オレの戯言を黙って聞いていた男が、冷たい空気と同じ色で、無理だと言った。
　誰でもいいから適当に選んで来いとの要求に、オレが危害を及ぼす恐れがあるのならば、王として民を贄のようにする事は出来ないと。
　真実、オレが見知らぬ他人になど触れもしないのであろうと予測しているのであろうに、そんな言葉を返してくる。

　だったら。
　アンタが王として守るべき、この国のヤツ以外ならばいいのか？
　今夜の宴は身内が多かったとはいえ、他国の使者も来ていたはずだ。
　その中から選んでいいのか？
　オレが誘えば、大抵は喜んで股を開くだろうな。
　そいつらを止める権利は、アンタにあるのか？

　ないだろう。
　加えて、オレを制限する権利もないはずだ。
　アンタが相手にならないのならば、そこを退け。

　相手を望むヤツは、きっと沢山いる。
　このまま部屋に戻っても、傍には、護衛もいれば、侍従もいる。
　アンタに拘ることもないんだ、退け。

　オレのそんな言葉に、けれども男は動かず。
　ただ、何をムキになっているのかと問うてくる。
　何を焦っているんだと。

　ヤりたいからだろう、と。
　アンタと違って、オレは若いんだと。
　一歩横へ逸れれば抜けられるのに、それをせず。
　オレは、掠れそうな程の笑いとともに乾いた言葉を落とし。
　ただ、夜の闇に溶けるだけのそれを見送るように、視線を横へとずらす。


　助けろよ。
　気まぐれでも、立場からでも、何でも。
　少しでも、気にかけたのならば。

　オレを、助けろ。


　頭に浮かんだその言葉を飲み込んだのは、羅列してきた中で最大の陳腐さに、オレ自身が捨てたからだが。

　不意に伸びてきた手に硬い指の背で頬を触られ、男に視線を戻したオレの眼はきっと。
　言葉にしなくとも、救いを求める色をしていたのだろう。

　男の細められた視線に、痛ましさが混じったような気がして。

　ゆっくりと首を回し、視線を意識しながら口を開け。
　動かない男の指に歯を立てる。
　口内で舌を絡ませる。


　この男は、王であって、王ではない。


　この国の頂点に立つその姿は、王様なのかもしれないが。
　実際のところ、未来に興味も関心も持っていないのだ。
　ただ、最低限の役割をこなしているようなものだ。
　オレのことだって、御使いを保護しているのではなく、ただ拾った手前面倒を見ている程度なのだろう。

　神殿から、他国から、守っている訳でも隔離している訳でもない。
　自分が覇者になろうだなんて、微塵も思っていない。
　そもそも、世界の存亡など預かり知らぬところなのだろう。

　王として、民や家臣を守る義務があることを理解し、その為に動いても。
　御使いが誰と契約しようが、どうでもよいのだろう。

　だが。
　だからこそ。
　オレは、この男がいまは適任だと思う。

　他人の内面を読むのに長けていて、この世界に来てからは実際に声で捉えられるようになったが。
　それでも、何もわからない男が相手ならば、判断する材料は勘しかなく。
　正しいかどうかはわからない話だが。

　たとえ違ってもいい。
　この男以外にない。

　この男は、オレを見ていないし。
　オレも、この男を見なくていいのだから。


　両手で男の右手首を掴み支え、冷たく硬い指を舐め、手の平に唇を落とす。

　この男とならば、オレはセックスが出来ると。
　先程から求めていたのとは別の思いで、オレは考える。
　その思考が、身体だけが先行していた欲求へ、心を乗せる。

　強引な熱の処理も。
　世界のシャットアウトもそうだけれど。
　愚かで単純な行為に走りたい中学生のような青い興奮が、一気に湧きあがる。


「なにを、泣く」
「…………」
「ユラ」

　クスリのせいか。
　いつの間にかオレは泣いていたようで。

　こんな状況なのに、乾いているのは間違いないのに、その声がとてつもなく優しくも聞こえて。
　アンタを抱きたいんだと懇願するように呟いたオレの頬を、自由なままの手で拭った男が。
　そのままその手をオレの後頭部へと滑らせ、オレの頭を自分の肩へと引き寄せる。


　髪に絡んできたその指の強さに、オレは眼を閉じ。
　握ったままだった手に力を込めた。