□ 雨が降る夜

「お前、今日はもうあがっていいぞ」
 珍しく真面目に書類に視線を落としたまま、久住がぽつりとそう言った。何を言っているのだろうかと吉井は片眉を上げ、確認し終えた書類に判を突く上司に「折角のお言葉ですが」と首を振る。
「この後、多川氏の見舞いに行かなくてはなりません。お忘れですか」
「忘れてねーよ。だがな、ガキの遣いじゃないんだ、一人で行ける。お前がついてくる必要はないだろう」
 確かに、久住がその責務を果たせられるのであれば、何処にも問題はない。だが、それを出来ないのが、久住俊介と言う男である。
「それはそうでしょうが。社長にも、そして私にも、立場と言うものがありますので」
 田舎町の、従業員は家族だけだと言うような小さな会社ではないのだ。それなりに名の知れた企業のトップが、その立場をもって行動をするというのがどれ程重大な事であるのかわかっていない発言に、吉井は諭すように静かにそう言った。内心では、また何やら考えているのだろうかと上司を疑っているのだが、それを表に出す程馬鹿でもない。
 色んな意味で、一人では行かせられないのだと匂わせた吉井に、久住は「煩い、頭が固すぎるぞ」とすっかり聞きなれてしまった文句を言い、眉を寄せながら書類を突き出してきた。
「多川のオッサンを見舞うのは俺なんだから、金魚のフンみたいについて来なくていいんだよ。相手も別に、お前の顔なんて見たくはないさ。
 今日はそれで終わりなんだろう。なら、さっさと片付けて帰れ」
「社長、お言葉ですが…」
「聞かん、喋るな。回れ右! 退室、退社!」
「……」
 鬱陶しいと言わんばかりに、しっしっと犬を追い払うように右手を振る上司に、吉井は我慢しきれずに長い溜息を落とした。何かを企んでいるのは、明らかだ。
 本来ならば、面倒だから自分は行かないと、そんな子供のような我が儘を言い出すのが久住である。それが今夜は、いつも扱使う自分に早く仕事を終えて帰れと言い、自ら予定している見舞いに進んでいくと言う。怪しすぎる事、この上ない。
 吉井はまじまじと若い上司を見、やはり自分も同行すると口を開きかけたその時、部屋にノックの音が響いた。久住の返事を待たずに、当然のようにドア開けたのは、同じ秘書課の三上女史だった。本来は内線でまず覗いをたて入室の許可を得るというのものだろう。それを考えると三上の行為は横暴だとも言えるのだが、仕える上司が上司なだけに注意も出来ない。この若い社長相手では、待っていても一生声はかからないのだと誰もが学習し、いつの間にかその場にあった適切な判断を下すようになっている。
「何だ、まだ何かあるのかよ」
 部屋に入ってきた部下に、久住は顔を顰めた。だが、その不満を耳にも通さなかったかのような顔で三上は言う。
「社長。神崎さんをお連れしました」
「お、早いじゃん。でも、ま、丁度いいか。
 晶! こっちに来いよ」
「晶さん…!?」
 突然の事に驚く自分を微かに笑い、失礼しますと退室していく三上を見ながら、吉井はどういう事なのかと呟いた。
「俺が呼んだのに決まっているだろう」
 直ぐに久住からそんな答えが返るが、それは吉井の疑問に対する返答としてはかなり省略されたもので、殆ど答えにはなっていない。
「私は、何故かと訊いているんです」
「――それは、恭平のお迎えのために。
 って、僕はそう聞いているんだけれども。実際は何なのかな、俊介」
 吉井の言葉に答えたのは、久住に呼ばれ入ってきた神崎だった。仕事帰りの医者には見えない、ノースリーブの鮮やかな青いシャツに、レザーの黒いパンツ。ほっそりとした体形を隠す事のないその服装は、けれども剥き出した腕につく筋肉から、男らしさを匂わせる。
 身体つきと同じく決して太いとは言えない腕だが、多分自分よりも腕力はあるだろう。計算されたかのように綺麗につく筋肉を見ながら、吉井はそんな事を思った。見惚れている場合ではないのだが、本当に綺麗なのだ、それも仕方がない。いや、突然現れたその生肌に、少し酔ったのかもしれない。
