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「…ッ!」

 突然の衝撃に、ベッドに片腕を付き支えていた身体は、抵抗する間もなく崩れた。
 肘が折れ、腹這いに突っ伏す。
 心臓が膨れあがり、ドクリと大きく脈打った。
 状況を把握出来ないまま、緊張に汗が滲む。

 声を出そうとしたが、喉が詰まって出せず。
 身を捩ろうとしたが、背中に掛かり続ける重みに動けず。
 無様にも、ベッドに縫い付けられるように拘束される。

 襲われていると漸く理解し、襲撃者を確認しようと唯一動かせる瞳を背後へ向けるが、肩を踏みつけるようにして押さえる靴しか見えない。
 それでも、人間だとわかり、ほんの少しだけ恐慌から脱する。

「――御使いは、不死身だそうだが」

 少し掠れた声が、後頭部に落ちてきた。
 聞いたことはないと思う、男の声だ。

「お前も、そうなのか…?」
「……」
「答えろ」

 荒げる訳ではなく、逆に、焦りが滲むそれは緊張に張り裂けそうな危うさを含む声で。
 答えようがない質問に口を開くことはせず、窺えない相手の様子を探るに徹する。

 この男は、何が目的なのか。

 無言を貫くオレに、襲撃者はどこか戸惑うように、「…お前は、本物の御使いなのか?」と言葉を落としてきた。
 あくまでも、御使いとして敬う姿勢を崩さない面々を思えば、ある意味素直な行動といえようこの襲撃は。
 けれども、この男の意思だけによるものではないのかもしれない。

 御使いと言われる相手に攻撃する姿勢としては、弱い。
 不信感よりも戸惑いの方が大きいようだ。

「試せばいい」

 オレが零したその言葉はシーツで跳ねでもしたのか、直ぐには男へと向かわなかったようで。
 数拍遅れで、「…え?」と、間抜けな声の反応が返った。

「御使いが不死身なのか、オレがその御使いなのか、アンタが試せばいい」
「……」
「どうせ、そのつもりで来たんだろう?」

 一応オレは、厳戒態勢とまではいかずとも、周囲を警戒し御使いとして保護されている。
 そんなオレの寝室へ忍び込むのだから、顔を見に来ただけではないはずだ。
 まして、問答無用で拘束しているこの状況。
 友好的な行為を取る気が微塵もないのを考えれば、目的も絞れてくる。

 背後の男は、オレを脅してでも契約させるつもりか。
 あるいは、クルブ国に渡すのならば亡き者にしてしまおうと言ったところなのだろう。

 オレが死ぬかどうかを気にするのだから、後者である可能性の方が高い。

 いや、だったら、一切口など開かずに首を落とせばいいだけのことだ。
 ならば、前者か?
 何を材料に脅そうか考えているのか?

「オレをモノにすれば、覇王になれると騙されたクチか?」

 確かに。脅すとなれば、その方法が問題だ。
 まさか、このままレイプか…?

 御使いに関する間違った噂話を思い出し、肩に乗り続けている足に、背中の重みに、暴力がどの方向に行くのか気になる。

 口先ばかりで誓っても、犯されても、同じ。契約は成り立たないのならば。
 無意味なことなど、断固拒否する。

 それで、この命を終われるのならばともかく。
 進んで損などしたくない。

「不死身というのもそうだ。神殿がオレをそうして祭り上げているだけの話だ。御使いが死なないのならば、先の奴らはどうしたっていう?」
「……嘘だと言うのか」
「だから、試してみろといっているだろう。御使いが不死身で、オレがその御使いであるのならば、首を落とされたとて大丈夫なんだろうよ、やってみろ」

 そうだ。
 ないのならば、意味を作ればいいじゃないか。
 損をしないようにすればいい。

 背中の重みに慣れる前に、オレはそれを思い付く。
 戸惑いが滲む声に、これはなんの茶番なんだと、緊張した分それが去った後の嫌気に腐りかけたが。
 この状況は使えるかもしれないと、思い付く。

 顔の前。肩を踏むその靴先を見て。
 オレは、一気に力を入れて、掛かる男のそれを払うように押し返した。

「だが、こっちも大人しくやられる気はないぜ! フザケた真似しやがって、返り討ちに合わせてやるよッ!」

 不意打ちに男がバランスを崩したのは一瞬で、背中の重みは腰へとずれた程度だったが。
 上半身を捻ることが出来れば拘束は無いに等しく。

 オレは、「動くな…!」と声を荒げた男を無視し、その腰に佩く剣へと手を伸ばす。

「放せッ!」
「ハッ! 放して何になるってンだよ?」

 柄を握ったと同時に、男の片手に手首を取られた。
 オレの指を剥がそうとするもう片方の手に、オレもまた、身体を捩って伸ばした手を押さえつける。

 抵抗するための足場確保か。いつの間にか抑え込まれていたその重みが消えており、オレは下半身を引き寄せた。
 男の腰元で剣を奪いあいながら、ベッドの上で膝立ち状態で向かい合う。

「真偽はどうであれ、御使いとされているオレにこんなことをしたアンタは、どうせもう終わりだろう? せめてもの慈悲で、オレが直接殺してやるよ」
「ッ…!」

 邪魔な手に、欲する剣に落としていた視線を上げれば、至近距離に顔があって。
 鋭く息を飲んだ相手が、オレと変わらない若い男であったのに、少し意外な思いを持ちながら。
 口角を上げ、言ってやる。

「アンタみたいに、イイように踊らされるヤツがいるから、馬鹿な話がなくならないんだ。鬱陶しい、迷惑だ、死ね」
「――うあああぁぁッ!」

 消えろ、と。
 笑顔で言えば、それまで剣を取られまいと踏ん張っていた男の表情が一瞬消え。次の瞬間、何故か吠えた。

 気が逸れた隙にオレが少し鞘から引き抜いていた剣を、抑え込んでいたのが嘘のように、そのまま一気に引き抜く。

 そして。

 顔つきが変わった男の動きは素早くて、アッと思う間もなく。
 剣が翻ったのを眼で捕えて脳に送るまでに。

 その、剥き出しにされた刃は、オレの肩へと突き刺さっていた。


2011/11/13
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