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「近く、御使いの披露目をする」

 異常な治癒能力の高さが、死を望むのは難しいほどの、不死身に近い己の事態を目の当たりにし。  毒の残りではなく、そのショックによる気欝であのまま少し休んだオレだったが。

 その間に、意識が戻った報告を受けこそこそと都合を付けたのか。
 それとも、誰もが暇なのか。

 目覚めてベッドで体を起こしたところで、おもむろにそんな言葉が背中に掛かり。
 半身を捻ってみれば、扉近くの椅子にこの国の王様が足を組んで座っていた。

 オレが起きるのを待っていたのか、偶々か。
 どちらにしろ、ここに居る時点でこの男も相当暇だ。

 それに、ナゼ、オレが付き合わねばならないのだろうか。ふざけた話だ。
 だが。

「それは、オレに見世物としてそこに出ろと言うことか?」

 いつも寝起きで見るのが、男か犬かであることも。
 告げられた披露目のことも。
 ふざけている以外のなにものでもないのに。

 オレに避ける術はない。

「五日後を予定しているが、問題があるのならば幾分か遅らせることは可能だ」

 それも十日が限度だが、と。男はそう告げるが。
 そこに、オレの意思を汲み取るような響きはない。

「オレが『御使い』であるのだとしても、それを務める気がないのはもう充分にわかっているだろう。無駄なことを」
「御使いとされる者を、一国だけが応対し続けるのは不可能だ。まして、お前の存在は降臨時から他国に知られている。隠しようもない」
「そんなのは今更だろう。独り占めするなと、他国の王サマに怒られでもしたかよ」

 馬鹿らしいと、オレは乾いた口腔で舌を打ち鳴らすが。
 実際には、以前からそう言った話があるのは『声』で察していた。
 御使いはまだこの世界に慣れていないからと、他国からの声を何とかやりすごし、オレへの干渉を抑えていたのも知っている。
 だから、実際のところは。
 漸くオレのところまで話が上がってきたのだというだけの話だ。

 けれど。
 決定事項だとしても、簡単に了承を示せるわけもない。

 この国だけが、この世界の救世主になる御使いを独占しているのだから、時間の問題だとはオレとてわかっていたが。
 他国の要請をかわし続けるのは、この国への不信感を招くことであり、限界があるのは誰が見ても明らかな話だったが。

 それでも、この男は今まで一切、そういったものをオレには見せなかったのだ。
 それを、なぜ、今なんだ、と。
 病み上がりと言えようオレへの、開口一番がこれなのか、と。

 そこにあるのは甘えだと、自覚しつつも。
 そんな気持ちが、理解よりも、諦めよりも何よりも、先に立つ。

「ただでさえ鬱陶しいのに、これ以上見世物になる気はない。オレ抜きで勝手にやっていろ」
「それは困る」
「知るかよ。別にアンタが困っても、オレは困らない」

 寝具から足を抜き出し床へと降ろし、ゆっくりと立ち上がる。
 眩暈はない。身体も軋まない。
 空腹のせいではない、苛立ちによるムカつきが腹の中にある程度で。毒を含んだのは勿論、数日間寝込んでいた名残さえない体調だ。

 それがまた、腹立たしい。

「披露目が行われなければ、遠くない内にこの国は滅ぶだろう」

 真っ直ぐとドアへ向かい、戯言を述べる男を置き去りにしようとしかけたところで。
 手を掛けたノブを回す直前に、そんな言葉を向けられる。

 国が滅ぶなどというあまりのそれに、一瞬、言葉は耳を素通りしたが。
 暴力に近い余韻がオレの中で絡みつき、増殖し、オレの眉間に皺を寄せさせる。

「……意味がわからない」

 何の話だ?と。
 身体をそのままに、首を少し傾けて。斜めに見やったオレに、男は椅子に腰かけたままオレを見返した。

「御使いを不当に捕えているとして、攻め入られるのは必至だ」
「オレは、捕らわれているつもりなど微塵もない」

 むしろ、図々しく居座っている方だろう。
 オレ自身はこんなところから脱出したいと、何度か死という逃げ場所への道を駆けているが。
 実際のところは、御使いの役目を果たす気もないのに、その待遇に乗っかっているのだから、この国にとってはある意味迷惑な部分が多い相手だ。

