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長い歴史の中で、「御使い」は今までに3人現れているようで。
オレで、4人目と言うわけだ。
この世界に3度の奇跡が起こったのは本当なのかもしれないが。
次もそうだとは限らないだろう。
「代々の御使いは、この国に仕えました」
「それで?」
だからオレにもそうしろと言うのかと、歳は三十路程なのだろう男を見ると、静かな眼がそこにあった。
静かだが、それは敵意を押さえ込んだものだ。
この男は、御使いだとか異界人だとか何だとかではなく。無条件でオレを嫌っているらしい。
憎々しげな『声』は途切れることがない。忌々しい存在だと胸中で吐き捨てている。
気鬱になるを通り越し、むしろ清清しいほどだ。
思わず喉を鳴らすと、流石に、男の眉間に皺が寄った。
だが、それでも確かに一国の王の秘書官だけのことはあり、表に出るのはそれのみだ。
厄介な御使いなど、さっさと契約を交わしてどこかに閉じ込めておけばいいのだ、と。
その思いが見えるのはオレのみで、気付かれていることを知らない男の本音。
煩いほどのこの『声』は、他の誰にも聞こえない。
だからこそ、胸中とはいえこんなにも吠えるのだろう。
だが、何もそれは、この男だけではない。誰もがそうだ。
宰相によって追い出されるように退室した神官達も、離れてなお、煩い『声』を発していた。
もし、オレがこの能力を明かしたならば。
一体、どうなるのだろう。
流石、神に近い存在だと見做すのか。
それとも、悪魔そのものだと掌を返すのだろうか。
敬意と畏怖と、どちらが強いのだろう。
オレのように悟るのも最悪だが。
悟られるのも、きっと似たようなものだ。
告白すればこの澄ます男の鼻をあかせるのだろうが、と。
そんなことを考えながら、オレを蔑む『声』をやり過ごす。
騒音に集中してもどうにもならない。
「クルブ国は長い間、この世界の中心で在り続けているのです。そして、それが崩れるのは、余計な火種を生むことにしかならないでしょう。御使い様がこの国に仕えてくださることが、この世界にとって一番――」
「オレが違う国に行けば、その国が中心となってこの世界を盛り立てるだけのことだろう」
一番良いと言おうとしたのだろうそれを遮る。
オレにだけ聞こえる『声』は止められないが、実際の声には反論でも何でもできる。
積極的に話したい訳ではないが、こんなにも言葉を浴びせられればオレだって感化して、多少は吐き出したくなるというものだ。
「既に世界は傾いているのだろうに、何が火種だ。本気でそう思うのならば、争奪戦から抜けろよ」
全て消えてしまえと、オレが笑ったあの後。
御使い様は疲れているようだと、クルブ国の宰相が神官達全員を引き揚げさせた。
彼らは未練タラタラで不服そうであったが。何を語り損ねたのか、大半が当人達の『声』でわかるオレには、敢えて引きとめて情報を得る必要はなかった。
そして。それは、なにも神官に限定したものではなく、誰にも用はなかったのだが。
流石に、そのままオレを放置するはずもなく。
神官達を追い出してからも、当然のようにクルブ国の面々はオレに対峙した。
だが。漸く回ってきた順番に意気込むわけでもなく。
こうして、オレが何を選ぶべきなのか、淡々と示してくる。
あからさまなそれは、喋る本人の内面が滲み出た冷やかさを孕んでいるだけで、内容のような熱はない。
メンツが変わろうとも。
どこまでも、茶番だ。
「そう言うわけには参りません。この世界に来たばかりの貴方様にはわからないのでしょうが、国の力というのは一昼夜で得られるものではありません。他の国が御使いを得たところで、世界を救うまでに至るか怪しいものです」
折角の恩恵が無駄になると。
奇跡は起こらないかもしれないと口にする男は。
けれども、微塵もそんなもの望んでいないといった態度で、交渉役としては不適切だ。なぜこの人選なのか、意味不明だ。
「ひとつ聞くが。本気で、過去の実績が御使いを得る理由になると思っているのか?」
「どう言う意味でしょう」
「歴代のヤツらが何を選んだのだとしても。今ここに居るのは、そいつらじゃない」
ここに居るのは、オレだ。
オレに、過去の奴らの何が関係ある?
過去の3人の御使いは、全員が、降り立った国でもあるこのクルブ国の王様を契約者に選んだそうだ。
故に。
大国でもないクルブ国だが、世界の中心となっているらしい。
各国の神殿を纏める、どの国にも属さない独立した聖殿も、だからこそこの国の中にあるのだとか。
けれど。
彼らは、まるでクルブ国に従属するような形になっている今の状態が不服であるようだ。
あの食えなさそうな神官長をはじめとする面々は、新たな御使いを手中におさめ、それを機に現状から脱却したいようだ。
そして、それは他の国にとて同じ話で。
どの国も、御使いを手に入れたいのだ。それこそ、己ではなく他者がそれを成し遂げるのならば、世界の滅亡が訪れるのだとしても御使いを殺してしまおうと思うくらいに。
流れてくる『声』には、そんな危惧があることをオレに教える。
世界を統べるというその呪詛が、この世界を滅びに向かわせているのだとは、誰も気付いていない。
争いの種など、神の子であったとしても、吉兆ではなく凶兆だろうに。間抜けなものだ。
2011/07/03