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「さて。それで? 適当な国にオレを与える算段はつきそうなのか?」
クルブ国ばかりを敵視し、我らのもとへと言葉を重ねる面々の『声』は。
オレとの会話が進むにつれてヒートアップするものもあり。
そんな者たちは過激に、愚かに、胸中で叫んでくれるものだから。
じわじわと勝手に、オレの中に溜まっていったそれらが。
敵愾心を持った目を見た瞬間に形となり、オレに新たな可能性を教えてきた。
自分達が手に入れられないのならば。
御使いは、クルブ国ではない、どこかの国へ。
そんな考えが、幾人もの奴らの中に存在するのを示してくれる。
悟ると同時に、納得し。
本当にわかり易い連中が多いと、おかしくなる。
御使いの後見役として、御使いを与えた国にたつのだろう世界の覇者に、神殿の優遇を確定させる気でいるようだが。
こう単純だと、利用されるのがオチだろう。
その神官も、賢そうには思えない。
「聞き齧っただけでも、幾つか候補があるようだが。今一番有力なのはどこなのだろうか、神官長?」
捉える『声』は明らかに、オレの利用を考えていた。
排除でないだけマシなのかもしれないが、御使いなど所詮は虚像だと知れるそれに、この瞬間もこの世界に利用されているだけでしかない己が笑える。
聖殿の意に添わないのならば、どこかへ売り渡せばいいとの考えを持っていた面々が、オレの言葉にビクつくのを感じながら。
オレは、眼を閉じる。
「聖殿で手に入れ、飼えそうなら飼う。厄介なだけなら、暫く御使いの権利を主張したその後で、他国に高く売りつける。――協力しない場合、オレの扱いはそうなるというわけだ」
何故わかったのかと、ただの偶然だと、幾人かが騒ぐ中で。
警戒を抱いた神官長の胸の内をのぞき込もうと集中するが。
相手のオレへの関心が半端なく、そればかりが向けられているせいか、本心にまでは到達しない。
どの国がその候補になっているのか。掴めないのは多少残念ではあるが。
この男もまたそのつもりなんだなと。やはり、一部の強硬派の話だけではないんだなと。改めて認識する。
傀儡にならない御使いは邪魔なだけだと思っているのがわかっただけでもよしとしよう。
「どこでお聞きになったのやら存知ませぬが。御使い様ともあろうお方が、そのような戯言をお相手にするのはいかがかと思います」
「どこで聞こうが聞くまいが、事実は事実だろう。オレの方が、誰もが察しているのだろうそれを、誤魔化そうとする必要がどこにあるのか聞きたいな」
「……」
オレは、立ち上がり、数段高い場所に据えられている椅子から離れる。
具現化した神のごとくオレを捉えていた、純粋に御使いを慕う者達には寝耳に水な話なのか。戸惑いが広がっているが。
話は聞いておらずとも、察していたのだろう面々の渋面顔や。
実際に動き出していたらしい者達の動揺や、怒りが。
動く自分に全て注がれており、足が勝手に震えそうになる。
怖いわけではない。
とにかく、なにかが重い。
まるで、あの時のようだ。
父を刺した、あの時の。
「手を尽くせばまだ、オレを飼えると思っていたのか? それとも、己がこの場の全員の頂点に立っていると本気で思っているのか? 配下は全て、アンタの意思どおりに動くと?」
「何のお話をされているのか、私には判りかねます」
「この場で取り繕わねばならないほどの存在でもないというのに、大したものだな」
「お、お待ち下さい、御使い様! 幾ら貴方様でも、神官長に――」
オレの、工夫も何もない明快な嘲りにのったのは、長を長として支持する、誠意だけを持つ神官であったが。
その後に、神官長の取り巻きなのか、同じ穴の狢なのだろう面々が声を上げる。
出遅れた手前か、なかなかの勢いだ。
が。
誰を相手にしていると思っているのだ、と。
あくまでも従順の姿勢を崩さずに、意見した彼らを神官長が戒めた。