「迎えに来いと、久住が呼んだのですか?」
 何を考えているのかと己の立場を思い出し、吉井は神崎に訊いた。恋焦がれている相手だとしても、今は職場にいるのだ。会えたからといって、子供のように飛び跳ねるわけにはいかない。
「そうなんだ。当直明けだったから眠っていたんだけどね、夕方突然、俊介に電話で叩き起こされちゃってさ」
「電話なんて、突然なのが当たり前だろう。今から電話をしますと連絡を入れる奴があるかよ」
「上げ足を取るなよ、折角仰せの通りに来てやったのにさ」
 横柄な久住に気を悪くする事もなく、神崎は肩を竦めながらにやりと笑った。
「どんな呼び出しを受けたんですか、晶さん」
「どんなって、いつも通りって感じだよ。七時半に恭平を迎えに来いってだけで、理由は言わない。恭平に何かあったのかなと思って聞くと、何もないからお前を呼ぶんだろうって当然のように言ってそのまま電話を切ったんだ。俊介らしいだろう」
 その時の事を思い出したのかクスクスと笑いを落とす神崎に、久住が軽い舌打ちをする。
「嫌なら来なければいいだろう、晶」
「別に、嫌だなんて言っていないだろう。ったく。僕が言う通りに来て喜んでいるのだろう、本当は。なのに、礼のひとつもないのかい」
「はいはい、サンキュー」
「誠意が篭っていない。ま、いいけどさ。それで、何を企んでいるんだい、俊介くん」
 ニコリと笑いながら机に手をつき体を曲げると、神崎は椅子に座った久住の顔を覗き込んだ。その笑顔に笑い返し、久住は目の前に迫る医者の額をパシリと右手で叩く。小気味良い音と共に、「人聞きの悪い事を言うな」と少し硬い声が落ちた。
「俺はただ、普段こいつを酷使し、お前達の会える時間を削っていると言う自覚があるからこそ、ちょっと愛のキューピッドになってやろうとしただけだ。それに。仕事のせいでフラれただなんて、吉井に泣きつかれたくもないしな」
 何がキューピッドだ、誰が泣きつくんだ。ふられるだなんて、縁起でもない事を言わないで欲しいと、吉井は少々恨めしい目で久住を見た。だが、それを軽く口元を引き上げるだけで流し去り、「ま、そう言う訳だ」と一人で勝手に終わらせる。
「せいぜい、楽しい夜を過ごしてくれ」
 椅子から立ち上がり、神崎から視線を外した久住はそう言い、吉井に顎で扉を示した。
「お疲れさん」
「社長」
「何だよ」
「……」
「その態度が、疑わしくて、疑わしくて。けれども、僕と過ごせる事も魅力的で。俊介を取るか、僕を取るか。ああ、どうしようか。――そう悩んでいるんだよね、恭平は」
「…晶さん」
 吉井の心を覗き見たかのような正確さで、神崎が代弁をする。そこまで切実なではないが、正にその言葉通りのものだ。
「何かは知らないけれどさ。ホント、俊介怪しいからね」
「心配するな。見舞いには行く、絶対だ」
 そう言い切られては、吉井としては信用し、頷くしかない。
「わかりました。社長、よろしくお願いします」
「ああ、任せろ」
「…本当に」
「しつこい。晶、さっさと連れて行け」
 久住の言葉に神崎は肩を竦めると、「じゃあね、俊介」と吉井を引っ張り、部屋を後にする。
 これで良いのだろうかと、良くはないのだとわかりつつもそう迷ううちに、三上にも見送られた吉井は、恋人とエレベーターに乗り込みながら短い溜息をついた。それを聞きとめた神崎が、小さく笑う。
「これから、見舞いに行く予定だったの?」
「ええ、そうです。行って下さらなければ、非常に困るのですが…」
「そんなに困るのなら、余計に行かない可能性が高いね。ま、見舞いに行ってそこで何らかの事をするという可能性もあるけれど。でも、恭平には秘密で動きたい重要な何かがあればだよ。もしくは、相手がそれを望むような人物か」
