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 何を語られようが。
 訴えられようが、言われようが。
 オレにはほんのひと匙も、この世界を滅びから救いたいという気持ちはわかない。

 世界を飛び越えたといっても、それはオレ自身がしたことではなく。
 その証明だという治癒能力も、自らが勝ち取ったものでもない。
 所詮、オレもまた、ただの人間だ。
 どこかに居るらしい神が、他にも何かをオレに与えていたとしても。それは、変わらない。

 オレに考える頭がある以上、この世界に手を差し伸べる気にはならない。
 神が本当に、オレをもって世界を救いに導きたいのならば。オレの器だけを使えば良かったのだ。

 まあ、本当に救う気があるのならば。そもそもオレを選ばないだろう。

 この世界の者は、御使いに祭り上げようとする人物に、この世界を嫌悪する心が残っているその意味を考えねばならないのだ。
 オレなんかの存在ひとつで世界が変わると信じるなどとは、気楽過ぎだ。

 ある意味、こんな神頼みじみたことをしているから、この世界は簡単に傾いているのかもしれない。
 窮地は御使いが救ってくれると、他人任せでいるその姿勢こそが、世界を腐敗させているのだろう。

 そして。
 いざ、その時になれば。権力者争いに躍起になっているような愚か者でさる。

 誰が救いたいだろう、そんなヤツらを。

 けれど、実際。
 この世界は何度も救われているのだ。
 御使いによって。

 過去の御使いは、それ程までに慈悲に満ち溢れた人物だったのか。
 世界を渡った理由を、「御使い」なるそこにしか見出だせなかったのか。
 この世界での存在意義を、確かなものにしたかったのか。
 ただ、単純に人々を救いたかったのか。当人が死を恐れたのか。

 今はもういない彼らが、従順にこの世界の流れに乗った理由などわかるわけがないが。
 間違ってもオレのように、積極的に滅亡を望みはしなかったのであろう。
 笑える話だ。

 王との結びつきが、義務か依存か束縛か。
 それもわからないが、契約を成せるくらいの心はそこに置いたというのは事実なのだろう。呆れる話でもある。

 オレがオレでいる限り、真似など出来そうにない。
 するつもりもない。
 勝手に、過去の御使いを希っていればいい。

 本当に神が存在し、この事態を招いたのがそいつならば。
 全く御使いらしくないオレが選ばれた理由はどこにあるのか。
 それも考えずに、目の前の「御使い」に縋っているヤツなど、程度はしれている。

 遅かれ早かれ、この世界は終わりだ。


 何故、誰も。
 オレを死神と思わないのだろう。


 ここまで目出たいと、哀れだと。
 煩いほどに向かってくる盲信的な『声』を流しながら、オレは思う。

 御使いだからか、これが通常か。
 オレに付いた侍従は片手以上で。部屋の前には、兵士も幾人かいて。
 そんな彼らは、緊張を孕みながらも、実に静かに動きオレの世話に勤しむ。

 声をかけない限りは、用がない限りは、それはもうそこに存在しないかのように大人しい。
 壁際で並んで待機する様子は、マネキン並みだ。

 だが、表面は無口でも、内面はそうではない。
 『声』は、途切れることなくオレを襲う。容赦なく。

 それは、畏怖と羨望と好奇心とが混ざった、実際には害のないものばかりだが。
 物音立たない部屋の中で、間近から精神に直接押し込まれるには堪えがたい熱を含んでいる。
 関心が向くのは仕方がないというのを差し引いても、オレのことを考えるなと叫んでしまいたくなるくらいだ。

 オレの顔ひとつで、髪の色ひとつで、仕草ひとつで、言葉ひとつで、異常なほどに踊る面々は。
 そこにあるものは違っても、オレを拒否したヤツらとの差はない。

 いや、むしろ。
 嫌悪の方が、遥かにラクだ。


 相手の感情がわかる程度であり、元の世界では曖昧さは不安さえ呼んだが。
 この世界でのオレの能力は、限界を知らないのではないかと思うほどだ。
 慣れそうにない不快さが、オレの全てを犯す。


 流石に、聞こえぬはずのものを、全て察することが出来るわけではないが。
 軽く試しただけでも、オレの意識ひとつで、『声』が聞こえる範囲は相当になることがわかった。

 部屋の中でも、廊下でも。眼で識別できる程度の距離内に居るヤツの心の声は、探ろうと思えば底なしである。
 オレが、何か別なことに集中するなり、意識して遮断すれば、ある程度抑えられるが。そこに意識を置くと、それこそオレには全く関係のないものまでわかってしまう。
 また、オレのそれ以上に、相手の思いが強ければ。聞きたくないと拒絶していても、無理やり思考にねじ込まれてくる。

 例えば。壁の向こうに立つ兵士が、いま何を考えているのか。
 内緒話に聞き耳を立てるように、気にかれば、掴み取ることが出来る。気にかけなければ、オレに向けるもの以外ならば、雑音として処理するのか、感じつつも内容を把握するまでには至らずに流れる。耳を通り抜けるようなものだ。
 だが、精神が負担にならないように遮断しているのだろうが、どこかで何かが動いているその感覚こそが不快だ。

 何より、音と耳はそういったものだが、思考と思考は違い、機能は似ていようとも許容できない。
 考えは音にはならず、無音の声は勝手に届かないのが正しく。間違いを詰め込まれる現実は、オレをこの世から遠ざける。

 身近にいる人間だけでこうなのだから、試したいとも思わないが、きっと。
 オレがこの城を把握し、どこに誰が居るのかを知れば。
 この与えられた部屋から一歩も出ずとも、相手の思考を捉えられるのだろう。透視するかのように、全てを把握できるのかもしれない。

 そう思えるくらいに『声』は容赦なく、気付けばわからないところからも飛んできている。
 確認する気もなく追求しないが。すればきっと、相手の多くを知ることができるのだろう。

 あの時、死んでおけばよかったのだと思うくらいに。
 これが死後の世界なら、もう一度死のうと思うくらいに。
 オレを敬うものであれ、気遣うものであれ、『声』はオレを絡め取る。

 これが、神に攫われた「御使い」の能力なのか。
 本来のオレが持っている異常なのか。
 わからないが、この世界で強まったこれこそが、オレに全てを嫌悪させる。


 世界の全てでも。
 俺ただ一人でも。
 どちらでも構わない。

 早く、終焉を。


2011/07/10
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