|| 2-5 ||
吹き抜けになったロビーを、三階の通路から肩越しに振り返り見下ろす。眩い光に降り注がれる中、小さな人々がチョコマカと動き回っていた。仁科は手摺に背中を預けたまま、足元のソファに座る真中の手から吸いかけの煙草を奪う。
苦手な煙草を自ら進んで吸い、吐き出す前に口の中で紫煙を転がす。味わったそれは、やはり不味いとしか思えない。それでも、唇に挟んで咥え、舌先で煙草を揺らす。
二口目を吸う時には、灰は随分と長くなっていた。
「やっと来たな」
煙草を抓み取り腕を伸ばしたところで、真中が深い呟きを落とす。不自然な体勢で視線を向けたロビーに、先程向かい合った男達が居た。いや、正確には二人だけではなく、女性を一人伴っている。遠目にも、まだ若いだろう事が窺える衣装と背格好。黒いスーツに挟まれたピンクが目に痛い。
一度その開けた空間で立ち止まった三人は、一言二言会話を交わす時間を経て、あっさりと二分に別れた。ユアンが女を伴いホテルから出て行くのを見送り、小竹だけが再び中へと戻って行く。向かった先はパーティー会場とは逆だ。御供も連れずに何をするつもりなのか。
とっとと返れと思いつつ顔を戻すと、足元に灰が落ちていた。仁科はそのまま同じように煙草を落とし、嗅覚ではなく視覚から、僅かに絨毯が焦げる匂いを吸い取る。紫煙以上に不快だ。だが、不味くはない。
「バカな事をするなよ」
正しく灰皿を使いながら煙と共に小言を吐いた真中に対し、仁科は真新しい靴で火種を踏み消しながら「アナタは俺の母親ですか」と言い返す。従業員でも何でもないのに、こんな事でいちいち注意をするなというものだ。鬱陶しい。
「安心しろ、お前みたいな息子を持った覚えはない。ボケた事を言っていずに、いいから拾え」
「そんなに拾いたいのなら、アンタが拾えばいい」
拾わせてやるよと続けた仁科の科白に、「無茶苦茶だな、お前」と真中は言いつつも、吸殻を摘み上げ灰皿へと捨てる。早々に拾わせる事を諦めたのか、こんな後始末など屁でもないのか、その表情には何も浮かんでいない。読めない男だ。
着替えを済ませて店を出たところで、付き合い続けていた真中の携帯電話が鳴った。案の定、相手は小竹だ。話があると息巻く男の居場所を逆に聞き出し、取り込み中だから少し待てと、折り返し電話を掛ける事を約束し真中は直ぐに通話を切った。三十分程前の事だ。
真中曰く、接触からの時間を考えれば、一通りホテルを探し廻ってから自分に電話をしてきたのだろうとの事で。いま相手をすれば、時間を掛ければ逃げられるとわかっている筈の成昭は再び直ぐにお前を追おうとするだろう。そんな奴に付き合えない、一度熱を冷まさせねば暑苦しいと、慣れたように判断する。幸い近くにはユアンが居るので、お預けをさせればその間に奴はするべき事をするだろうと、全てがわかっているように。
だが、それは真中と小竹の間の話であり、自分には関係ない。真中が小竹に何をどう話すのか、頼む事や強要する事は出来ても、自分は実行する事は出来ない。精々上手くやってくれと、もう用はないと帰ろうとした仁科を、今度は真中が有無もなく捕まえ通路脇のソファへと座らせた。もう少し居ろ、悪いようにはしないからと。
小竹がホテルに居る間は、ユアンを含むヤクザ達が動いているのは確実だ。見付かりたくないのなら、あいつが帰るまでここに居る方がいいと思うぞ。そう言う真中のその判断を信じた訳ではないが、自身も帰る事無く腰を降ろした男に付き合い仁科も止まった。だが、ユアンは兎も角、小竹から逃げ続けるのはもう面倒だとも思ったのも事実。
この時間は無駄になるのを確信しながら、消化した三十分。