 なるほど。そう言う考えもあるのかと、久住がキャンセルすることばかり考えていた吉井は思わず頷く。だが、相手は何らかの取引をするような人物ではない。もしもあるとするならば、プライベートなものだろう。しかし、それならば態々その立場を持って訪ねる予定は立てないはず。
「そんな事はないと思いますが…」
「じゃあ、単なるいつもの俊介の我が儘だね。誰かと約束でも入ったのか、早く恭平を帰して逃げる隙を突く魂胆だろう。三上さんは、まだ残るの?」
「いえ、もうすぐ帰るでしょう」
「ならば。戻って俊介を押さえるかい?」
 どこか楽しげな神崎の声に、吉井は先程から考え続けている事をもう一度考慮してみた。実際に久住が見舞いに行かなかった場合、相手への謝罪をどうするか、再度時間は取れるだろうか、計算を巡らす。神崎に愚痴ったように確かに喜ばしい事ではないが、信頼を失う程の事でもないだろう。相手も、我が強すぎる久住の事をよく知る人物だ。多少の融通はきくはず。
「私では、止められないでしょう。今夜は騙される事にします。穴埋めは、きっちりとして頂きますしね」
 最近はとても忙しく仕事に縛られていたので、仕方がないと吉井は早々に諦める事にした。説得などしようものなら、更に何かされそうだ。ここ数日の仕事量を考えると、久住にしてはまだ我慢した方だろう。重要な契約の場での反抗ではなかっただけマシというもの。
「相変わらず保護者みたいだね、恭平は」
 俊介に愛されているね。
 一階に到着したエレベーターから先に降りながら、神崎は自分の事のように嬉しそうにそう言った。
 愛されているのだろうか。
 思わず首を傾げた吉井を、振り返った神崎が優しげに目を細めて笑う。

 食事を終え空腹を癒した途端、吉井は睡魔に襲われた。
 いつの間にか助手席に身を預けるうちに眠ってしまったようで、雨の音に瞼を上げた時は、車は高台にある公園に止まっていた。フロントガラスから、低い柵の向こうに街の光が見える。夜景は雨のせいでいつもより滲んでおり、どこかまだ夢の続きであるかのような、幻想的な雰囲気で煌いていた。だが、屋根を叩く雨音に、意識は次第に覚醒していく。
「…あ」
「ああ、起きたのかい?」
「晶さん…」
 かけられた声に振り向くと、運転席で神崎が微笑んでいた。
「スミマセン、眠ってしまったんですね。今、何時ですか?」
「後30分程で明日。だから、眠ったと言っても、2時間程度だよ」
 そんなにもと驚く吉井を、神崎はエンジンをかけシートベルトをしながら、クスリと笑った。
「僕に力があれば、眠った恭平をベッドまで運んであげられたんだけどね。絶対無理だから早々と諦め、ドライブしていたんだ」
「スミマセン」
「いや、別に謝る事じゃない」
 再び謝罪をした吉井に、自分は夕方まで寝ていたので元気なのだと神崎は言う。
「それにさ。疲れて眠る恭平を見るのも、なかなか楽しかったよ」
「それは、何よりです」
 そう言う神崎と違い、自分の顔は鑑賞に値するものではないと思うのだが、吉井は恋人らしい言葉にそう返事を返し喉を鳴らした。直ぐに、同じような笑いが隣から響く。
 雨が降る夜更けだからだろう。スーツを着ていても少し寒さを覚えた。吉井は不意に気になり、「ちょっと、失礼」と断りを入れ、ハンドルを握る神崎の二の腕に触れる。
「何?」
「寒くないんですか?」
 そうして触った神崎の腕は、とても冷たかった。冷えた自分の指よりも低い温度に、吉井は眉を寄せる。
「僕は大丈夫だけど。恭平は寒いの?」
 少し暖房を入れようかと、神崎はエアコンのスイッチを押した。
 体温が低いタイプなのか、いつもひんやりとする身体ではあるが、今夜は何故かとても気になった。真っ直ぐと前を見運転をする神崎の横顔を見つめ、吉井は言葉に出来ない不安を覚える。
 こんなにも近くにいるのに。
 自分達は同じ空間に存在しているのだろうかと、吉井は唐突に恋人を遠くに感じた。
