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「まあ、事実を直視できない昔のことをいっても仕方がない。なあ?」
「ええ、左様でございます」
オレの反応に、手応えでも感じたか。
復活した神官達が口を開く。
「御使い様にはそのような過去に捉われず、契約をなさっていただきたいのが我らの願いです」
「我ら、微力ながら全身全霊をかけ、御使い様に仕えさせていただきます」
「貴方様の御心のままに契約が成立するよう、祈っております」
吸い込めば吐き気を催すそれに触れる気はなく。
オレはただ、控える面々を、頬杖をついたままの姿勢で見渡す。
クルブ国は、御使いが自国を選んだのは、御使い自身の意思によるものとしているのだから。そうではないとの思いはあっても、当時生きていたわけでもない神官達には何も言えないはずだ。よって、神官長の返答は、正しい。
だが。少なくともオレに対し、強引に御使いを得ようとしているのは、クルブ国だけの話ではない。むしろ、いま優位に立てていない他の国の方が必死だ。
そして。聖殿もまたそのひとつであるというのに。
敵視するのは、クルブ国のみとは。オレにそれしか見せようとしないとは。
一番のそれであるのだとしても、偏り過ぎだ。
御使いと身体を繋げれば、自分が世界の覇者になれる――だなんて話があれば。
たとえ、可能性が1パーセント未満でも、狙うのが当然なのかもしれず。
それは、神に仕える者達とて変わらぬのだろうに。
何を企んでいるのやら。
「つまり、アンタ達は、オレに聖殿を選んで欲しいんだな?」
「御使いは、神の使者。ここは、神に一番近い場所です。どうか、我らのもとに」
「神など、どうでもいい」
むしろ、必要ない存在だ。
目の前に現れたなら、殺してやりたいくらいだ。
「オレが知りたいのは、その場合、具体的にはどうするのかだ。俗説を実行するのならば、この内の誰かがオレと交わるというのか?」
「御使いさまは特別でいらっしゃいます。それに…」
「それに、なんだ?」
「確かに、性行為はそのひとつでございますが。要ではあれ、契約とはそれ以上に、御使いさまのお心ひとつなのです。本心でのものであれば、実際に身体で契らずとも、神の前で我らと誓いをして下さるだけで結構かと思います」
それは、性質なのか、計算か。
言葉を濁しつつ素直な面を覗かせた中年の神官に、余計なことを…と幾所から『声』が上がる。
セックスが一番わかりやすく、且つ、確かなものであるのは事実なようだ。
まあ、言葉だけの誓いよりも、覚悟やら何やらが必要なのは確かで、確実性が増すのは当然だろう。
自ら進んでするのならば、普通は多少の心がなくては出来ないものだ。
だから。
神の前での誓いというのも、間違いではないが。確実に御使いを得る為ならば、正式な契約でもそれが必須であるとを、この神官達も考えているようで。
神を支持するものがそれでは、御使いといえど逃げられる要素がないのだろう。
言葉による誓いのみなど、子供騙しでしかない。
過去の御使いたちもやはり、その意志はどこにあるにせよ、この世界に身体も差し出したのだ。
そう。そうであったからこそ、こんなにも。
性行為で支配すれば契約が適うなどという話が出たのかもしれない。
煙の無いところに火は立たないというわけだ。
神官連中が言葉にはせずともそれなりに認めているのだ。御使いを求める奴らにすれば、それを蹴る理由はないというわけだ。
契約者を選ぶには、御使いの心が大きく関わるのも確かであり。
契りが関わって来るのも、当然。
それが、長い年月の間に疑心暗鬼なるものも募り、今のような不毛な状態になったのだろう。
神など居るかどうか、オレにはわからないが。
この世界が定義する御使いに、もはやその意思などないんじゃないかと思えるくらいだ。
これに神の威が本当に絡んでいるのならば。
神は、この世界の安寧など望んでいないのだとしか思えない。
こんな汚れた地に、神が何の使いを出すというのか。
オレが、こうしてここに居る理由があるのだとしたら。
それは、罰でしかないように思えた。
自分を捨てようとしたオレに。
天が、生きて己を捨てるのはどういうことであるのか、知らしめようとしているように思える。
自分を捨てた代償が、今なのかもしれない。
だが、オレは。
甘んじてそれを受ける殊勝さもなく。
恥もなく、捨てると豪語しつつこうして己にしがみ付いている。
御使い獲得に躍起になるこの世界の誰よりも。
オレは滑稽だ。
「なら、アンタ達は。オレを押さえつけ組み敷き犯すようなことはしないんだな?」
「そ、その様なことは、いたしません!」
しれっとした態度で嘘をつくように、当然だと頷きかけた神官長とは離れた場所から。
若い神官が思わずといったように、上ずった声でそう叫んだ。
勝手な発言は慎めと、すぐさま周囲に怒られ跪かされる様子を遠めに見ながら、軽くオレは笑う。
「それはいい。ケツを追いかけられるのは好きじゃないんだ、変態は一人でも少ない方がいい」
「…御使い様」
お前も言葉を慎め若造、といった風に。
咎めるようにオレを呼んだ神官長に視線を戻し、肩を竦める。
「言ったはずだ。オレは自ら選ぶことはないと。だからこそ、そうなれば、御使いを欲する者達に与えられた手段は凌辱しかなくなる。ふざけたことを仕掛けてきそうなヤツの事前把握は必要だろう? アンタ達にする気がないのは大助かりだ」
「……我々と契約してくださる気持ちは、貴方様の中には一切ないのでしょうか…?」
「アンタ、もうボケているのか? オレの意思は最初から示しているだろう、今更聞くなよボケが」
「なッ!神官長になんてことを…!」
「御使い様…!」
「うるせぇ。それとも、自分達は特別だと、言葉を交わすだけでオレを絆せるとでも思っていたのか? それは目出度すぎだろう、バカじゃねぇーのか」
ただでさえ疲れるのに話を戻すなと、オレが溜息を吐きだすと。神官長を庇いかけ声を出した神官が深く顔を伏せた。
申し訳ございませんと、震えた呟きが『声』で届く。
御使いに従順な神官は、話にならない。
押し黙っていながらも、思ったような事態にならないことに気付いて臍を噛む幾人かの方が、わかりやすくて今のオレには助かる存在だ。
その内のどこからか聞こえてきた『声』に、オレは小さく笑う。
クルブ国は、身体で御使いを縛り、世界を得たのだ。
ならば、自分達もそうすれば――と。
御使いの心が必要な以上、それの成功率は高くはないとわかっている神官からしてそんなことを思っている。
話の通じない御使いには、実力行使も止むを得ないと。
オレの拒絶は改めて、幾人かの神官達の矜持を傷付けたらしく。
向かってくる視線が、遠慮なくオレを突き刺す。
自らは何も選ばないと公言したオレは、もはや彼らにとっては御使いとなり得ないようだ。
ならば、そう。安直とさえ言えるが、守る意味がないとなれば、そういう考えが出てもおかしくはないのだろう。
敵意のようなそれから察したものに、オレは納得するが。
神に仕えるものとて、手段を惜しみそうもないこの状況に。
どうでもいいと思いつつも。
対峙すればするだけ腹の底が冷えていき、嗜虐的な気分になる。
2011/07/18