「今夜はこれで終わりだな」
成昭もそろそろ帰るだろう。真中が携帯電話を手にしながら視線を向けてくる。お前はどうすると窺う眼差しから顔を反らすようにもう一度ロビーを見下ろし、仁科は背中を起こした。タイミング良く、着信音が響く。
「もう痺れを切らしたのか、早いな」
小竹なのだろう、喉で笑いながらそう言い真中が通話に応じた。仁科は仕方なく、真中が座るソファの肘掛に腰を降ろし、ガラス越しにロビーを眺める。パーティが終わったのだろう、多くの人がフロントを通過しホテルから吐き出されていく。
人込みを鬱陶しいと思う。だが、溢れる他人は慣れ親しんだものでもある。誰でもない誰かを、群れる人間を、眺めるのは嫌いではない。街中で側を通り過ぎていく名も知らぬ他人が、時に何よりも好ましく感じるのは、自分の存在を確認出来るからだろう。
人影が疎らになるまでも待たずに、真中が通話を終えた。聞くともなしに耳に入れていた会話は、取るに足らないものだった。真中は佐藤某など知らないとの答えを貫き通し、会場内での接触も偶然だったと嘯いた。必要なら調べてやるが、女装趣味の男を追いかける暇はお前にないんじゃないかと説教まで垂れる始末だ。真剣に聞いてなどいられない。お前もいつまでも付き合っていずにそんな会はさっさと抜け出し帰れと助言する真中の言葉に小竹が従うのかどうかすら、もうどうでもいい。
今夜でも明日でも、いつでもいいが。出来るだけ近い内にもう一度釘をさして置くかと、仁科は予定を立てる。だが、直ぐにそれは今夜しかないと考えを変える。先程の真中ではないが、小竹の性格や立場を考えれば、なるべく間を置かない方が良いのは絶対だ。接触するならば、状況が何も変わっていない内が得策だろう。
「車で来ている。乗っていくか?」
立ち上がりながら、真中が誘ってきた。
「いや、いいです」
怠惰に片腕だけを上げ手を振り、お疲れ様でしたと仁科は振り返りもせずに断る。ロビーに再び小竹が現れ、直ぐにまた消える。何をうろうろしているのだろうか。案外、暇らしい。真中の言葉は効いていないのか、まだ帰る様子はない。
「どうもお世話様でした。お気を付けてお帰り下さい」
少し顔を向け軽く頭を下げた仁科に、肩を竦め呆れながらもお疲れと応え背を向ける。遠ざかる男を見送りもせず顔を戻し、そのまま視線を落とす。煙草で焦がした絨毯。爪先のその汚れは、まさに今この瞬間の現状を表しているかのよう。日常に突如として現れた、異物。
真中の言う通り、どう考えても小竹と関係を持つのは賢くはない。
足をずらし、汚れを靴の下に隠して立ち上がる。視界から消えても、存在するシミ。だが、この汚れはこれ以上勝手に広がる事はない。けれど、あの男は自分の知らぬところでも増殖するだろう害だ。感情が何処にあれ、小さな内に処理せねば成らない対象だ。
煙草のように踏み潰すつもりはない。小石のように、蹴り飛ばしたい訳でもない。ただ、自分の周りには要らないだけだ。どこかへ行ってもらいたい。
エレベーターは使わずに、ゆっくりと階段を降りながら一階へ向かう。仁科はフロント前のラウンジに腰を降ろし、携帯電話を取り出した。簡単な仕事であった筈なのに、予定していたよりも時間を取られた。一度職場に戻るつもりだったが、今夜はもう無理だろう。
ホテルの玄関はまだ多くの人が溜まっている。車が発車する度に順調に減っていくその群れを離れたところから眺めながら、ただ待つ。
仕事をしないのならば、早く帰宅し寝たい。起きているのならば、気晴らしに遊びたい。
