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「つまり、無駄なイザコザが起こる前にこの国を選べと、結局はそう言いたい訳だな? オレにとっても悪い話ではないだろうとの懐柔か?」
「滅相もございません」
軽く頭を下げる男は、勝ち誇ったような高揚を胸に抱いているが。
しかし、それこそ。
わかったと了承して選んだとて、オレの場合、口先ばかりでしかなく契約など成立しないだろう。
相手を見て、懐柔しろというものだ。オレに、その妥協点は存在しない。
「人は、自分さえも騙し裏切るものだ。意思など、実際にはどうとでもなるものだ。この国が過去御使いを得られたのは、ただの手腕だろう。感情論なんて持ち出すなよ、ガキ臭ぇ」
「……感情論などでは、」
「歴史書の中でどうなっていようと、多くがそれを疑わしく思っているのならば意味などない。真実など、全員に知られ受け入れられていなければないに等しい。オレを手篭めでも何でもモノにすれば、自分は世界の王となる。そう信じている者がいる限り、それが全てだ。この国にいようとも、安全などない」
「私どもは、そうではないと知っております」
「だから、それに何の意味がある? 誤解者よりもマシだと言いたいのか?」
「少なくとも、私どもは貴方様の意思を踏みにじるようなことはいたしません」
オレが、今ここで契約を口にしたとしても、ここまでの白々しさはないだろう。
それくらいに意味のない言葉が、部屋に漂った。
無駄に怯えさせ脅しているヤツが吐いたその滑稽さに、オレは眉を寄せる。
一切、話が通じない。
そもそも、この男は話を通そうともしていない。
「踏みにじられて挫けるような弱い意志は持ってねぇよつもりだが。たとえ挫けたとしても、オレは別に構わない」
オレの意思が大事だとわかっているヤツには、ある程度の抑制を掛けられるのは事実なのかもしれないが。
そうではないヤツが一人でもいたら、それはもう、全てがないに等しい。
強硬手段に出るヤツがいるとなれば、真実を理解していても、それに続かねばならない時もあるだろう。
それこそ。
多くを知るこの国とて、何を選ぶかなどわからない。
なにより。
人は、本当に弱いものだ。
犯されたのをきっかけに、その相手に依存したとしても不思議ではなく。それが、契約に繋がったところで、そこに嘘はない。
「まあ、オレとて、あえて痛い目はみたくはないし、面倒くさいこともしたくはない。かと言って、不快を待つつもりもない」
ケツだろうが命だろうが、勝手に狙いたければ狙えばいい。
だが、それをするヤツは、自分にもそれが返るのを覚悟するべきだ。
「御使いの心のままに選んだ相手が、この世界の力となり結果を導くのならば」
オレは立ち上がり、自分よりも年は上だが、この場に居るにはどうしても若く思える男を見据える。
「オレは、悪魔に全てを渡してやるよ。言っただろう、この世界なんて、滅べばいいと」
オレがどんなに抵抗しようとも、救世主にしかなり得ないのならば。
だったら、今すぐこの場で喉を掻っ切って死んでやる。オレがアンタらに救いを与える義理はない。
人は、自分をも騙すものだ。力尽くで来られれば、オレだってわからない。苦しみの中では、それが何であれ選んでしまうかもしれない。
だから、この世界に、救いを落としてしまうその前に。
そんなふざけた可能性を断つのは当然だろう。
「オレが契約もせずに死んでも、直ぐには新しいヤツは来ないのだろう? なあ?」
過去にもその存在があったというのならば、舞い降りるだけでは神の加護は続かないということだ。
この世界を救う為には、少なくとも契約者を作るまで、オレに生きていて貰わねばならない。無理に交わるにしても、ある程度の時間が必要なのだから。
この世界にとって、御使いという者の協力は必要不可欠であり。消滅されては、滅びへのスピードが一段と早まるというわけだ。
世界の滅亡のその前に、再び御使いが現われるかどうかわからない。
御使いに見放された瞬間、この世界は終わるのかもしれない。
それが、この世界が持っている事実だ。
そう。
オレが死ねば、混乱し始めた世界の希望は絶たれる。
数千年の歴史において、御使いが現れたのはたった数度だ。
オレが居なくなったからといって、直ぐに後釜は現われないだろう。
それを考えれば、狙われるのだとしても、オレには優位に立てる部分も多々あるようだ。
モノのように扱われるのは変わらずとも。やりようによっては圧倒的な力を持てるのだと、オレは改めて自覚する。
それは、ひとつ間違えば諸刃の刃となり、オレを壊すのだろうけれど。
それに畏れる理由が、オレにはない。
「生きているだけで役に立つのなら、何も教えずに檻の中で飼えばいいだけのことだったのになァ。アンタ達も、苦労なことだ」
御使いだから純粋だとでも思ったのか。
素直に、ベラベラとバカなものだ。
オレの命が、この世界とどこまでリンクしているのか。
自分の予測が当たっていようが間違っていようが、正直どうでもいい。
当たっていて、オレの死が沢山の命を奪う序章になったとしても、心ひとつ痛まないし。
逆に間違っていて、愚かなお前など必要ないと殺されても、多少は癪であるだろうが、別にこんな世界に未練もないので構わない。
ただ、ここでこうしている事を前提とするのならば。他人に左右されるよりはマシだからという、ただそれだけで。
オレは切り札を腐った面々に突きつける。
「オレが死んだら、どうなるんだろうなこの世界は」
それも、一興じゃないか。
楽しそうだ、試してみるか?
オレは構わないぜと顎を上げ嗤えば。
沈黙を守り続ける男と目があった。
何を考えているのかやはりわからないが。
この国の王は、オレの狂気にさえも表情を変えることはせず。静かにオレを見ている。
「御使いさま、御冗談はそのくらいで…」
陳腐な講釈に堪りかねたのか。宰相が口を開いた。
その横には、狂うほどの怒りを吐き出しつつも、若干青ざめた男。
オレにそれを教えることで。恐怖を植えつけることで。
打てるはずの手立てがあったのだろう。オレの首根っこを押さえられると思ったのだろう。
しかし、結果は。ただ、オレに情報を与えただけに過ぎない。
自分達の弱みにもなる部分を曝け出したに過ぎない。
もっとも、ここで聞かずとも。
近い内に誰かが教えてきた話だろうが。
「そのようなお言葉を軽はずみに口にされるのは――」
「冗談じゃない。可能性のひとつだ。アンタ達にとっては、軽くはないはずだがな」
「……」
「死なれて困るのならば、真実を知っているアンタ達は精々、バカなことをしないよう周囲を抑えるんだな」
そう、人間はとても弱い。そしてオレは、変なモノに認定されているが、人間だ。
欲するのならば、オレを煩わしいことから匿えばいい。
そうすれば、その努力に多少は絆されるかもしれない、と。
オレのように能力はなくとも、戯言だとわかる言葉を口にしたオレに、漸く王が口を開いた。
犬を傍に従えた、男が。
「客人は、丁重に扱おう」
「……へぇ。オレは、誰の客だ?」
ゆっくりと視線を巡らせ捉えた男に訊けば。
迷うことなく、男は告げた。
「ヴィスの、でどうだ?」
「…犬のかよ」
「不足か?」
一応は「御使い」だろう相手をつかまえ、犬の客では不足なのかと聞いてくる。
不満か?とは、聞かない。
「オレは、何だって構わないさ」
「では、決まりだ」
クルブ国の正式な客人だ、と。
男はそう言い、部屋を出た。
犬だけを、従えて。
2011/07/03