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 緩い刺激に焦れていたが、強いそれも一筋縄ではいかないのだと気づくのに時間はかからなかった。
 本腰を入れ始めても、男の愛撫はどこまでもオレを苦しめた。

 そして。

 肌に幾つも朱が散り、噛み痕が残り、痺れきった胸の感覚が乏しくなって漸く、男はオレの性器に触れた。
 一向に触れられず、泣くばかりのそれに自ら手を伸ばしかけるたびに、散々邪魔されてきたのだ。
 開放への期待に、興奮しすぎて意識さえ飛びかけた。

 だが、ソフトな男の触れ方に、まさかと思えばそのまさかで。
 逆戻りしたかのように、柔らかい刺激からの段階を踏んだ工程を再び味わわされることになった。

 同じ男ならば、コレがどれだけ地獄かわかるだろうに。
 良かれと思っている節さえ感じる言葉で、オレのけしかける暴言を交わす。

 この男、思った以上に頭がおかしい。



 散々高ぶらされて、けれども熱を放出はさせてもらえず、ハアハアと肩で息をしながらも、意地で。本当にそれだけで。
 男に跨り、充分に立ち上がった性器を片手で掴み、膝を進めて後ろへ導く。
 自分の尻の穴の位置など正確に把握しているわけもなく、男の肩においていたもう一方の手でそこを探り、手の中で脈打つものの先端をそこに当てる。

 思っていたのは、逃がして堪るだとか、絶対に入れてやるだとか、そういうことだけで。
 押し当てたそこは当然入るものだと思っていたのだが。
 実際は無理だった。

 無茶だと呆れられ、すぐに腰を離された。
 怪我をするだろうと、宥めるように尻をなでたその指が、周囲を弄るばかりだったそこへ初めて入れられた。
 生理的嫌悪か、焦らしか知らないが。そんな風にほぐす気はなさそうだったのに。
 だからこそ、待ってなど要られず焦れて強引に進めたというのに。
 やれるのならば最初からしろよと、ゆっくりと内壁を押しながら進んでくる指に嫌悪することもなく、男への罵倒を上がった息で吐いていた。

 が。
 直ぐにまた、これは地獄の始まりだと悟り、絶望がオレを襲う。

 指が増えるまで、このまま死んだ方が楽だと本気で何度も思った。
 後ろを弄られ始めれば放置された性器に手を伸ばせば、拘束され、後ろへと刺激も止められて。
 殺すぞと、実際に口にもした。

 自分も欲情に濡れた目を晒し、腹に付きそうなほど前を勃てているくせに、男の行為は徹底していた。
 本当に、この男は狂っている。

「ぅ、あ、もういい…、はやくッ…いれろ、よ!」
「まだだ、キツイ」
「な、ぁ、あ、アンタの、噛み千切んねぇから…ン、あ、来いッ、クソッ!」

 痛くしたくないという男の腰を踵で蹴ってやったのは、心底からの腹立たしさからだ。
 それでも、理性的なのか、事務的なのか、丁寧に解し広げる男に、頭の中で呪うような言葉を吐き続ける。
 だが、指で尻の穴を広げられる感覚は未知のものであったが、まだどこかで余裕もあったのだろう。
 酸素不足で朦朧としていても、暴れる熱に理性が焼かれていても、オレは自分の状況はわかっていた。

 怪我をしても、どうせ直ぐに傷はふさがる。
 そんなことを気にするのならば、オレが狂い掛けていることを慮れといものだ。
 ここに来て、汚い場所に自分の大事な一物を突っ込めなくなったなんて抜かしたら、殺してやるぞクソッタレ。

 そんなことを考えている間に、男が満足する程度に準備できたのか。
 いれるぞ?と訊かれた。

「しぶっていたのは、アンタだろうが…!」
「痛ければ言え」
「オレより、あ、アンタだッ……萎えたら、殺して、や――ひッ!!」

 グッと先端を押し込まれて、息が詰まった。
 眉を寄せじっとオレを見る男の顔は、まるで国の一大事を思案しているかのように真剣で。
 進んでくる剛直の凶悪さとは別に、オレは男に感化され背筋を振るわせた。