そう思うのに、それでも今ここに居続ける自分が本当に正しいのかどうかはわからない。だが、間違っているかもしれない事に対しての不安はない。
選択肢ばかりが溢れる日常。その中のひとつを次々と掴み取る事で成り立つ生活。正しい行いが命を繋げる訳でも、悪行が不幸を招く訳でもない。選択ミスをしようが、正解しようが、いつ何がどうなるのか未来はわからない。
もしも、これが破滅への第一歩だとしても。
成るようにしか成らないこの世の中で、躊躇など必要ない。
この空間で唯一の人物だろう。その存在を知る男が、視界の中に現れる。どれくらいそうしていたのか過去を振り返る気にもならないくらい、絡み合う事が全ての存在。本人から聞いたのはその名前だけで、他の全てが第三者からの提供なのに、一方的に多くの事を知り覚えた。だが、自分の事を男が知る必要はない。
だから、話をつけよう。これで終わりだと、ゆっくりとした動作で立ち上がり姿を晒す、視線を向ける。相手が認識したのを確認し、仁科は身体を反転させた。疎らに残る人々の間をすり抜け外へ出る。
シャツ一枚の身に、冬の外気が刺すように突き刺さる。ジャケットの前を合わせながら進み、適当に進んだところで仁科は足を止めた。また誰かに捕まったのだろうか、小竹はまだ追いついて来ない。
車道に背を向け、車止めに尻を乗せる。背後を車が通り過ぎる度に動く自分の影を見ながら、身体が勝手に震えそうになるほど寒い中、敢えて何も考えずに待つ。
「佐藤…」
先程の勢いは何処へいったのだろうか。呟きに視線を向けると、数メートル先に小竹が立っていた。行き交う車のヘッドライトが、呆然としているかのような間抜けな男の顔を照らす。何故、そんな表情をするのか。俺にそんな顔を向けるなと腹立たしさが生まれるが、表にまでは出て来ない。寒さの中で待ち続けたせいだろう、身体が固まっているようだ。だから、そう、これは緊張なんかじゃないと心の中で呟きながら、仁科は立ち上がりゆっくりと正面を向ける。
数歩の距離で向かい合った途端、この接触を否定するかのように胃が痛んだ。
けれど、それでも今更どうしようもない。
「お前は、何がしたいんだ」
その問いは発した途端、相手に届かずに己へと返って来た。何がしたいのか、仁科は自身で戸惑いを覚える。関わりたくはないと、全てを拒否している。やりたい事は、この男との縁を切る事だ。間違いない。だが、それだけではない気もする。
本当にやりたい事なのか。ただ、やらねば成らない事なのか。違いが、見えない。
「佐藤?」
「俺に、何の用がある」
それでも。戸惑いなどないと、仁科は小竹に視線を定める。今までもこれからも、自分が何をしようと、何をせねばならなくなったとしても、後悔はしない。誰もがそうと気付かずに、小さな罪を無数に犯し生きている世の中で、綺麗事など唱える気はない。
この男を排除する事に、誰の許可も必要ない。
「用って言うか、気になってさ」
「するな」
端的な言葉に、一瞬キョトンといったような表情をした後、小竹は柔らかい笑みで苦笑した。
「してしまうものは、しょうがないだろ?」
今の会話に何を感じたのか、相手の雰囲気が不意に穏やかになったのを仁科は感じる。何故、安堵するのか。直接的な拒絶が伝わらないもどかしさ。寒さなのか照れなのか、曲げた指の背で軽く自身の頬を擦る小竹を見ながら、もう一度口内で唸る。
相手と自分の、事態に対する認識の大差。わかっていた事だが、改めてまざまざと突きつけられる事実が不快を生む。
「世話になったし、病気の事も心配だから会いにいったら、どこにも居ない。気にするなって方が無理だろう」
