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「御使いさま、お話があります」

 舌打ちするほどではないが、同じ程度の面白くなさを覚えていると。
 狸寝入りを見破った来訪者が、突然の訪問の遠慮もなく呼びかけてきた。

 無視をしたところで、終わらないだろう。
 面倒だが、身体を起こし顔を向けると。クルブ国宰相である、先日も顔をあわせたオヤジが、部屋の真ん中で礼を取っていた。
 長椅子から足を降ろし、泣き出しそうな少年を片手を振り下がらせ、オレは視線をその男に定める。

 軍人上がりなのか、元々の体型なのか、こうして改めて見ると歳の割には硬そうな身体だ。服の上からでも、その厚みが脂肪ではないことがわかる。
 この国の通常装備ではなく、腰に剣を佩いているのも趣味なのかもしれない。

「ひとりの侍従以外を全て解任しているご様子ですが、何か問題があるのでしょうか」
「問題だと?」
「はい」
「オレは、代わりを要求しているわけじゃない。要らないから以外に理由があるかよ」

 神官とは違い、簡単な挨拶を終えると直ぐに、本題を切り出してきた男に対し。
 オレは、わかりきったことを聞いてくるなよとウンザリした気分を隠さずに見せ付けるが。
 さすが、侍従の使えない少年とは違い、男に躊躇いは一切ない。

「何故、必要とされないのでしょうか」

 あくまでも、オレから決定打を引き出そうとするかのように、促す男のそれに迷いはない。

 こうして聞かずとも、オレがあの少年以外を、邪魔だ、鬱陶しいと追い出した様子は報告を受け知っているのだろうに。
 一体なにを言わせたいのか。
 男の腹の中にあるのは、最低でもあと数人の侍従を持って貰わなくてはならないと言った義務感であり。その意思を曲げる気は全くなさそうだが。
 そこに、個人的な感情などなさそうで。
 だったら、こうして直談判にくる必要はないように思う。

 オレを受け入れるよう納得させずとも、勝手に増やせばいいだけのことだ。
 追い払うだけであり、殺しているわけでもないのだから、出来ないことではない。

 こんなことで、態々、宰相が来る意味がわからない。
 聖殿へのパフォーマンスだろうか。

「ここで軟禁状態のオレに、幾人もの侍従をどう使えというんだ」

 用意される侍従は全て、表面上は大人しくとも、中では色々なことを考えている。
 衛兵達のように、壁一枚でも隔てていればまだしも。彼らは、常にオレの視界に入る距離に居るのだ。
 そんな、煩い『声』で自分を犯す持ち主と同じ空間になど誰が居たいものだろう。

 本当ならば、誰も寄せつけたくなどない。世話役など要らない。
 だが、そうはいかないのはオレにだってわかるので、ひとりだけマシなのを選んだ。これが最大限の譲歩だ。
 役立たずだろうが、何だろうが。あの少年以外、必要ない。

「いま傍に置かれているように、ひとりきりの侍従では障りがあります」
「具体的に、どう障りがあるというんだ」
「失礼ながら。彼が場を離れている間に、侍従の手が居ることもあるでしょう」
「アンタには、オレが年端もいかない子供に見えるのか?」

 大人しく留守番ひとつ出来ないような子供だというのか、と。
 彼が居ない隙を突いて、一体オレが何をすると思っているのだ、と。
 実際には、新たに追加される侍従達を追い返した後も、少年が部屋を離れる時は護衛が中に入っており、完全に独りきりになったことなどないというのに。
 それなのに、どの口がそんなことを言うのかと。
 表情を変えない真面目腐った男の顔に問いかけると、「滅相もございません」と、そんなことは考えていないと言うが。

 オレに流れてくる『声』は、そういう類の危惧ばかりだ。
 この宰相が気を掛けているのは、あくまでも、オレではなく「御使い」へのものであり。
 ひいては、この国への忠義からなるものなのだろうが。
 オレにはそれを汲んでやる義理もない。

