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セックスは苦手だ。
少なくとも、満足なそれを行った記憶はあまりない。
当然だろう。
相手の気持ちを感じ取れるオレに。
行為にのみ集中することは、許されていなかったのだから。
性的対象者を前にすれば、たとえ心はそれほどなくとも、身体は興奮する。
男なら誰だって経験があるだろう。
十代の男の頭なんて女とやることばかりで、オレだって、その端くれにいた。
だから。
誘われれば寝たし、自ら相手を求めたこともある。
だけど。
興奮が最後まで続くことは殆どなかった。
それどころか、途中で役に立たなかったことさえあるくらいだ。
女の喘ぎが演技だとか、自分のテクが誰かと比べられているだとか。
本気で怯えているだとか、ラリっているだけだとか、重苦しい感情を要求しているだとか。
そういった、相手の中身を、勘ではなく事実として悟ってしまうオレには。
精を吐き出す快感よりも、精神的に辟易することのほうが多かった。
オレにとって女とのセックスは、快楽には遠かった。
射精するその一瞬の為だけに苦行に耐えるようなもので、好きではなかった。
熱を持て余す思春期の身体でなければ、わざわざ他人となど重なりたくはなく。
欲望は、ただただ厄介なものでしかなかった。
それこそ、クスリに頼ったことだってあった。
周囲の感情に付き合いきれず、そこに逃げたことだってあった。
だが、多くの場合、結果は最悪だった。
バッドトリップするのが常だった。
それなのに。
今はどうだ。
オレを萎えさせる『声』を聞かせないのをいいことに、忍耐を放棄してみれば。
クスリによる飢餓感が真っ直ぐに男へ向かい、オレを解き放つ。
あっさりと。
身の毛がよだつ、先程の、オレを貪りつくさんとする圧迫感が。
オレの能力をショートさせた、ヤツらの『声』が。
未だ、身体の奥底に残っている感じがするのに。頭の中で響きわたっている気がするのに。
時間と距離を得て、充分に落ち着いた今なら、城に残るヤツらの意識を拾えるのだろうに。
オレの全てが、目の前にいる男だけに向かっていて。
今なお全てを隠す。
男以外、見えなくなる。
寝室に入る前に顔を合わせた王の護衛達は、ただただ驚いていた。
彼らは今も、部屋の前でそれを継続させ、色々想像しているのだろう。
扉一枚隔てたそれは、いつもならば嫌でも飛び込んでくるのに。
今は、何も、何ひとつ、オレには届かない。
ただ、目の前の男だけが、オレの全てになっている。
「ユラ」
ベッドへ押し倒し、その身体に乗り上げたオレを。
止めはしないが、協力もせず。
されるがままに服を剥がれるのを認識しつつも、気付いていないかのような声で。
男は静かに呼び、真っ直ぐ見上げてくる。
その眼は、ただ、観察しているだけのもので。
今なお、オレの行動の意味がわからないといった、理解とは程遠いものだ。
けれど。
実際には、幼子ではないのだから、オレが何をしようとしているのかはわかっているはずで。
身体を重ねる意思など皆無であったとしても、逃げない限り、オレとて止める気などない。
逃げたとしても、逃がす気もない。
身体も心も、大人しく終われないところまできているのだ。レイプであろうと、仕方がない。
「……犬にでも噛まれたと思って、諦めろ」
素肌をさらした胸に片手をつき、もう片方の手を男の顔の横につき、身を屈め。
触れる直前、唇に吹き付けるようにそう言ったオレの言葉に、男が何か言い掛けた。
だが、音が零れる前に、オレはそれを塞ぐ。
四つん這いのような体勢で、無抵抗な相手に覆いかぶさった自分の姿が、一瞬脳裏に描かれたが。
女のように男を浅ましく求める自分など、どうでもよいことで。
気にするほどの矜持など持ち合わせているはずがないことで。
微塵の躊躇いもなく、強請るように閉じられたままの男の唇をゆっくりと舌で舐める。
赤ん坊のおもちゃのように、何度も舐め、食み、濡れた音を響かせれば。
ゆっくりとオレの首筋から後頭部へ男の指が滑った。
硬い指が、地肌を押すように撫でる。
頭の血管が決壊するほどに暴れ狂っているのに。
そんな些細な感覚に、背筋どころか全身が震え反応してしまう。
あの場で重ねた唇は、ただ冷たかっただけなのに。
開かれたそこへ差し込んだ舌が捉えたものは、とても熱かった。
眩暈が、おさまらない。
闇に浮かぶ庭園で迫ったオレを、男は諌めた上に。
この寒さでは更なる長居は身体に毒だと、オレの勢いなど見てもいないようなことを言った。
だからオレは。
このまま部屋に戻すというのなら、侍従に相手をさせると宣言した。
あの少年を犯すぞと。
男は当然のように、嘆息を吐いた。
何を馬鹿なことをと。
出来ないくせにと、そう思ったのだろう。
実際、オレは同性を相手にしたことはないし、今現在熱が向かっていても、したい気持ちはないといえた。
だが、溜息ひとつ浴びせられて改められるような、頭で考えての欲求ではない。
身体や思考を支配しているのは、息をするのと同じ欲望だ。
言葉を連ねて変わるものではない。
ここは、オレにとっては夢の中のような世界だ。
死を選んだ後で現れたこの場所は、現実感は皆無で、死後の世界となんら変わりない。
溢れるのは虚無と苦痛で、信じられるものなどひとかけらもない場所だ。
オレは、この世では生きていないに等しい。
そんな世界で。
行動ひとつに躊躇う心が、生まれるわけがなく。
あったとしても、意味もない。
感情なんてものは、生きていない人間には錯覚だ。
昔話のように、恐怖と苦痛に晒され続ける地獄に落とされた者のように。
オレはこの世界で、絶望を味わい続けている。
その中で、目の前の命が本物であるのか偽物であるのかなど、考えるわけもない。
答えなど、必要もない。
思考も感情も、この世界では無意味だ。
持つほどに、オレが苦しむ羽目になる。
だから、オレは。
成すがままに成す、それだけで。
己の世話を焼く少年を犯せも殺せも出来るだろうし。
男に迫ることに、抵抗などない。
自身の嗜好は、そこには関係しない。
この世界では何をしようと、何があろうと。
ただ、それだけのことなのだから。
2012/03/20