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 軟禁状態のオレが許可されている行動範囲は、かなり狭い。
 だが、全く部屋から出られない訳ではない。自室の周辺は人の規制が徹底されているようで、侍従の少年には散歩でもと勧められるくらいだ。
 ただ、積極的に出歩くような理由がオレにないので、好んで監禁生活をしているようになっている。

 正直、笑える。
 異世界に来て、妙なパンダにされていての、ヒキコモリ。
 自分は何をやっているんだかと、客観的に見た瞬間は呆れて苦笑さえ落ちそうだ。

 けれど、実際には。
 どうでもいいことである。

 この世界は勿論、この城の中に興味はない。
 無遠慮に入り込んでくる『声』だけで充分だ。
 むしろ、無駄な情報が増えるので、邪魔だ。鬱陶しい。


「そろそろ、この季節も終わるな」

 もう少しすれば、ここでの食事は寒くてできなくなると。
 だから、何だというような言葉を紡いだ男に顔を向けると、あさっての方向を眺めてグラスを傾けていた。
 その目線を追い、城の最上階に作られた庭園のようなテラスから、オレは遠くに聳え立つ山を見る。

 時折、この男は、オレと食事を摂る。
 ここでの食事も、もう数度目だ。
 眺める景色は見慣れたと言えそうなそれで、何の感慨も浮かびはしない。

 しかし、オレはそうでも、オレ以上に何度も見ているその風景に何を思うのか。
 この国の王は、静かに食事をしながら、飽きもせずに始終視線を巡らせている。
 まるで、薄い色をした空の向こうに、遠くの山々の間に、広がる土地に、大切な何かがあるかのように。

 ある意味、皮肉だが。
 公務で忙しくしているようである時よりも、ただ単純に広がる自然に視線を飛ばしているだけである今の方が、この国の頂点に立っている人物であると思える。
 目の前の男は、真っ直ぐにこの国だけを見ている気がする。

 全く何もせず、中空を睨む猫のように、本当にただ見ているだけなのだけれど。

「雪が降ると、ここは閉ざされるのか?」
「いや、そうではないが」

 飛ばしていた視線を戻しオレを見た男が、珍しくも少し困ったように眉を下げた。
 その表情からいって、御使いを寒空の下に連れ出すのは難しいと言ったところなのだろう。

 気にするのも馬鹿らしい、無駄な話だ。
 そもそも、移る季節など、どうでもいい。オレには、この国が夏でも冬でも一切関係ない。
 来たかったら、来る。それだけだ。

 こうして男に誘われなければ来られない、という訳でもないのだから。

 そう、御使いだからと制限される一方で。
 御使いだからこそ、それはないに等しい。

 軟禁も何もかも全て、それはオレが受け入れているから成立しているだけで。
 本当は、オレは何にも制限されていない。
 誰よりも、自由なのだ。
 望めばきっと、多くのことが叶うのだろう。

 この、目の前の一国の王よりも、多くのことが。

「雪が好きなのか?」
「好きも嫌いも、見慣れていない」
「気候の良いところで育ったのか」

 意外だというような響きで、男がそう言った。
 何を想像していてのそれなのか、考えるのも馬鹿らしく、聞く気にもならない。
 そもそも、この男はオレへの興味など持っていないだろう。

 何よりも。
 この世界と、オレが生まれ育った場所は、まるで違う。
 一年の半分以上が雪で覆われるこの国で生まれ、今まで生きてきた男に。
 あの人が溢れ返る街を、思い描けるはずがない。
 オレの育った環境が、わかる方がどうかしているのだ。

 雪が降るか降らないか。それだけの話で、何がわかるのかと。
 それを知って満足を得る訳でもないだろうに、無駄な話だと。
 届いた声をそのままにするオレの前で、前菜から魚料理へ皿が入れ替えられる。

 この国の食卓事情は知らないが。
 出される食事は前菜に始まり、魚、スープ、肉、デザートと、量は違えど三食それが基本だ。
 目にするだけで、食欲が失せる内容だ。

 食べるものまで、鬱陶しい。

「この国は、真冬になれば市井の家々が埋まる程に雪が積もる」

 そもそも、野菜も魚も動物も、全てがオレの知識にないもので。
 異世界のそんな未知なるものを、美味しく感じられるはずがない。
 それでも、腹が空けば口にするしかなく。
 食している以上は最早、胃に収めた物体の正体を知りたいとは思わないので、印象が変わることは永遠にきそうにない。

 元の世界でも、正体不明のものを食べることはあっても、意識などしなかったのに。
 思う以上に、オレは神経質になっているのかもしれない。

「大雪原は見ものではあるが、人にとっては死活問題だ」

 姿は美しくとも、この国は優しくはないと。
 それは人間そのもののことじゃないのかと、この世界に来て、笑顔の下で画策している面々ばかりを見てきたオレは、静かに入り込んできたその声に腹の中でそう突っ込み。
 ふと、思う。
 この男は、本当に王様なんだと。
 まるで、いま知るように、新鮮に。

 凍った地面に雪が積もったように、茶色のソースの上に乗った小さく切られた白身の魚から視線を上げると。
 やはり、男は視線を遠くへ飛ばしていた。

 食事を再開するまでの数秒間眺めた男の顔は、やはり王らしくはなかったが。

 王とは何であるのか。
 オレにそれがわかる訳ではないのだから、らしいも、らしくないもない。

 ただ。目の前で丁寧に、綺麗でさえある仕草で食事を摂る男が。
 この国の王様なのだと、今更だがオレの中へと入ってきた。

 オレが生まれた国にも、似た立場の奴はいたが。
 それは、一人ではなかった。
 その頂は誰かが登ったと同時に、振り落とそうと山が全身で揺れるのだ。
 そうして、そこが空けばまた、誰かが登る。

 そう、誰かだ。
 誰でもかまわない、それだ。

 けれど、この男は違う。
 きっとこの男は死ぬまで、王なのだ。

 だから、あの顔なのかと。
 上手くは言えないが、あの顔にその立場を見るのかと、先程感じたことが少し腑に落ちる。

「何より、寒さは人から多くのものを奪う」

 テーブルから、手を付けないままの皿と、綺麗に空になった皿が下げられる。

 凍死者多発だろうが、食糧危機だろうが、何だろうが。
 雪景色はともかく、人間の営みにも、この国の状況にも、オレは興味ない。
 それがいかに重い発言でも、オレには関係もない。

 だが。
 だから御使いはこの国に必要なんだと続けないだけ、この男はマシなのかもしれないと。
 周囲で動く給仕達からあがる御使いを求める盲信的な『声』に、オレは心底辟易する。

 オレがこの国と契約したところで、気候までもが変わる訳がないのは、過去の御使いが証明しているのだろうに。
 御使いに選ばれれば、全てが上手くいくと思うその甘い考えには、しらけるだけでは収まらずに虫唾が走る。

 新しく出てきた皿には、赤い肉汁が垂れるカットされた肉が載っており、胸までもが少しムカついた。

 流石に、ペットにしているくらいなのだから犬ではないだろうが。
 この肉も、何であるのかわかったものではなく、食べる気にならない。

 そう思う。間違いなく、食欲はわかない。
 だが、唐突に。

 食べてやろうと思った。


2011/10/23
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