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時間が時間なだけに、駐車場を利用する人も少ないようだ。
オレの願いを聞き入れた白名さんは、古椎さんが居るというビルに連れて来てくれて。ここなら行き違いにならないだろうと、古椎さんの車の前にオレを落した。言いたいことは言うんだぞとオレに助言し、またなと去る。
また会う事があるかもしれないのだと、現金にも短い言葉に喜んだのも束の間。白名さんを追いかけた勢い以上の無謀さを発揮している自分に気付き落ち着かなくなる。
車の前で座り込む。こんなところではダメだと、端の花壇へ場所を変える。
何気なく上を見て、車道側だと空が見えるなと気付き再び場所を移動する。駐車場と車道の仕切りの短いガードレールに腰掛け、暗い空を見る。
「何をしている」
どれくらいそうしていただろうか。
急に掛けられたその声に慌てて姿勢を戻すと、古椎さんが数歩先に居た。充分じゃない明かりの中、白名さんと同じ様に、半年前のままの姿がそこにある。
「……」
何をどう言おうか、オレはまだ再会を思い描いていないのに。早い。待っていたのはオレのはずなのに。不意打ちだ。
「何をしているんだ」
「あ……星が見えないかなと、思って…」
って、そうじゃない。
繰り返された質問は、馬鹿みたいに上を向いている意味ではなく、オレがここに居る訳だろう。遅ればせながらにも気付いて応えようと口を開くが、それより早く「白名だな」と古椎さんが言う。
「また拉致られたのか」
「え?」
拉致ってなんだ? しかも、また? オレは一度として、そんな目に合った事はないけど…?
「いえ、あの、偶然白名さんに会って、…オレが頼んだんです」
「何を」
「だから…ここに来たいと……」
「ここで星を見るのは無理だ」
「……そう、ですね」
思いもよらぬ言葉に、答える声から力が抜ける。ここに来たのは、星を見る為ではない。貴方に会いに来たんだと。はっきり言わなかったのは確かにオレだけど、これはないと思う。
オレは会いたくて会いたくて、こんなところまで来てしまったけれど。古椎さんにとっては、オレの登場なんて何でもなかったんだなと。あの別れは気に掛けるものでもなかったんだなと。温度差の違いをまざまざと見せ付けられ、泣きたいような笑いたいような気分になる。
けれど、オレが実際に出来たのは顔を俯ける事だけで。
冷えた手を握り締め、オレは馬鹿だと自分を詰る。本当に、馬鹿だ。
「…いきなり済みません」
帰りますと言い、オレは顔を下向けたまま立ち上がる。もう会えないと思っていたのだ、こうしてもう一度古椎さんを見られただけで、元気だとわかっただけで充分だ。それ以上は我儘だと、オレはそのまま礼をする。
だが。
「行くぞ」
「…え?」
「星が見たいのなら、見に行けばいい」
顔を上げると、古椎さんが踵を返したところだった。
「……」
男の背をオレは唖然と見つめる。見たいと言ったわけではないが、星に拘ったのは俺なので、つまりは見に行くから一緒に来いという意味なのだろうけど。
「なんで…?」
オレはただ本当に見えないかなと思っただけで、見えると思い込んでここに来てがっかりしたわけじゃないんだけど。古椎さんに会う為に、白名さんに連れてきてもらったんだけど。
それでも、ついて行っていいのだろうか…?
オレのせいで古椎さんを煩わしていいのかと、だけど誤解を解けばそれで終わってしまうなと、決めかねて動けないオレを振り返り、男は立ち止まる。
「……」
オレを待っている。
そう気付いた時にはもう、オレは駆け出していた。
何故、白名さんに会いたいと願ったのか。
その理由が、一気にオレの中で爆発したように溢れだす。
「古椎さん! 古椎さん!」
突進の勢いのまま、自分より大きな男を抱きしめ、オレはその名前を口にする。何度目かの呼び掛けで観念したのか、何だと応えた男の肩から顔を上げ、間近で相変わらずの無表情を見る。
本物なのだ。本当に、古椎さんなのだ。
強烈な痺れに、一瞬、全てを忘れる。そして、この半年が。あの一年が、オレの身体を突き抜ける。
「あの、」
ぼんやりと空を見ているオレを無視して帰る事も出来ただろうに。声を掛けてきたその意味を、勝手に解釈してもいいだろうか…?
「キスしても、いいですか…?」
乞うた瞬間、眉根を寄せられた。けれど、その拒絶を見なかったことにしたくて、反射的に細まった目をオレは片手で覆い、口の端に唇を落とす。
「……済みません。もう、しません。今度こそ、本当に」
以前の誓いを忘れてはいないが、自ら破った。その謝罪と、改めて誓う声に、下ろしかけた手を捕まれる。
「駄目だと言った事はない」
現れた眼は、真っ直ぐと俺を見ていた。
腕を引かれ、もう一方の手で腰を抱かれる。唇が迷う事無く降りてくる。
「ァ、…ンッ」
一度目は、重ねるだけのそれで。二度目は、子供の悪戯のようなものだったのだけど。
三度目のキスは、初めて貰うキスで。
恥ずかしい話、何が起こっているのか、何がなんなのかわからず。気付けば肩で息をしながら、オレは古椎さんにしがみ付いていた。耳元で呼ばれたのが自分の名前だと気付くのに、数秒の時間が必要だった。
「飛成」
腕を掴む手に力を入れることで、オレは返事に変える。今、口を開くのは勿体無いように思えた。
このままこうしていたい。
だけど、オレのそれとは逆に、古椎さんはオレの肩を押し身体を離す。
「…………好きだと思うんです」
最後の抵抗でジャケットの裾を掴み、オレは自分のその手を見下ろしたまま告白する。
「貴方のことが…」
「まだ、『思う』か」
「え?」
「それ以上の自覚はないのか?」
何を言われているのか。数秒の時間を要したけれどオレは理解し、ゆっくりと首を振り、真っ直ぐに視線を合わす。
いつからなんて知らない。
どれだけかなんてわからない。
だけど、この気持ちは本物だと言える。
オレはこの人が好きだ。
「オレは古椎さんが好きです。貴方と一緒に居たい」
「組長のこともそうだっただろう」
「安斎さんと古椎さんは別です。オレだってもう大人です。好意と恋愛の区別は付きます」
「白名が聞いたら笑う科白だ」
「白名さん、ですか?」
「俺達はお前に振り回されたからな」
振り回された覚えはあるが、振り回した自覚はない。逆だろうと顔を顰めた俺の髪を、古椎さんが掴み引っ張った。
四度目のキスは、どこか抗議のような。噛み付くような、短い接触。
反論を飲み込まれたオレは、古椎さんの背中に手を回し、その身体を引き寄せる。
古椎さんを好きになったのは、安斎さんが居たからだ。安斎さんを受け入れられたのは、養父母に育てられたからだ。だから、この先にどんな事があろうと、この気持ちは何処かへ繋がる。意味がある。
オレは一人で生きてきたわけでも、一人で生きているわけでもない。そして、側に居る誰かを選べるのならば。今はこの男を望む。
貴方が欲しいんですと言ったオレを、古椎さんは喉を小さく鳴らして笑った。
その振動を身体で感じながら、オレは思う。
今、オレの未来はここにある。
| END |
2008/05/21