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 日差しの中、チラチラと雪が舞い散る。
 桜よりも味気ないと思うが、手の上で落ちたそれが融けるのをしばらく味わう。
 増える水滴が、オレが生きていることを教える。

 雪が降り始めて3日。
 吹き溜まりに塊が溜まっている程度で、思ったほどの積雪ではない。
 踏みしめる地面は白く色を変えているが、足跡を残すほどでもない。
 これでは、埋まることなど無理だ。

 冬はまだ遠いのか。

 「これ以上降らなければ、風流なのですがね」

 この国の雪はえげつないと。人払いをしているにも関わらず、隣国の王子が傍へ来て言う。
 遠巻きに見守る護衛と侍従が、これ幸いとこの男にオレの監視を託したのだろう。
 外へ出ると言ったときの顰めた兵士の顔を思い出し、何についての心配なのかと呆れる。

 王と寝て3日。
 真っ先にそれを知った王の護衛は口が堅かったようだが、他の面々はそうでもなく。
 また、確信も持てずに広まった噂話が的を射ていたのもあり。
 いまや、オレたちが身体の関係を持ったことは城中の誰もが知っているほどだ。
 そして同時に、けれども契約がなされていないことも、皆が知る事実。

 だからこそ、ある者は安心し少し様子を見るかと鳴りを潜め、ある者はあってはならないことだと怒り狂い、また、ある者は自分ならば契約できると夢想しバカらしい計画を練っている。
 下手に力を持った貴族や神官たちは何かと大変なようだ。

 逆に、城で働く者たちは、それぞれに不安や期待を胸に抱いているが、表面上はヤツらと比べれば静かなものだ。下世話な話もあまり聞こえてこない。
 国の中心と、一般的な民との温度差もあるが。
 どちらかと言えば彼らは素直に戸惑っているようだ。
 型破りすぎる御使いに。

 身体を繋げるだけでは契約にならないと知られているはずなのに、何を今更と思いもするが。
 彼らはこうしてひとつずつ、少しずつ、オレが本当に御使いなのかの疑惑を深めている。
 そもそも、御使いとは絶対的な救いになり得るものなのかと懸念しはじめている。
 世界の破滅が近づく音が、彼らにははっきりと聞こえているのだろう。
 漠然とした惧れが、その口を噤ましているようだ。

「雪を楽しむのならば、我が国の方がいい」

 深く積もっても背丈ほどだと、遠くにそびえ立つ真っ白な山を眺めながら言った男が、オレへと視線を向けてきた。
 先日の宴会は国内の要人向けとはいえ、隣国の王子に声を掛けないはずがないだろう。たぶん出席していたのだろうが、見かけた記憶はない。
 こうして近くで見るのは初めて会った時以来だが。
 あの時よりも幾分か疲れているように見えるのは、気のせいではないだろう。

「あと数日もすれば、本降りになるでしょう。そうなれば、この国を出るのは難しい」
「ようやく帰るか」
「雪で足止めをされては、下手したら半年近く動けないからな。どうです、一緒に来ませんか?」
「オレを連れて帰ると?」

 そんな考えは一切ないことは、男から伝わってくるのに。
 軽口ながらも御使い相手にそんなことを言う男に、オレの口角が自然と上がる。

「オレを連れ帰り、王になるか」
「王位を欲したことなど、一度もない」

 砕けた口調を混ぜながら、どこかこちらを探るような色を滲ませていたが。
 それを忘れたかのように、男はその一言が唯一の事実のように言いきった。
 凛と澄んだ空気の中では、真摯にさえ見える。

 だろうなと、オレは口元を動かすだけの返答をする。
 先日の襲撃者の国もそうだったが、この男の国も跡目争いで揺れている。継承権の低いこの男が王位争いに加わる気があるのならば、御使いが居るとはいえ他国に長期滞在などしないだろう。
 だが、そう思うヤツばかりとは限らない。
 御使いを手に入れて一発逆転を図ろうとしているのかもしれないと、そんな邪推をする者もいるはずだ。
 だからこそ、今、暗殺される可能性もある自国へこの男はそれでも帰ろうとしているのだ。
 自分は王位に興味は無いと、それだけを示すために。

 しかし。
 その前に、やるべきことがあるようで。オレに用があるからこその接触だろう。
 御使いなど他人事な隣国王子が、城内を駆け回った下世話な話に食いつく理由はひとつ。
 自国に火種を連れ帰ることになっても、オレをこの国から遠ざけたい。そんな思いを多少なりとも持ち、軽口とはいえ口にのせる理由はひとつ。
>  あの男から、オレを遠ざけたい。
 そんなところだ。

「苦労なことだな」
「あの国で生まれたのだから仕方がない」

 オレの言葉を自国の争いだととった男が、本当にどうでもよいといった声で答える。
 帰れば、己の命も左右されるのだろうに。
 それ以上に、この国の王へ向ける関心のほうが強いとは。本当に、苦労な話だ。
 バカでしかない。