 一瞬だけ綺麗に消え去った熱。
 だが、間を置きぶり返したそれは、想像を絶する勢いでオレに襲い掛かってきて。

「あ、あ、あァァッ!」

 この男は、この世界の、この国の王で。
 オレは、御使いなのだと。
 僅かに浮上したそれをも飲み込み、オレを快楽へと押し上げた。


 自分の身体の中に埋め込まれたそれが行き来を始めるころには、まともな事など考えられなくなっていて。
 ただ襲ってくる強烈な快楽と苦痛に、呼吸を繰り返すことだけが俺に唯一残されたことだった。




 全身がじんわりと痺れているような感覚で目を覚ました。
 数度呼吸を繰り返し、ああまただと、獣の匂いに目を開ける。

 目前に黒い壁があった。
 この犬は、賢いのかバカなのか良くわからない。
 ひとのベッドに許可なく入るなど、まともな躾をされていないのか、したが無駄だったのか。どちらだろうか。
 少なくとも、飼い主の責任だろうが、あの男はここにはいないので怒りようもない。

「…降りろ」

 丸まっていた身体をすこし手で押しやり、犬を促す。
 起きていたのだろう素直にそれに従った犬は、けれども床に座り、ベッドの端に頭を乗せオレをじっと見てきた。
 はふっと一度空気を噛むように口を開閉させる。

 起きないのかと見守る目から視線を外し、窓を見る。
 薄暗さに夜明け前かと思ったが、よく考えればそんな訳がない。  永遠に終わりが来ないような苦痛と快楽に喘いでいたあの時間が一瞬であったのならば、オレは自分の不甲斐なさに死ねるだろう。

 どれだけ寝ていたのか、もう日暮れの時刻のようだ。
 深い呼吸を何度か繰り返しながら瞼を落とす。
 身体に残るのはほんの少しの気だるさのみで、盛られた薬の名残もないことを確認すると、意識が澄んできたのか相変わらずの『声』が通り抜ける。
 身近なそれに気配を探れば、壁の向こうには侍従の少年が居た。
 寝ているオレを気遣いながら、御使いの世話の段取りをしているらしいその『声』も流しさる。

 まだ、現実に戻るには、昨夜の交わりは強烈で。
 眠気はないが、シーツに顔を埋める。

 向かい合った状態で、男の膝に乗るよう座ったのはいつだったか。
 うっすらと明るい窓の向こうに焦がれたその時は、もはや意識は半分以上飛んでいただろう。

 喘ぐことさえできず、苦痛なのか快楽なのかもわからない中で、ただ波に呑まれていて。
 気づけば、男を中に入れたまま向かい合い座っていて。
 耳元であがる荒い息が自分のものなのか、男のものなのかもわからず。
 ただ、ぼやける視界で捉えた窓に、力の入らない腕を伸ばした。
 届くはずもない距離なのに、きっと冷たいのだろうそれに触れたくて。
 熱過ぎる身体に、外の冷気を欲した。

 雪が積もっていたのならば、今すぐそこへダイブするのになと。
 雪が積もったら、埋まっていたいなと。
 そんなことを頭の片隅で思ったのを覚えている。

 でも、いつの間にか気づけばまた、硬い楔に貫かれて、熱を撒き散らしていて。
 朦朧とするなかで、揺れから逃れるように男にしがみ付こうとして。

 手を伸ばしたのかどうなのか。覚えていない。
 そのままオレは落ちたのか、その後も続けたのかさえ、わからない。
 当然、男がいつ出て行ったのかも。

 そこまで考え、違和感を覚え、何だと考え漸く気づく。
 顔を上げると、飽きずにこちらを見ている犬と目が合い、そのまま動く範囲で周囲を見回す。

「…………上等じゃねぇーか」

 最悪だと思った瞬間口からこぼれたのは、男への悪態だ。

 隣室に少年が居るとわかっていたのに気付きもしなかった自分が情けない。

 眠っている間に移されたのだろう。
 自分に与えられた部屋に居ることを認識し、オレは昨夜の愚かな暴走を後悔する以上の、深い溜め息を落とす。

 オレの息が届いたのか、犬がクスンと鼻を鳴らした。


2012/05/05
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