君を呼ぶ世界 190


 ここにケータイがあれば、男のこの醜態を録画し。
 それを材料に、明日から今までの仕返しをしてやるのに。

「…アンタ、やっぱ酔っているよ」
「酔っていない」
 酔っているヤツほど、酔っていないと言い張るものだ。
「だったら何でそんなことを言うんだ」
 開き直る男に流石のオレも嫌気が差して、組んでいた足を解き、そのままローテーブルの上に片足を置いてやる。
 いや、自分の家でも、親友相手でもないんだから。本気でダメだろオレ。キモい発言よりも、アウトだ。ここにもしジフさんが居たら咎められるだろう、近衛兵が居たら剣を抜かれるかもしれない。
 そう思うのにやってしまうのは……オレも酔いが回ってきたか?
 人のことを言っていられないんじゃないか?
 ……このままだとそのうち粗相をして、大人しい今夜のこいつもキレるかも…?
「この世界に気持ちを置けば置くほど帰れなくなるのだとしても。お前は生き方を変えないのだろうな」
「…今度は何だよ、それ。意味がわからないんだけど」
 勢いで乗せた自分の足と、その50センチ先にある王様のグラスから視線をあげられないオレの内心は、軽口で茶化してしまうほどにじんわりと肝を冷やしかけていたのだが。
 オレの殊勝さなど今更いらないとでも言うかのように、オレの不遜な態度は微塵も取り合わず。男はやはり持論を展開しようとする。
 わかっていると言うくせに、恨めの話をまだ続けるつもりか……オレはもう飽きてきたんだけど。
「教えてやっているんだから言うとおりにしろってか?」
 そのオレサマ、ジャイアンサマは、一度どこかで更生するべきだ。しつこい。
 っつーか。足を下ろすタイミングを完全に見失った…。
「この世界を恨むことで、元の世界に戻れるとしたらどうする」
「だから、なんだよそれ」
 さっきから言っているが、何なんだ。そんなにオレがこの世界に馴染むのが嫌なのか。
 というか。面倒な話より、今はこの不躾な右足の行方だ。下ろすか?そう、下ろすべきだ。でも、コイツが気にもしていないのに下ろすのは、スゴスゴ引き下がるようで何だか嫌だ。
「戻りたいのだろう」
「戻りたいさ」
 でも、今はそれより足を戻したい。
「ならば、恨め」
「いや、だから。恨めじゃないって言ってるだろが」
 オイオイオイ、ループか? また話を、今までの努力をさくっと無視して戻すのか?
 お前は一体オレの話をどう解釈し、何をわかったんだ、この宇宙人が!
「あのなぁ、何度も言いますけども。経緯はともかく、オレはここで生きているんだ。心を許すなだとか、気持ちを置くなとか、ナニサマだよ一体。そんなに独占欲が主張できるほど、この世界はアンタのものだっていうのかよ。少なくとも、オレはアンタのものじゃねぇ」
 勝手に決めるな、思い通りになると思うなと。
 オレは立ち上がり、他人の話を聞けないのだろう残念な男を見下ろしてやる。
「オレは部下でも、国民でもない。一国の王様と対等だとまでは言わないが、アンタの下にいるわけでもない」
「わかっている」
「全然、わかってないだろ」
 お前のわかっているの言葉は信用できないのだと、いま証明したばかりで何を言う。
「帰りたければ、恨め恨め恨め。しつこいよ。やっぱり、オレが周りと上手くやっているのに嫉妬しているんじゃないのか、アンタ」
「そんな話はしていない」
「そう言っているようなもんだろう」
「望んで居る場所ではなくとも、長く居れば現状に慣れ、情も湧く。何が何でも帰りたい強い意志が、最良の結果に繋がるのだとしたら。今のお前は、元の世界に帰れるか? 現状に甘んじている部分はないか?」
「…………」
「今のお前を責めているのではない。お前は、帰るためにどこまで何が出来るのかと言う話だ。どうするのかを聞いている」
「…………どうするって…ンなこと言われても」
 …そんな話か?今までのが?
「もう一度聞く」
 会話の仕方が難しすぎる男の言葉が頭でグルグルまわるオレの動揺を見透かすような。
 真っ直ぐな視線と静かな声がオレを掴まえる。
「この世界の全てを嫌うことで戻れるのだとしたら、お前はどうする」
「……」
 …卑怯な、ムカつく言い方だ。
 だが、それ以上に。腹が立つよりも、今更だがグサリと胸を抉られるような感覚を覚えた。
 何を言っているんだと蹴散らせる要素はたくさんあるけれど、男が言わんとしていることがようやく少しはわかって。妥協するしかないと諦め我慢し、目の前のいいところばかりを掴んで大事にしている自分もわかっているので。
 二択なんてする話では絶対にないのだろうけど、帰りたいと言うばかりで、自分では探しようもないからと、今を穏便に生きることの方が大切だからと、一番大事で難しいそれから一歩足を引いている自分を突き付けられて。
 上手い言葉が見つからない。
「…その不毛な例えに答える意味があるのかよ。嫌ったら帰れるわけではないだろう」
 負惜しみのような、言い訳のような甘え腐った言葉だ。
「嫌う事がお前には出来るのか」
「……わからねぇーよ」
 自分が発した言葉なのに、出来ないと言っているのと同じつぶやきが憂鬱にさせる。
 手にしたままだったグラスの中身を胃ヘと流し込み、テーブルに置く動作に重ねてそのまま腰を下ろす。