「オレは手がないのを承知で、アレをしろコレをしろと言うようなヤツに見えるのか?」
「我々は、御使いさまに不便を強いるような事態は避けたく思っております。確かに、それがままならず、今は安全のため行動を制限させて頂いております。このことに関しましては、改善できるように努めているところでございます。ですが、それには、貴方さまからの協力も不可欠なのでございます」
「黙って全てを大人しく享受していろと言いたいわけか」
「御使いさまがここでの日々を有意義に過ごしていけるように、我々は微力ながらも仕えさせて頂きたいのであります」
「この部屋で、ただ寝起きするのみのオレに、余分な侍従は邪魔なだけだとナゼわからない?」

 オレの言葉に、宰相は口を開かず、ただ従順に頭を下げる。
 勿論、了承ではない。
 投げられたものを流すためのポーズでしかない。
 あくまでも、オレに受け入れられるまでは、馬鹿な会話を進めるらしい。

 面倒になれば、勝手にすればいいと匙を投げるに違いないと。オレはそう思われているのかもしれない。

「ならば、つまり。オレは、彼ひとりでは世話出来ないくらいに厄介だと、アンタは言いたいんだな?」

 居間の隅で大人しく控えてはいるが、『声』など聞かずとも落ち着きのなさが伺えるほどにハラハラとしている少年に目をやり、オレはその名を呼ぶ。

「リョク」
「は、は、はいッ!」
「お前は、今オレの世話を焼いてくれているが。その仕事は、オレが思う以上に大変なのか? お前一人では手が回っていないのか?」
「い、いえ! そ、そんな事は…ご、御座いませんが……」

 唐突に話を振られて飛び上がりながらも、少年はそう答えたが。
 尻すぼみな声になったのは、自分のその答えが宰相の意に反するものだと流石に気付いたからだろう。

 それでも。
 忙しいどころか、少年のそれは、殆ど動かないオレの傍に居続けるのは暇でさえあろうと思うくらいの仕事なのだ。
 走り回っている様子などなく、オレを観察している時間の方が多いくらいであるのを知るオレを前に、手に余るなどとは口が裂けても言えないだろう。

 もっとも。
 この少年は、嘘がつけない性格であったとしても、それ以上に。御使いに不利な発言を進んでするはずもないようなヤツなので。
 本当は死ぬほど忙しかったとしても、そうとは言わないのであろう。たとえ、宰相に睨まれようとも。
 犬には劣るが、一応、そのくらいの忠義はあるようだ。

「では、今後もお前だけに、オレは世話を頼みたいと思うが。ダメなのか?」
「そ、それは…、その…」
「迷惑か?」
「と、とんでもないです! あ、あの、と、とても嬉しいです! ですが、その……」

 少年の困惑が、話の内容以上に、オレの態度であるのを察し。
 少年への効果を考えて重ねていた視線を床へと落とし、小さく笑ってやる。

「確かに、オレはこの世界では厄介な存在のようだからな。オレに頼られるのは困るのだろうが……オレはお前以外を傍に置きたくない」

 お前でないのならば、オレは独りでいい。
 元の世界では自分の世話は自分でしていたんだから、全く問題はないさ、と。

 宰相には白々しく聞こえているのだろうそれに、けれども少年は感激したように唇を震わせ、いつも以上に詰まりながら言葉を紡いだ。
 自分はまだ半人前なので、オレにはもっと優れたヤツが付く方がいいのだと言いつつも。そう思うが、オレが望むのなら精一杯頑張ると。
 そういう意味の言葉を、あっちこっちへと話を飛ばしながらも語り、少年がオレに頭を下げる。
 仕えさせていただきますと。

 いまどき、三流ドラマでもない茶番だ。
 少年は真剣だが、参加している自分を思うとウンザリする。

「――と、いうことで。こちらに問題は一切ないようだが?」

 だからアンタの出る幕じゃないぞと、宰相を見やれば。
 僅かに眉間にしわがよったような顔で、きっぱりと言い切られた。

「申し訳ございませんが。この件に関しては、一介の侍従である彼が判断することではございません」

 当然な回答だ。オレが御使いである以上、仲良しこよしの話で終わるはずがない。
 だが、そう思うのならば、アンタもオレに話す必要もないということだ。

 御使いと呼ばれる傀儡でしかないオレが判断できることなど、何もない。


2011/07/24
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