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 問いかけてきた男を見返すも、口を開かずにいると。
 代わりに、「この人が唆しでもしたんでしょう」と、機嫌が最高潮に悪い王の秘書官が痺れを切らして答えた。

「あの国では奇跡なほどに、まともに育った人物だと思っていましたが。所詮は、他人を見れば争うことが当然な、蛮国王子。上手く使われたんでしょう」
「口が過ぎるぞ、イリル」
「失礼しました。ですが、ジャネスさま」

 口先だけで謝罪を述べた男が、オレを見据えて言う。

「この男が死にたがっているのは事実であり、それは今回のことにも関係あるでしょう」

 全てが、有耶無耶には出来ない話ですと。
 実際には、オレの存在が疎ましい限りであり、真実の解明など望んでいる訳でもないのに。
 発する言葉だけはそんな風にその立場らしく、けれども腹の中ではこれを機にオレをどうにか出来ないかとの算段を持って、上司の注意もめげずに意見を述べる。

 この男はある意味、オレなんかよりも、自分にとても素直なのだろう。
 王の秘書官をするくらいなのだから優秀なのだろうが、これでよく務まるものだなとオレはそこにも感心を覚える。
 まるで子供だ。

「この方は、己の立場や世界の状況が把握できていないのです。それに合わせ付き合っていては、御使いに選ばれるよりも前に、我が国が滅びます。自傷などして遊んで貰っていては困るのだと、この際わかって頂かなくてはなりません」
「イリル」
「不死身だろうと、御使いだろうと。我が国に益がないのであれば、留まって頂く理由もない」

 つまるところ、フザケタ真似をしていると追い出すぞと。
 自分達はお前に縋っている訳じゃないんだと、そう言うことなのだろう、強気に出た男に。
 けれども宰相である男は、これ以上任せられないと判断したようで。

「イリル、それまでだ」
「いえ、お言葉ですが、いま――」
「これ以上の発言は許可できぬ。控えろ」
「…………承知しました」
「失礼しました」

 秘書官の肩を押すようにして後ろへ下がらせ、良く通る低い声でオレに向かってそう告げると、男が前へと踏み出た。
 上官に制され不服あり気な眼が宰相を捉えるのが、オレからよく見える。
 宰相自身、後方からその視線を察したのだろう、神妙な顔つきの中で更に眉が寄る。
 だが、それを取りあわずに、背中で部下を黙らせ。何があったのかと、オレに同じ質問を向けた。

「知らない」

 この男は、怒らせればどうにかなるだろう秘書官とは違い、厄介だが。
 相手が変わったところで、答えが変わるわけもない。

「よくお考え下さい」
「考えようが、オレは何も知らないし、覚えていない。そして、この先思い出すこともないだろう。何もなかったんだからな」
「では。お拾いになった剣で自らを刺して試し、それを引き抜き部屋を出たということで間違いありませんか」
「そうだな」
「貴方は、あのような状態でどちらへ向かうつもりだったのでしょう」

 どうして、あんな階段などで倒れこんでいたのか。あの先は上がっても、直ぐに兵士に止められる場所だ。
 自室前の兵士は偶然やり過ごせたのだとしても、王家の空間の警備に抜かりはなく、それは絶対だ。
 そのことは、この御使いとてわかっているのだろうに。何故。
 秘書官が言うように本当に死を望むのならば、態々人気があるところへなど向かうまい。

 本当はやはり、襲われ、助けを求めたのではないか。
 それとも、あの王子の襲撃をかわしておきながら。その後、自ら傷つけ、闇雲に彷徨ったのか。

 実行犯だという青年と、動じる様子のないオレの、真逆の話に。
 考え込む宰相のそんな『声』が、真っ直ぐオレに飛び込んでくる。

 あまりにも強いそれに酔いそうで、オレが意識してそこから眼を反らすと。
 今度は、こちらへ向かう件の襲撃者の細い『声』を捉える。
 どうやら、だいぶ参っているようだ。