お前が気にさせるんだと責任を擦り付ける男の姿が、視界の中で暗闇にとける。安い言葉が、気分を白けさす。ヤクザになろうと言う男が、あんな扱いで、嘘でしかない言葉に気を取られるとは滑稽だ。可笑し過ぎて、逆に笑えない。更に遊ぼうとも思えない。
「アレは嘘だ」
「ウソ? 何が?」
「視力を失う予定はない」
「……本当か?」
「ああ」
「……そうか。なんだ、そうなのか」
深い息を吐き出しながらそう言った小竹は、直ぐに良かったと硬くしたばかりの顔を崩した。病気じゃないのかと、放って置いたら嬉し涙でも流すんじゃないかと思う程の喜びが顔に出ている。
気味が悪いと、仁科は不可解な男を胡乱に眺める。もしかして、自分が騙されていた事に気付いていないのだろうか。普通は、心配して損をしたと、騙したなと怒るものだろう。
「良かったな、佐藤」
「……」
百パーセントの嘘を作り出した当人に向かって、良かったも何もない。どこをどう解釈して自分にこんな言葉を向けるのか、全く理解出来ない。だが、何故そんな感想を抱くのかと追求する気はない。疑問に思えぞ興味はないと、仁科は向けられる笑みを無視し「だから」と口を開いた。
「お前の宿代は、あの冗談でチャラだ。俺とお前の間に、貸し借りは一切ない。礼も心配も要らない。よって、清算成立。これで終わりだ」
「…どう言う意味だ?」
いつの間にか手を伸ばせば届くほどに縮まった距離が、低い呟きを正確に伝える。どう言う意味もなにも、逃げられ避けられる当人が一番わかっている事だろう。それでも、こうして待っていた事に何らかの夢を見たのか、納得出来ない思いがじわりと顔に浮かんでくる。小竹のその様子を数秒眺め、仁科は無表情のまま言葉を紡いだ。
「もう会う事はない。じゃあな」
「ちょっと待て、そう言う訳にいくかよ」
「いかなくても、そうしろ。俺はお前を忘れる。と言うか、今夜会うまでもすっかり忘れていた」
「思い出したのなら、今度は忘れるなよ。なあ」
「邪魔だ、俺の記憶にお前は必要ない」
「俺は違う。礼が要らないのも、病気じゃないのもわかった。だけど、そんな理由はなくても、俺はお前が気になるんだ。じゃあなバイバイは嫌だ。俺はお前を知りたい。お前、面白いんだよ、自覚しているか? 折角そんな奴に会ったのに、みすみす逃すなんて損じゃないか。なあ、何処で働いているんだ、何処に住んでいるんだ?」
「……」
必死に言葉を紡ぐ意味がわからない。
馬鹿を通り越した奴は、恐怖だなと。怖すぎだと感じる仁科の冷えていく気持を他所に、小竹はなおも愚かな事を口にする。
「もう着替えたんだな、似合っていたのに。俺は別に、お前が女装の趣味を持っていてもいいからさ。友達になろうぜ、佐藤」
「…………」
何もかもを勘違いした男の発言が恨めしい。
27才を過ぎた男が何をぬかしているのか。他人を面白いと評価する前に、己の危なさを理解しろ。何が、友達だ。幼稚園児でも言わないだろう台詞に、仁科が覚えるのは眩暈のみ。噛み合わないは勿論、男の存在そのものに疲れる。
躊躇いなど微塵もなく、気付けば膝を蹴り上げていた。逃げられないように両腕で男の身体を引き寄せ、近付くそれに右膝を埋め込む。肉と肉がぶつかり合う衝撃を感じた瞬間には、右手を解放しながら肘を上げ、身体を捻り男の頬へと打ちつける。
「カマが好みなら、他を当たれ。俺にその趣味はない。いいか、二度と俺の前に姿を見せるな」
次は殺すぞと、身体を曲げているので踏みやすくなった小竹の頭に踵を乗せながら、仁科は駆けて来る男の姿を認めた。ユアンではない。だが、根津組関係だろう。明らかに、敵意を向けられている。
