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「御使いが降り立つ地を決めるのは神です。神は、我が国を既に選ばれているのだとも言えましょう。貴方様はそれに従う気はないと?」
「成る程。そんな手前勝手な解釈で、あたかも意味があるように思わせ、代々の御使いを取り込んだのか?」
「…………まさか、そのようなことはございません」

 男が、オレの言葉に数拍の考慮の時間を要したのは。的を射ていたからでも、作戦を見直したからでもなく。
 ただの、オレへの敵意だ。
 わかったような口を聞くなという嫌悪で湧いた怒りを、ただただ腹の中で飲み込むのに要しただけのこと。

 だから。再び開いた口は、変わりばえのない言葉を紡ぐ。
 まるでそれは、黄門様の印籠かのように使われる。

「過去の御使い様方は、自らの意思で我が国の王と契約したのです」
「それが真実ならば、もの好きな奴らだとしか言えないな」

 オレには真似など出来ない、と。
 微塵もそんな話を信じていない態度を崩さぬまま、鼻で嗤ってやる。

「そもそも、この世界を守りたいと思っていないオレには関係のない話だ。神の意思など持ち出しても、役には立たない」
「では、貴方はどうするおつもりですか」

 棘を含んだ秘書官のその声に、宰相が僅かに顔を顰めたが。咎める言葉は発しなかった。
 不毛なやり取りに、聞く方も疲れたといったのは若干あるが。気持ちの大部分は、噛みつく男と同じく、オレの動向を注視したものだ。

 まるで挑むように、『お前は本気で死ぬつもりか? 口先ばかりの子供が』との嘲りがオレに向かう。
 同時に、『この御使いは何をしたいんだ…』とのものも。

 敵意と、観察では全く違うけれど。
 オレにとっては、どちらも変わりばえしないそれだ。
 この短時間で、触れ過ぎた感情だ。


 何を?も、何も。
 この世界で、やりたいことなどあるはずがないだろう。

 ここは、元の世界以上に、オレを苦しめるのに。
 何かをしたい訳がない。


「どの国をも選ばぬとおっしゃるのならば。聖殿にでも仕えるおつもりですか」
「……さぁ、どうだろうな」

 強い口調を弛めぬままのその言葉に、オレは内心で呆れる。

 聖殿など、それこそ一番有り得ないだろう。
 自分をこんな目に合わせた神に、殺意は抱いても、敬う気持ちなど生まれるはずがない。
 誰が、そんな場所に居たいものか。

 アンタ、バカだろう。
 その思いを隠さず見やったオレの視線の先で。男は意外にも、怒り狂うのではなく呆れた溜息を吐いた。
 お前は何もわかっていないといったそれだ。

 変わらぬ『声』が、神の失敗作だとオレに烙印を押す。

「貴方様にそのつもりはなくとも、どの国も御使いを手に入れたいと思っているのを理解しておられますか」
「知ったことか。どこも選ばないオレには関係ない」
「いえ、関係あります。なにせ、御使いと契りを交わせば契約が成立し、その全てを手に入れられると言われていますから」
「……、契り…?」

 それは思わぬ言葉で、つい拾い上げると。
 オレから反応を出せたことで余裕が戻したらしい男が、勢いよく言葉を紡ぐ。

「実際にはそう単純なものではないと、代々の御使い様方が証明されております。ですがそれでも、その手はひとつの有効策だと思われているのも事実です。我が国は今までどの国よりも深い繋がりがあり、御使いのことをよく知っておりますが、他の国はそうではありません。故に、無理も無茶もします。そう言う意味でも、貴方様にはこの国が一番安全なのです」

 音にした以上に、色々な『声』が届くが。要約すれば、『クソガキが、わかったか? 身体を犯され奪い取られたくなくば、黙って言う通りにしていろ』と言ったものだ。
 どうやら、何も知らないオレへのひと刺しで、男の溜飲は幾分か下がったらしい。

 それにしても。
 なんて、馬鹿げた展開なのか。
 多くの『声』を聞いていたが、流石にオレと契ろうと画策している神官はいなかった。脳内で犯されてはいなかったので、気付かなかった。
 まさか、こんな三文小説のようなベタな展開が用意されているとは、お笑いだ。

 しかし、これもまた、有り得る話であるのだろう。
 力で相手を捻じ伏せるのは、珍しいことではない。
 多くの場合、暴行はひとつの有効手段である。

「つまり、犯して言う事を聞かせられた者が御使いを支配すると。それで契約が成り立ち、自分が覇者になれると。そう思われているわけだな?」
「そうです。契約は、御使い様の意思ひとつであるというのは、認識されていますが。それさえも、いか様にもなるのだと多くの者が考えているもが現実です」

 成る程。
 思えば、先程の神官長の頭を掠めたのはこれらしい。
 知っているのかとは、このことだ。心ひとつと言っても、その意思を自在に操る方法があるのを知っていたというわけだ。

 そしてそれは、男が言うように。多くの者が有効だと考えているのだろう。
 だからこそ、特別誰も、そこに意識を置かずにきているのだ。

「契約だ何だのと言っているが、成る程、そう言うことか。やはり、オレの意思など関係ないというわけだな」
「いえ、違います。あくまでも、真実を知らない者の認識です。実際に御使いが心から選ばねば、力を得ることは出来ません。たとえ身体を奪ったとしても契約者にはなれません」
「代々の御使いは自らこの国の王を選び、契約が成立した言ったな?」
「はい」

 先程の言葉の裏付けを突きつけられての喜びか。
 自信満々に頷く男に、オレは顔を歪める。

 契約の成立方法が確定していると言うことは、つまり。
 その過去に、実際レイプがあったということになる。
 だからこそ、御使いの意志は必要なのだと実証できたのだろう。

 犯され、口先だけで契約を成そうとした御使いが居たんだなと。
 口にしそうになったそれを、けれども飲み込み。オレは意識からそれを切り離す。
 考えても、追求しても焼くには立たない話だ。
 過去なにがあろうとも、過去だ。
 そして、オレが居るのは今だ。
 今でしかない。


2011/07/03
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