででしたが、お気付きでいらっしゃいますか」
「意味がわからない」
「代々の御使いは、我らより遥かに治癒能力が高かったそうです。小さな怪我など、直ぐに治るほどに」
「オレに傷があったと?」
「私だけではなく、多くのものが見ています。今、あの傷はどうなっていますでしょうか?」

 通常ならば、短時間で治るわけがない傷だ。御使いでないのならば見せてみろ。
 そんな『声』と共に満足げに笑った顔で、いかがでしょうかと男はオレを見る。
 怪我は本当だと、そして治ったのだろうと。自信が溢れるそれに滲むのは、御使いへの敬意ではなく、獲物を捕獲するかのような興奮だ。

 クソヤロウ。
 オレが気を失っている間のことだ、そんなのはどうとでも言える。
 完治するのならば、最初から傷がなくとも狂言は通じる。
 だから話に乗る必要はないと思うのに、どうとしても自分を御使いに仕立て上げようとするそれに忌々しさが募り、身体の新が熱くなる。

 冷めていた感情が、長く続くウザさに、動かされ。
 理性が切れそうだ。


2011/06/27
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