 それが何であれ、誰であれ。誓いならば、いくらでも口にしてやると。
 興味がないからこその男に、からかうような発言をしてやろうと振り向いたところで。
 オレを見下ろしたその眼を覗いた瞬間、何故かとかの戸惑いもなく、この男が本当に抱えているものを当然のように知った。
 まるで、最初から知っていたかのように。
 すんなりとオレの中にそれが入ってくる。

「アンタ、見たんだな」
「…なに?」
「見たんだろう? オレと、あの王様の未来に何があるのかを」

 顰められた顔とは対象に、覗き込んだ薄い眼が揺れた。
 何故わかるんだとのオレが知ることへの疑問ではなく、示されたそれに動揺するかのように『声』が発せられる。
 あれは夢だ、と言い聞かせている。

 この男は未来を視る能力がある。
 だが、それも視るだけだ。変える力までない。そもそも、この男自身、その能力に気付いていない。
 いや、気付きたくないようだ。

 誰だって、不安や期待からの想像が引き金になり、一度や二度は未来になり得るような夢を寝ている間に見たことはあるだろう。
 けれど、この男の場合は、そうではない。見るのもいわゆる白昼夢だ。起きている時、空想ではない映像が頭に飛び込んでくる。そんな特殊な力を持っている。
 本人は、ただの夢だと思い込む癖が付いているようだが、それは明らかに人とは違うものだ。

 それをどうしてオレがわかるのかなんて。この世界では考えるのも無意味だ。
 わかったのだから、わかった。それ以外にない。

「何のことでしょう」
「何を視た?」

 『声』では拾えないそれに、顔を顰めたまま瞼を落とした男の中を除くように意識を澄ます。

 閃くようにというよりは、教えられるかのように頭に浮かんだのは、ぼやけた映像だった。
 それでも、黒い衣装を身に纏い立っているのがこの国の王であることも。
 その手には血まみれの剣が握られていることも。
 そして、足元には白い衣装を真っ赤に染めて倒れているオレがいることもわかった。

 死んでいるのかどうかはわからないが。
 オレは、あの男に刺されるらしい。

 だが、それがどうした。
 逆であれば問題だろうが、この男にとって、オレの命に関心はないだろう。
 実際にいま目の前で、友であるあの男が御使いを刺そうとしたところで、止めそうにもないくせに。
 ただの夢だと思いながらも、何を気にしているのか。

 オレが覗いたもの以外を、その前後までもこの男は視ているのかもしれないが、流石にそこまではわからない。
 この男もそうなのだろうが、オレもまた、多少の衝撃を得る生々しい映像に、他にまで食い込む気にはならない。

 そもそも。
 この男が視る未来は、今の真実であるかもしれないが、現実に起こるかどうかはわからないものだ。
 なぜなら、未来は常に動いているのだから。

 全てが決まりきった未来などない。
 あるのならば、御使いなど必要もなければ、意味もない。
 決まっていないからこそ存在理由となるオレがここにいるのだから、間違いない話だ。

 だからこそ、この男は白昼夢でありながらも、己の能力をそこまで意識していないのだろう。
 百発百中ならば、どんなに否定したところで自分の異常をもっと認識するはずだ。
 きっと今まで何度も、夢と現実の違いを体験し、安堵や後悔を繰り返してきたのだろう。

「まあ、何を見たところで、アンタが視るのは結局、いくつもある未来の可能性のひとつに過ぎないんだろうがな」

 絶対の未来を視るなど、きっとそれは、オレをこちらに飛ばしたという神にだって無理だろう。
 この男が視たそれも、今がそのままそこへ繋がる補償はどこにもない。
 けれど。

 この男の能力が本物である以上、まったく無関係な未来を視ているわけでもない。

 アレは、オレの望みがかなうということなのだろうか。
 あの男は、オレを屠ってくれるのだろうか。

「ああ、だから…アレはただの夢だ」
「アレが何なのか、オレは興味はないが。この世の中、なるようにしかならない」

 オレがどれだけ御使いではないと叫ぼうと、何をしようと。
 逆に、そうだと認めたところで。
 結局、何がどうなろうとも、根本は変わらない世の中だ。
 人がうごめき世界は回り、その世界は尽きることはない。
 たとえ、終焉を迎えようとも。

「貴方は、本当に御使いなのか…?」
「オレが偽者だとでも視たか。」
「……祝福はされなかった、奇跡は起きていない」
「起こって欲しかったかのような言い方だな」
「滅びを感じているこの世界の誰もが望んでいることです」
「どうだかな」

 オレがたとえ契約をなしたところで、派手な奇跡など起こらないだろう。
 過去に起きたとされるアレは、ただのパフォーマンス。
 御使いの気持ちが高ぶり、彼らの力が具現化したようなものだ。
 たしかに、多少は神の力が関係しているのかもしれない。御使いの力と神そのものは切っても切れない関係だ。だが、だからといって、契約成立を神が祝うわけがない。
 所詮、神はこの世界がどうなろうともかまわないのだから。


2013/06/03
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