 長椅子とはいえ、王様が掛ける椅子に座るのもまたNGなんだろうが。たった2歩の距離が遠すぎて、元の席まで戻る気にもならない。
「…………」
 ……同じ話をするのなら、逆にして欲しいものだ。
 苦境の中で、それでもこの世界を心底愛し、この世界を受け入れたならば。神様がその健気さに打たれて、元の世界に返してくれるだとかなんだとか。話すのならばもっと、前向きになれるようなものがいい。
 と言っても。
 実際この男にそんなことを言われたら、恨めと変わらず愛するも同様に、どこまでオレをバカにするんだと怒るんだろうけど。
「…アンタがいう嫌うだとか恨めだとか、具体的にどうするものかはわからないけど。何にしろ、気を向けるなと言うのが無理だってさっきから言っているだろう。それは、何があろうと変わらない。オレは、一人になったらのたれ死ぬような身だぞ。どうするだとか、出来る出来ないだとかの話じゃない。オレにはそれしかない」
「お前の言うことはわかる。だが、この世界での祈りは時として、常識では考えられない結果をもたらす。それを知っても、変えないか」
「……それって、さ」
 いやいや、わかっていたらもう喋るなよと突っ込みかけた言葉は、男が続けた言葉の意味を噛み砕く間に消えて。
 なぜ、この世界や人を恨まないのだとか。元の世界に帰りたくないのかだとか。恨めば帰れるだとか。祈りが届くだとか。
 小出しにされバラバラだったパーツが、漸くまとまってオレの中へとやってくる。
 ああ、こいつは。例えだとかではなく、事実を言わんとしているのか。
「つまり、本気で、強く願えばオレは帰れるんだと。アンタはそう言いたいのか?」
 神官が儀式を行い神子を召喚するように。ひとりの青年が命を掛けてそれを行った結果、オレがここへ来たように。
 大きな願い事はその個人以外の力が作用し、常識はずれな結果へと繋がると、そう言いたいのか?
 それが、この世界だと?  恨むことが、帰還への手段だと…?
「…………なるほど」
 最初の不穏発言は、つまりはこの話だったのかと遅ればせながら理解する。そして同時に思ったことは、「最悪」だ。
 そう、最悪以外のなにものでもない。
 この男の真意がわかったところで、納得出来ないことに変わりはない。理由があれば恨める話ではないし、そもそも、その意味がわかっても理由になんてならない話で。オレが思うのは、この世界はどこまで人を馬鹿にしているのだろうかという憤りだ。
 恨みではなく、ただただ空しく悲しい衝動。
 この世界の人々は、こんな理不尽の下で生きているのか。
「神の力ということか…」
「そうだ」
 そうだじゃない。
 でも、この世界は神が支配している。
 実際に居るのか居ないのか知らないが、少なくとも、人々の中には居て。
 それが、世界の真実だ。
「それが、オレの帰還方法を調べたうえでの答えか? 方法は、祈ることのみ、か」
 馬鹿らしい。ふざけている。冗談じゃない。そう思う。そんな答えは要らない。納得できない。
 だが、その示されたものよりも、このおかしな男が静かに口にしたこの世界の現実がオレから怒りを奪う。
 確かに、願う事は大切だろう。それこそ、おかしな力なんて働かなくとも、そうしてモチベーションが高ければ人は通常では得られない結果を手にすることが出来る。奇跡も起こす。
 なのに、この世界では、それが神の一言で括られるのだろう。
「過去に、この世界で排他的に生き、別な世界に飛べた奴がいたのか?」
「そのような事実は確認できていない」
「……なんだよ。じゃあ、絵空事じゃないか」
 軽口を叩くが、声に勢いも出ない。
 ここは異世界だと、オレは何も知らないのだと、改めて突きつけられた気分だ。
 宇宙人との会話でも意識しなかったというのに、たったひとつ示された「神」に、絶対的な存在に、理解できない以上の隔たりを覚える。
 元の世界にもおかしな宗教はあったが、あれはそれが異端だった。だが、ここでは、オレが異端だ。
 でも。
 それでも。
「悪いけど、オレはこの世界の神サマを信用できない」
 第一、この世界は嫌だ!帰してくれ!と叫びながら生きるとしてもだ。それを神に願うなど、不本意すぎるだろう。今の理屈を通すなら、フィナという青年がしたこととはいえ、オレがこういう目にあったのは神のせいになるのだから、嫌すぎだ。
 つまりは、この男は憎き相手に縋れるかと聞いてきたというわけだ。冗談じゃない。
 オレは帰りたいと思っている。けど、この世界や神に希うなんて面白くない。元凶相手に、祈らない。
「神なんて、クソくらえだ」
 はき捨てたオレの言葉に続いて、短い音が響いた。
「え…?」
 コイツいま笑ったんじゃ…?と、隣を振り向けば。
 いつの間に注いだのか、中身を入れたオレのグラスを差し出しながら。
「気が合うな、同意見だ」
 男が、言葉とは裏腹に微塵も面白くない面でそう言った。
 喉を鳴らしたと思ったのは、間違いだったらしい。
 って! それよりも。
 こいつ、なに同意しているんだ!
 崇拝発言の舌の根も乾かないうちに暴言を吐くのかよ!?

 この、潔いまでの矛盾というか、チグハグ発言。
 録音できないのは本当に残念だ。


2013/12/02
189 君を呼ぶ世界 191

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