理不尽だ。この馬鹿に絡まれる自分こそが被害者だというのに、腹立たしい。だが、正当性がこちらにあったとしても、ヤクザ相手に遣り合おうとは思わない。
「兵隊が多くて良かったな、王子様」
軽く踏むように力を込め、反動で頭が戻ってくる前に身体を反転させる。
「…佐藤!」
掠れた声は、歩いた分だけ離れた位置から聞こえた。追いかける気持ちをなくしたような声音には聞こえなかったが、やって来た男に止められたのだろう。そのまま、馬鹿の監視をし続けて欲しいものだと仁科は思う。
だが。
「お前、自分が何をしているのかわかっているのか!?」
思いも寄らない言葉に、思わず足を止めてしまった。
「佐藤!」
「……」
今更、自分が何者で、自分を殴ればどうなるのか、そんな事を教えるとでも言うのか。何をしているかなんて、俺ではなくお前自身が自覚する必要があるんじゃないかと仁科は短く息を吐く。
零れたそれが歩道へと落ちるまで佇み、地面から靴底を剥がす。前へ進むために。
だが、背中に届いた声に、次の瞬間には身体の向きを変えていた。
「あの部屋の男が今何処にいるのか、お前は知っているか?」
「香港だと言っただろう」
「いや、違う。あの部屋に、濱端なんて男は存在しない。借主は別な人物だ」
「……だから、何だ」
案の定、小竹は支えられるようにしながらも、やって来た男に拘束されていた。足を踏み出しても、肘を捕まれ引き戻される。その動作を何度も繰り返しながら問うてくるそれに、仁科は目を細め聞き返す。
「それが、どうした」
「自分が何をしているのか、お前は本当に知っているのか」
「意味がわからない」
繰り返された同じ問いに、仁科は口の端を上げる。
「俺は知り合いから預かった部屋にちょっと住んだだけだ。管理人でもないお前に非難されるいわれはない」
事実をただ述べる。だが、それが全てではない。まして、事実が真実とは限らない。
「一切何も知らないという事か?」
「さあな。興味ない」
関心はあるのかもしれない。けれど、追求出来る立場ではない。真実にたどり着きたいとは思わない。だから、俺の事実はこれが全てだ。小竹が知ったのだろうそれに耳を貸す必要はない。
「佐藤…!」
おいコラ放せと自分を捕まえる男を叱りながら、諦めず呼び掛ける小竹に仁科は今度こそ背を向ける。
ホテルから離れ最寄の駅を目指しながら、不意に頭に猫の姿が思い浮かんだ。そう言えば、あの取り上げたライターはどうしただろうかと、仁科は未だ引越し後の散乱した部屋を頭に描く。どこかに仕舞った記憶はない。だが、部屋のどこかにはあるのだろう。
冷たい銀の上に住み着いた猫は、煩い馬鹿な飼い主には似ず、凛とした雰囲気で周囲と一線を引いていた。
手に馴染もうが、温もりが移ろうが、その猫だけは飼いならせはしないのだろうと思わせるライターを思い出し、仁科は小さく唇を歪める。どうやら可哀相にも、あの猫は男にとって捜すほどの物ではなかったらしい。
勝ったなんて。高々ライター一本と競う気はないけれど。それでも、自分を探した必死さとそれとの違いが、若干心地良い。今の今まで興味はなかったが。改めて手に入れた戦利品に、ほんの少しだが心が騒ぐ。
価値なんて知らないが、それはこちらが決めればいい。売るかどうするかはわからないが、暫くこのまま飼ってやるのも悪くはない。
終電まではまだあるが、低い気温から逃れるように足早に駅へと向かう人の中を悠然と歩く。コートは着ておらずとも、夕刻時の恰好よりもまともな分、我慢出来ない寒さではない。
気紛れに、もう一駅分街を泳ぐ事に決め、仁科は駅を通り過ぎた。
見上げた空に、光はない。
第二話 完
2008/02/08