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水の中に居るようだ。
呼吸が上手くできず、耳も目もほとんど利かず、身体が重い。
時折水面に顔を出したように、全てがクリアになる。
なった途端、『声』という攻撃に晒され、再び沈むはめになる。
ここでの日々は、酷く不透明だ。
まるで、真夜中に見る夢のようで。
醒めても、朝は来ない。
闇が明けることは、ない。
ソファでまどろんでいると、小さな驚きの『声』が飛んできた。
続いて、耳に心地よい柔らかな『声』を発しながら、どこかで動き回る気配がする。
いくらもしないうちに、その気配が近づいてきた。
同時に、害はないそれの、かなり向こうからもだが。
「あっ…!」
遠い方の気配に揺り動かされ瞼を開けると、今まさにオレの身体に掛けようと、布を持ってきていた少年と至近距離で眼があった。
驚いた顔が、幾度かの瞬きをするうちに真っ赤になる。
何とも言い難い悲鳴のような『声』が上がる。
それは不快なものではない。
煩い程度で、取るに足らない興奮だ。
幼子のように、オレが目を開けたそれだけで単純に騒いでいるだけでしかない。
だが、いい加減、慣れるべきだろう。
オレの世話を焼き始めて何日になると思っているのか、と。
飽きもせずに興奮する少年に多少思いもしたが、呆れは浮かばない。
オレの方が先に、彼のこれに慣れきってしまったようだ。
「あ、あの、お、お、起こしてしまいまして…ス、スミマセン!」
我に返った少年がつたない謝罪をしつつ、伸ばしかけていた腕をかけ布ごと後ろへ回した。
オタオタとなりながら、足を後ろへ引く少年を見上げ、オレは腕をのばす。
「寝るから、そう言ってくれ」
「あ、は――え?」
ギュッと握りしめた手から布を取り上げ、オレは身体に掛けて方向転換し、ソファの背に顔を押し付ける。
頼んだぞと再度告げると、「お、お休みなさいませ…?」と、若干疑問形であり対にはならない言葉が返ってきた。
理解しないままでの条件反射のようなそれに、『声』を聞くまでもなく単純に己の不親切さに気付き、言葉を加えてやる。
「叩き起こせと言われた場合のみ、取り次いでくれ」
「……え? は…? …あ、あの、す、すみませんが……ど、どう意味でしょう?」
情けない声が上がり、同時に、泣きそうな『声』が上がる。わからないと焦るそれは、まるで子供だ。
それでも、直ぐにわかることなので放っておこうと思ったのだが。どうやら、今こちらに向かってきている男の『声』から察するに、側仕えになった少年が無関係だというわけでもなさそうなので。
オレは考え直し、「客が来る」と丁寧に教えてやる。
歓迎していないので、客なのかどうかわからないものだが。扉の前に立つ兵士は入室を止めないだろうから、拒んだところでやって来るのは決定事項だ。
その後のことは、この少年にかかっている。
「面倒だ。出来たらオレは会いたくない。休んでいると、一度くらいは抵抗しろ」
「え、あ、はい。が、頑張ります…!」
教えてもなお意味がわかっているのか怪しい反応だったが、言葉だけは一人前なものが返ってきたので、「ああ、頑張れ」と言ってやると。
少年は、元気な返事をした。とても嬉しげに。
しかし、流石に数秒後にはここがどこであるのかを考えたようで、誰が来るのかオロオロし始める。
なぜオレが来客に気付いているのかなど気にもならないほど、どんどん不安さが増していく『声』。
それを背中で弾いたところで、来訪を告げる声が扉の向こうの兵から届き、少年は足音を立てながら飛んで行った。
悲鳴でしかない『声』が届いたのは間もなくで。
まともな抵抗は出来ずに、その客は難なく中へと入って来た。
普段の様子から多少の予想はしていたが。あの少年は想像以上に役立たずのようだ。
先に教えた意味がない。
「み、御使いさま……あの、ジャネスさまがお越しになられました」
一介の侍従が、しかもまだ幼い少年が。自分の父親よりも年上だろう宰相に命令されては、抗うのは無理なのだろう。
確かに、オレに付いているとはいえ彼の主人はオレではないのだから、どちらの命に従うかなど決まりきったことだ。
侍従を纏めるのが誰かは知らないが、その頂点に居るのは国王で。一国の王と、御使いとはいえオレを比べれば、従うのは王であるのだろうし。それは、宰相であっても変わらないのだろう。
声を掛けても動かぬオレに、『起きてくださいィ〜』と内心で叫ぶ少年のそれを聞きながら、オレは当然でしかないこの状況を納得するに努める。
だから、役立たずであろうと、責めはしない。
それでも。
仕える気概はあるのだから、やはり一度くらいは抵抗しろよと思うのも事実だ。
そしてそれは、犬以下だなという評価に行きつく。
あの犬に似ているので、この少年を残したが。
あの犬ほども、優秀ではなさそうだ。
こいつも、捨ててしまおうか。
2011/07/24