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「御使い様、どうか我らにお力をお貸し下さい」
神官長が言葉とともに何度目になるのか深く礼をすると、その後ろに控えていた神官達も頭を垂れた。
オレの『声』もこの男達に聞こえれば、この茶番は終わるだろうか?
いや、終わらないだろう。
口に出し言ったところで、聞く連中ではない。御使いとあがめようとも、己の正義を覆さねばならないのならば、聞く意思すら持たないヤツらだ。
宗教家には、利己的なヤツしかないのは異世界でも共通だろう。
「……ならば、実験をしてみるか? 誰かオレを斬ってみろ」
「その必要はございません。貴方様自身に、お分かりになって頂ければよいのです」
自分達はもう、確信を得ているのだと。お前のためだけに説明してやっただけのことだと、ふざけた言葉がオレを押さえる。
この男達の中での「御使い」は、もうオレから動きはしないらしい。
流石。治るはずだからと、気付きつつも傷の手当てひとつしなかったヤツらだ。恐れ入る。
だが、それならそれで構わない。
根本的に、こいつらは間違っているのだから。何を信じていようが、どうでもいい。
確かに、こいつらの理屈で言えば、オレはその厄介な存在なのかもしれない。
別な世界から来たし。刺されたはずの脚は痛まないし、なぜか傷を負っていた腹ももう問題ないくらいだ。
こいつらの言う、「御使い」であるのだろう。
けれど。そうであっても、オレはオレだ。
この世界のためにだけに落とされた、「御使い」なる道化ではない。
「この世界にとどまり、契約を成して下さい」
御使いと契約した者は、世界を統べる。
その王が、世界を救う。
つまり、御使いが契約者を決めなければ、世界はこのまま破滅に向かうというわけだ。
あくまでも、世界を救うのはその契約者なのだろう。御使い個人ではないようだ。
だが、御使いが選ばねば、何もかもが終わる。
故に、こいつらは、オレに傅いている。
欲望が渦巻く中にも、恐怖が混じる、オレを見つめる目が。真偽はともかく、この男達にとってはそれが真実だということを教えてくる。
オレを手中におさめたいのとは別に。世界の継続を望んでいる。
世界がなければ、いかなる能力を持った御使いであろうと意味はないのだから、それは当然なのだろうが。
何とも、欲張りなことだ。
「そう迫るということは、契約は御使いが自らの意思で行うんだな? こいつと結べと、適当な人物を突き出されるわけではないんだな?」
オレには確かに、世界を救うに役立ちそうな力などない。あるのは、他人の思考を察知出来る能力だ。高い治癒力もあるらしいガ、それこそ他人には意味がない。
誰が覇者に成り得るのか、それを見極める能力など皆無だ。
そんなオレが、どうやって選べと言うのか。
この世界のことを何ひとつ知らぬ者に決められて、こいつらはそれが誰でも納得するのか?
