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新たにこの世界に現れた異質の存在を、皆が救世主と思っているわけではないのだろうが。
無関心を貫けるものでもないらしい。
人目があるところに現れたオレの存在は隠せるはずがなく。
どうやら、かなりの注目を集めているようだ。
オレ自身は今なお、限られた場所にしかいけず、そこには世間の声など感じる要素は皆無だが。
何もせずとも飛んでくる『声』に、色々教えられる。
この世界に降り立って間もないからと、慣れるまではと御使いの披露目は延期されているようだが。
得れば世界の覇者ともなれるかもしれないその術を、一国にのみ手にさせている現状を他が許すわけもなく。
多くの国がこぞって、クルブ国に仕掛けてきているようだ。
何かと理由をつけ、王城に滞在しようと。
あわよくば、御使いと接触を図ろうと。
水面ではそんな画策が繰り広げられているらしい。
なんとも、暇な人間が多いものだ。
同じように時間はあれど、そんなヤツらとは違い、オレの暇は、暇なままだ。
することがない。
尤も、この世界で、したいこともないのだが。
「ユラさま、大丈夫ですか…?」
「……何も、問題はない」
何を言っているんだと、視線だけを動かし少年を見やると、心底困ったような顔で見返された。
眉が下がりきったその顔は、まるで、お預けをくらっている犬のように情けない。
実際のところは、侍従のそれが、日がな一日、病人のように何もせずに気だるげに過ごすオレを心配しての言葉だとわかっているが。
少し痩せただとか、顔色が悪いだとか何だとかいった『声』が頻繁にあがっているのも、ちゃんと聞いているが。
オレのこの状況が全て問題であるにも拘らず、そこは汲み取らない相手に何を言ったところで、微塵も役に立たないのは目に見えている。
本気で、オレのためだと。
御使いがここに居るのは、危険を回避するためであり、軟禁生活は仕方がないのだと。
お守りするにはこれが一番なんだと信じて疑わない少年は、はたして、恐ろしく素直なのか、ただの馬鹿なのか。
言うべきことすら見当たらない。
オレを心配する割には、どこもかしこもズレているそんな少年を前に。
オレは、何をする気にもなれずに、ただ時を消化する日々を送っている。
一体、今日で何日になるだろうか。
日付の感覚すらなくしかけている。
アレから、幾人かの侍従が追加されたが。
同じだけの者を、オレは追い出した。
結局残っているのは、この少年のみだ。
宰相である男は、あんな一件があったからか、何度か様子を伺いに来たが。
今では、この件に関してはノータッチだ。
代わりに、もう少し人手は必要なのだと、勝手なことをしてくれるなと。黙って、世話されていろと。
表面上は淡々とした態度でオレを戒めながらも、内心では口汚く吐き捨てる、敵意剥き出しで対峙してくるのが。
王の秘書官だか何だかの、クルブ国国王である男個人に心酔しているような、あの男だ。
オレを気に食わないとしながらも、御使いならばこの国に仕えろと、お前でも我慢してやるといったような態度で、オレに勝手な役目を語ってきていた人物だ。
だから、当然。そんな男なので。
オレの態度に怒りはしても、オレ自身に関わりなど持ちたくはない方が強いらしく。繰り出される小言も、立場上のパフォーマンス程度のものであって。
用意された数人を鬱陶しいと追い返した後は、要らないのならばあえて与える必要はないと判断されたらしく、新たな人員の投入は直ぐにされなくなった。
性格はともかく、行動はわかりやすい男である。
もとより。
変わらぬ軟禁生活であるので、少年一人で事は充分に足りるのだ。
実際のところ、問題などないのが事実。
過剰な人員配置の方が、逆に問題に発展するだろう。
事実、一部では。
側仕えの名目でスパイを送り込もうと画策した面々から、恨み声があがっている。
それを思えば、オレの行動は正解だ。
けれど。
表面上は、ただただオレが我を通しただけの話なので。
城仕えの者達の間では、今回の御使いは病んでいるだとか何だとかで、かなり評価が下がってもいるようだ。
オレとしてはそんなこと、どうでもいい話である。
ただ、少し困るのが。
自分だけが仕えているのだからと気負った少年が、オレへの眼を緩めないことが鬱陶しい。
飽きもせずに、オレが少しでも快適に過ごせるようにと務め、また何かがあってはいけないと気を張って、そこにいる。