 そう、独占していると他国に非難されるような旨みは、一切ない。
 だが。
 クルブ国がオレを周囲から切り離し、軟禁しているのもまた事実である。
 そこをどう解釈するかは、他国の自由だろうか。

 実際にこの国がオレに対し行っているのは、大事な御使いを守っているのではなく、その逆で。
 御使いに相応しくないオレが周囲に悪影響を及ぼさないよう、国内においても隔離している感じだ。
 決して、御使いの甘い汁を吸おうとしている様子は、個人的にはどうであれ、この国に限っては薄い。

 少なくとも、直接オレに関わってきたこの国の上役や、聖殿の者達は。
 厄介だとの認識が強い『声』を飛ばしてくる。
 どこか危ないオレの行動を読み切れずに、国内外を問わず、他者との必要以上の接触に難色を示しているのだ。
 男が口にしたように、非難される話はないに等しい。

 それでも。
 それは、御使いを狙う面々は知らぬことであり。知っていても、相手の隙を見逃すはずもなく。
 各国は戦争を匂わせ強引に、御使いを表に出せとこの国に要求しているわけだ。

 オレが、嫌だといっても逃れられないように。
 この国も、それ以外のことは出来ない立場にあるのだろう。

「お前の心情も、実際の状況も、関係ないな」

 それでも、こんな風に。
 オレをネタに争いが始まることを匂わされても、馬鹿らし過ぎる以外に何を思えというのかと。
 同情して協力しろとでもいうのかと。
 不快の気持ちを隠さず顔を顰めたオレに。
 男は組んでいた足を降ろしながら言う。

「端から理由などなんでもいいのだ。どの国も、御使いが欲しいだけだからな」

 立ちあがり、手を伸ばし。
 オレの髪を抓むように触れ、頬に張り付いていたひと房を後ろへと流す。

「頼む」

 短いその言葉は、懇願ではなく、確かな命令だった。

 男のそこには、オレごときでは動かぬものが存在していて。
 やはり、オレの意見など最初から汲む気はないのだと知らされる。

 それでも、そのことに対し不快は生まれず。
 向けられた言葉に、疑問が湧いた。

「それは、アンタも同じなのか?」

 実際には、契約をねだることはおろか、匂わせもしない男は、御使いを必要とはしていないのだろう。
 道具のように扱う意思さえなさそうだ。
 それならば、この機会に、他国へ売り払えばいいものを。
 披露目に協力してくれと頼むだけの男の行動は、それだけを見れば、御使いを手放す気など微塵もないもののようだ。

 この男の中で、一体オレはなんであるのだろう。

 過去の御使いたちのように、早々にこの男と契約をしていれば。
 こんな事態など訪れずに済んだのだろう。
 この男は今それをどう思っているのか。

 国王として力不足を感じている様子も、御使いの異常を嘆いている様子もない。
 この男の言葉の裏には。この男の頭の中には、何があるのだろうか。

 世界でも、国でもなく。
 この男個人は、救世主を必要としているのだろうか。
「本当に、『御使い』が欲しいか…?」

 欲しいのならば、言ってみろと。
 心で叫んでみろと。
 オレを呼んでみろよと。

 まるでそうされることを望むかのように、オレは男を真っ直ぐと見つめるが。  問いへの返答は、僅かに細められた視線だけだった。

 男は、オレの手に手を重ねるようにしてドアを開け、オレの目覚めを侍従に告げた。
 そして、そのまま部屋を出て行く。
 何も聞いていない、気づいていないかのように。

「ユラさま…?」

 もう起きられても大丈夫なんですか、と。
 寝室と居間の間で突っ立ったままのオレに声を掛けてきた少年に、大丈夫だと応えつつも、意識が別の方へと向かう。

 相変わらず飛んでくる幾多の『声』を流しながら。
 オレは、目を瞑り、数瞬だったがしっかりと捉えた視線を思い返す。

 間近で見た男のその瞳が何を語ったのか、オレにはわからない。
 わからないが。

 何だか、オレの方が試されているようなそれだった。


2011/11/06
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