「そんな三日も前のことよりも、今を気にしろよ」

 近付く『声』は大半が、御使いへ助けを乞うているもので。
 己のことはいいから、国は見捨てないでくれと。利用されたと言える男が、そんな馬鹿みたいな、勝手な思いを叫んでいる。

 鬱陶しいそれと対面など、オレはゴメンだ。
 近付くな。

「病み上がりの御使いを相手に、アンタ達はいつまでクソ面白くない会話をしているつもりだ。いい加減出て行けよ」

 宰相の言う通り、あの時階段を上った記憶はあるが、上りきった記憶はないので。オレは本当に行き倒れていたのだろう。
 オレを嫌う秘書官の言葉を信じれば、オレは三日も眠っていたらしい。

 そして。
 目覚めは、いつもと同じく最悪で。
 けれども。
 いつもとは違ってもいた。

 この世界に来てからはいつも、深い眠りから眼が覚めた時は、あの王である男か、犬が近くに居たのだが。
 今回。目覚めたオレの前に居たのは、侍従の少年で。
 その向こうに居たのが、胸中で不満を垂れ流し、いつまで寝ているんだとオレを罵っている王付き秘書官と、オレの行為を痛ましく思いながらもそれとは別に御使いの不安定さを問題視している宰相だった。

 それからは、一気にこれだ。
 一応、オレが喋るには問題ない程度に復活しているのを確認してからではあるが。
 難しい顔の男二人が、渋る少年を強引に追い出し、オレに尋問を吹っ掛けてきたのだ。

 確かに、通常ではありえない回復力を発揮し、肩の傷は癒えていたが。
 休み続けていた身体も頭も、急な展開は肉体的にはともかく、精神的に遠慮したいオレの意思など聞き入られるはずもなく。
 重大なことだからと、問答無用で進められ付き合わされた。

 全く、オレにとってはどうでもいい話であるというのに。

「それとも、何か? オレは休もうと思うのならば、その都度、首でもかっ切らなきゃいけないのかよ」

 まあ、それでもいいけどなと。
 包帯が巻かれた肩を掌で抑え、「流石に首ならこうもいかず、永遠に休むことになるかもな」と口の端を引き揚げる。

 そんなオレに、前の男は、まるで哀れな子供を見た時のような顔を作り。
 もう一人の男は、道端でガムを踏んだ時のような顔をした。

「とにかく、アンタ達が言うその犯人は、オレには一切関係ない。狂言者を相手し罰を与えるほどアンタ達は暇なんだろうが、オレにはそんな趣味はない。何をするにしても、勝手にやってくれ」

 さあ、話は終わりだと。
 扉を示す為に左の腕を上げると、流石にズキンと鈍い痛みが肩から脳天へと走ったが。
 オレはそれをおくびにも出さず、そのまま犬を追い払うように手を振ってやる。

「いま直ぐ消えろ」

 要望ではなく、これは命令だとわかる強さでそう言ったオレを、秘書官である男が睨み口を開いたが。
 宰相である男がそれを止め、丁寧にオレへと頭を下げた。
 今更でしかないのに、白々しくは聞こえない詫びる声の向こうから、上司の慇懃な態度を不満に思っている『声』が届く。

 流石に、あの時と同じように、同じ言葉を発しても。
 この二人は、あの若い襲撃者のように、暴走はしないらしい。
 だが、実際に向かってこないだけであり、それがオレにとっての救いであるわけもないので、どちらも変わらない。

 剣で突き刺し、激痛を与え、望まぬ眠りにつかされるのも。
 聞こえないはずの言葉を向けられ、直接身体の中へ押し込まれるのも。

 傷を刻みつけられるのは、どちらも同じだ。
 何ひとつ違いなんてない。


 明確な怒りと、静かな畏れを抱えた二人が退室するのを見届け、オレは再びベッドへと潜り込む。

 違うとすれば、自分自身と、あの男だけだと思いながら。


2012/01/02
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