思った以上に、それが面倒だ。
煩い。
ここ数日は、侍従の少年はオレの髪が気になって仕方がないらしい。
何色であろうと、構わないだろうに。
だが、これもある意味。
この侍従にとってもこの日々は、そんな些細なことにまで目が行き届いてしまうほどに、これ以上ないくらい暇だということだとも言える。
オレに付き合い一日を部屋の中で過ごすのは、幼さが残る少年には手持ち無沙汰なのだろう。
暇だからこそ、色々考える。
それは、オレも同じ。
「あの、ユラさま…」
ついに我慢が出来なくなったようで。
日本の夏とは比べ物にならない柔らかい太陽の日差しを受けながら、まどろんでいるオレに。
した
意を決した少年の声が降りてくる。
「その髪は……いかがなさったのでしょう」
「……この世界の空気が合わなくて傷んだに決まっているだろう」
何を今更言うんだと、薄眼を開けて傍らの少年を見上げそう言ってやると。
真面目な侍従は自分の失態だと捉えて、ハッと息を飲むと同時に顔を青ざめさせ膝を折った。
申し訳ございません、今すぐ手入れをと詫びるその頭が、長椅子に寝ころんだオレの眼の前に来る。
髪とオレに効果のある薬草はと考える『声』に呆れつつ、柔らかそうなそれに手を伸ばす。
一度も手を加えたことはないのだろう髪は、幼子のようにサラサラだ。
「別に、お前が悪い訳じゃない」
「ユ、ユラさま…!」
「手入れなど、要らない。気にかけることじゃねぇ」
「で、でも…、折角綺麗な銀髪でしたのに……」
あの犬とは違うが、愛玩動物のような触り心地に細い髪をかき混ぜながら。
オレの行動に戸惑いつつも、オレの言葉に反論しようとする侍従を間近で見据えて黙らせる。
もとより、この少年を選んだのは、煩くはあるが不快ではないからというものからだ。
犬みたいなものだから、その『声』も流せられると思ったからだ。実際、面倒だが、今のところそれ以上の問題はない。
けれど。
そう睨んだ訳でもないのに、視線を泳がせ、俯き固まってしまったその様子に。
侍従としては足りないものだらけだなと思う。
いや、人として、幼すぎだろう。
少し、苛めているような気分になってしまう。
だが、それ以上に。
適当な嘘を、ここまで素直に飲み込まれては、シラケる外ない。
「髪など、何色でもいいだろう。お前が気にするのなら、丸坊主にしてもいいが?」
だから、余計なことに気を向けるなと。
くだらないんだという態度でオレは身体を起こし、手を戻す。
だが、言われた方は、一部分だけを脳内に送ったようで。
「そ、そ、そ、それはダメです! 坊主だなんて絶対に駄目ですからッ!」
ただの例えに食らいつき、勢いよく立ちあがった。
そして。
「ボ、ボク、何かいいものがないか探してきます!」
言うやいなや、クルリと方向転換すると、脱兎のごとく部屋から出て行った。
少し意識を集中させると、本気で坊主を阻止しようという意気込みのまま、対処法はないかとあれこれ考えながら廊下を駆けていっている。
見咎められ、怒られるのは時間の問題だろう。
果たしてどこへ行くのか、誰に助言を請うのか。
全く気にならなかったと言えば嘘だが追跡する気にもならず、オレは彼が戻って来るまでは静かである空間を手に入れたと、ひとつ息を吐く。
ストレスや毒素で髪が黒くなるなど、この世界でもあり得ないのだろうに。馬鹿なものだ。
アレは完璧、オレを人と思っていないのかもしれない。
だが、あの馬鹿さ加減に救われている面が、多少なりともあるのは事実なのだろう。
白銀だったオレの髪は、少年が指摘した通り、根元が黒に変わっている。
それは、なんてことはなく、本来オレが持つ髪がそれであり、生えただけなのだが。
あの侍従が驚いたそれは、オレがこの世界できちんと生きている証として、オレに突き刺さる。
何もせず、無為に過ごしていても、こうして。
髪は伸びるし、爪も伸びる。
食べなければ腹が減るし、起き続けていることも眠り続けていることも出来ず、それらを繰り返している。
誰かと言葉を交わし、知識が増える。
そこには、幾多の感情が混ざる。
どうあがこうとも。眼をつぶろうとも。
オレはここで、生きているのだ。
息をしている。
成長している。
未来を今に変えている。
今を、過去へと変えている。
何者でもなかったオレが過ごしてきたあの日々が消えると同時に、オレの命が尽きたのであろうと。繋がっているのであろうと、関係なく。
オレは間違いなく、ここで生きているのだ。
この世界で。
成す術もなく。
2011/10/15