その全てが演技だとしても、男の持つ苦労を知り、オレは近付きながら笑ってやる。
「素晴らしい統率力だな、感服だ」
「滅相もございません」
燻る『声』は今なお相当なものだが。それでも、表面的には一瞬で静まったそれに腕を誉めると、神官長は頭を下げた。
そのままで、オレの次を待つ。
オレの何ひとつ零し落とさぬように、全神経を集中させながら。
ある意味、尊敬に値するジジイだ。
その強かさで、そこまで上りつめたのだろう。
「言っておくが。別に、オレは責めているわけじゃあない」
むしろ、やってみろよと思っているんだぞと。
流石にそれは口にはせずにおくが、オレの笑みに察したのだろう。
息を飲む『声』がどこかであがる。
「それは、アンタ達の考えであって、オレには関係のない話だ。クルブ国ともその他の国とも、好き勝手にすればいい。クルブ国の手に落ちるようならばオレを殺したい、それも結構だ。抜かりなく、既にニセモノだとの言い訳も用意しているんだろう? 好きにすればいいさ」
「我らは決して、そのようなことを望んではおりません」
「ああ、そうだな。それは最終手段か。狂っていようがどうであろうが、アンタ達にとっては、御使いは重要だったな」
明確に聞きとったそれではなかったが。
紛い物として殺す準備は本当に出来ているのか、工作途中なのか。
半分以上憶測で言ってやったそれに、鋭く反応する『声』が上がった。神官長からは遠く離れた、部屋の一角でだ。
それは、肯定の声で。
なんてコイツらは単純なのだろうかと、オレは呆れる。
だが同時に、実際に命を狙われているのだというそれを強く感じ、オレの中で興奮のような熱が生まれる。
この世界でも、オレは排除され、殺されるのだろうか。
面白い。
実に、愉快じゃないか。
「だが、オレはそんなのは知ったことじゃない。何度も言うが、オレは何も選ばない。そうオレは意思を示している。次はアンタ達の番だ、精々ガンバレばいい」
「…そのようなことを軽はずみに申せば、貴方様の身が危のうございます」
お控えくださいとの苦言は、オレの安全ではなく。
ただ、この均衡を崩したくないからだろう。
オレのような御使いでは、思うような策が取れない可能性に漸く気付いたらしい神官が、横から口を挟んできた。
僅かだが、そこに滲む脅しが、オレの口を更に動かす。
「誰であろうと、襲いたければ襲えばいいさ。オレは構わない。オレは勝手にさせて貰うんだ、アンタ達の勝手も赦してやるよ」
そう、オレとて多少の道理を弁えている。
オレの我儘だけを許せなんて言わないさ。
オレは好きにするから。
アンタらも、好きにすればいい。
「ああ、ひとつ言っておいてやろう。オレは、尻に突っ込まれようが、この身を切り刻まれようが、飢えを与えられようが。微塵も堪えない。傷ひとつ付かない。拷問もなにも、するだけ無駄だろう」
苦痛や死への恐怖は、確かに人を支配するだろう。
過去の御使いは、それに屈したのかもしれない。自ら、そこから逃げたのかもしれない。
有益な手段との認識に間違いはない。
だが、オレにはそもそもその恐怖がないのだから、無意味だ。
死は、望むものであって、畏れるものではない。
「まあ、お手並み拝見してやるよ」
親切な忠告ではなく。
オレは、オレへの敵意を持たせようと。
手段をひとつのところへと持っていかせる為に、ふてぶてしさを見せつけるよう顔を上げ、煽る言葉を口にする。
手に負えないものは殺せと、この場に居る全員が望めば。
他国が動き出すよりも前に、早々にオレは排除されるのかもしれない。
神官に悪魔だと認定されるのが、オレの今の状況では一番の死への近道であるように思えて。
その困惑が、疑念が、それでもある盲信が、全て嫌悪に変わればいいと願う。
この世界の中で、神に一番近いとされるこの場所で。
茶番劇の終わりを乞う。
世界は変わっても、結局は何も変わらないのだから。
2011/07/18