なのに、あくまでも選べという。してくれと、そこは他人任せだ。
今までの強引さでいえば、候補者を目の前に連れてきそうな勢いであるというのに、そこは適当なようだ。
だが、示されるそれとは別に、『声』は怪しげでもある。
「勿論でございます。貴方様に選ばれてこその、契約者です。御使いの意思なく、契約とはなりません」
「オレの意思に反する契約は出来ないということだな?」
あくまでも、決定権はオレにあるという。
しかし、聞こえてくる『声』は、そうではない。
幾人かのそれは、オレを虐げてでも手に入れたいという欲望がうかがえるものだ。そんなところに、オレの意思など有るはずもないのに、何処までも強気なそれだ。
「オレが決めたヤツが、この世界を救うのか」
「はい、そうでございます」
しつこくも重ねて問うたそれに、神官長は頷きながらも、怪訝さを見せた。
違和感を覚えたのか、その目はオレの中を探るかのようなもので。『声』は、知っているのか?といった疑惑だ。
知っているかとは、何なのか。
オレは、心で発する『声』は聞こえるが、胸や頭を覗けるわけではない。だから、わからない。
何かを隠しているようだが、嘘をついているようにも思えない。
この男、神官長の発言は、正しいのだろう。だが、それは事実の一部といったところか。
こいつに決めろと、言われるままに契約をさせられる訳ではないようなのは、願ったり叶ったりである。
もしかしたら、全て決められる方が楽であるのかもしれないが。
こんな状況に落とされ、そこまで道具扱いされたくない程度の矜持はオレにだってある。
しかし、それにしても。
その契約とは、一体、何を持ってそうとするのか…。
意思によるというが、そう認識していないフシもあるのを考えれば、強要して成すのは可能なものなのかもしれない。
「……具体的に、契約とは何をするんだ?」
「何も。御使いさまの心おひとつでございます」
「心…?」
「貴方様が本心で選べばよいのです。偽りで言葉だけを与えても、それは契約とはなりません」
「そうか。ならば、ムリだな」
神官長の言葉にオレは安心し、思わずそう答えて口角を上げる。
こんなところも、単純なようだ。
「……恐れながら、それはどういう意味でしょう」
「簡単だ。オレはこの世界がどうなろうと、興味も関心もない。強い気持ちがなければ契約が成立しないのならば、きっとオレにはムリだろう」
アンタ、オレが積極的に契約者を見極めるようなヤツに見えるのか、と。
先程のやり返しではないが、他人の心の声を聞けるわけではないだろう男に、それでもわかるよう隠さずに態度でそれを見せ付ける。
しかし。
「ああ…いや、興味じゃないな」
僅かに顰められたジジイの顔を見ながら、思い直し言い直す。
「この世界の平穏など知ったことか、だ。拒絶心は持っているな。滅びへの背を押すことはあっても、再生に手を貸すつもりは一切ない」
覚えておけよとオレが紡いだその言葉に、部屋の中は一瞬にして沈黙を作り、その後は馬鹿みたいな程にうろたえたような空気が膨れ上がった。
その発生源は主に、ベッドに腰掛けたままのオレの右手前に集まる神官達からだ。
絶句し、悲鳴のような声さえ零れるそこから、間を置いて色んな『声』が上がる。
綺麗だの何だのと、「御使い」を越えてオレ自身に奇妙なことを考えていたヤツなど、そのままショックでくたばるんじゃないかと思うほどの慌てぶりだ。信仰深い神官は、早速オレの御使い認定を取り消している。
吐きたくなるような、ウザさだ。
だが。その中の、神官長のオレへの忌々しさを隠し切れていない表情の変化に、若干の気が晴れる。
御使いじゃないだとか、御使いに見捨てられまいだとか。色々と感情激しく叫ぶ彼らとは違い、クルブ国の三人は静かなものだ。
彼らにとって、オレの言葉も意思も関係ないようだ。オレが何を言っても、目指すものは変わらないのだろう。
宰相が痛ましげに僅かに心の震えを見せた程度で。その側に立つ秘書官は一切の変化を見せない。相変わらず忌々しげに見てきているだけだ。
加えて。
この国の王は、それさえもない。
オレには何の感情さえも与えず、ただ静かに立ってこちらを見るのみだ。
距離はあるが正面の位置に立つ男を見たオレに倣うよう。
傍らの犬が腰を上げ、飼い主のもとへと歩いた。
「御使いさま…、なんてことを……」
誰かが、戸惑いながらも咎めるような声でオレを呼んだ。
その声は、オレを白けさせるには充分で。
顔を向ける気にもならならず、主人の足元に座った犬を見続ける。
離れても、オレを見る犬の眼は気遣わしげだった。
「むしろ、アンタ達はこのまま滅べばいいんじゃないか? 神だの御使いだのに頼るだけの無能者など、きれいさっぱり消えてしまえ」
呟いた瞬間、自分に襲いかかって来た恐慌に。
オレは、ひとり小さく笑う。
そう。
オレとともにこいつらも消えればいいのだ。
笑うオレに刺さる『声』は。
オレを更にその思いへと駆り立てる。
本当の救いなど、どこにもないのだと。
コイツらも、知ればいい。
2011/06/27