 こうした不安は、付き合いを続けるにつれ大きくなっていっている。

 部屋に帰り、吉井はまず風呂の用意をし、ゆっくり温まって下さいと神崎をそこに押し込んだ。その間に、手際よく幾つかの仕事を済ませる。神崎が出てくるのを見計らい、ハーブティーを入れた。
 母親みたいだと、そんな甲斐甲斐しいと言えそうな姿を、神崎はそう笑った。入れ違いにシャワーを浴びながら、女房みたいだと言わない恋人を何故なのだろうかと、吉井は少し邪推してみる。だが、あまりにも馬鹿らしく、身体についた泡と一緒に幾つか浮かんだ考えを流し去った。何を考えようと、ひとり相撲でしかない。
 ただ、ふざけた言葉なのだと捕らえられない自分が歯痒く、そして、恨めしい。
 神崎に対する感情のせいで、卑屈になる自分を認識はしているが、受け入れたくはないそれだ。努力してでも、そんな自分を消し去るべきなのだろう。誰もが己の醜さなどに気付きたくはく、それは吉井とて例外ではなかった。
 今の関係を、神崎との繋がりを望むのならば、目を瞑らねばならない事など山のようにあるのだとわかっている。実際にはうまくそれが出来なくとも、それを選んだのは自分だと言うことを忘れてはならないのだ。
「恭平も飲むかい?」
 風呂からあがった吉井に、美味しかったよとハーブティーの礼を言い、神崎は尋ねてきた。その微笑みに同じ笑みを返し、吉井は首を振る。
「私は、結構です」
「なら、アルコール?」
「それも、止めておきます」
「じゃあ、僕は?」
 なんてね、と神崎は喉を鳴らしながらも、吉井に近付いてきた。目の前で立ち止まり、眼を覗きこまれる。
「どう?」
「それは…、是非頂きたいと思いますが…。いいんですか?」
「もちろんだ。恭平が疲れていなければ、ね」
「晶さんは…?」
「僕は、恭平と違って明日は休みだよ。たとえ無理をしても、大丈夫」
 そう言い笑うと、神崎は漸く吉井の首に腕を回しながら、唇を重ねてきた。
 神崎の言葉は真実ではないのだろう、と吉井は思う。たとえ疲れてもそれを見せないのが、神崎という男だ。非番の日にもよく仕事をしているし、通常の勤務でもオーバーワークは当たり前である。忙しい自分以上に働いているだろう。生死を扱う職種だけに、そのストレスは桁違いのはずだ。
 神崎のくちづけに応えながら、そうは思いながらも押さえられない衝動が体の中で湧き上がるのを吉井は感じた。眠ったと言ったが、神崎が疲れているのは確かだとそう思う。本人はどう言おうと、休ませるべきであるのだろう。だが、そんな理性も扇情的なキスに持ち去られてしまう。
 縺れ合うようにして寝室に入り、ベッドに身を投げた。裸になり、全身で味わうように、肌を重ねあう。充分に温まったはずだろうに、神崎の肌はやはり冷たかった。だが、火照った吉井の体には、それが余計に気持ち良い。
 この体を、この体温を、知っている人間は自分一人ではない。
 今、こうして体を重ねる間くらいは、そんな事は考えたくはなかった。こうして会っている間は、忘れたかった。顔も名前も知らない者達に、嫉妬などしたくはなかった。だが、目の前にいるからこそ、触れているからこそ、押さえられない感情でもある。
 何故、自分だけのものではないのか。それが、辛くてたまらない。
 体中に唇を這わせながら、吉井は神崎の中心に手を伸ばした。自分と同じように脈打つそれを握りしめ、強弱をつけて扱く。神崎の口から零れる喘ぎを唇で受け止め、深いキスをかわす。指に絡まり始めた先走りの雫を、その先端に塗り込めた。恋人の体が自分の下で震えるのを、吉井は何よりも愛しいと感じる。
 だからこそ、体を重ねるのだ。好きだと思うその心を形にするために、確かめ合うために体を重ねるのも確かに有る。だが、それだけではなく、もっともっとこの想いを大きくするために、壊れない確かなものにしたいからこそ、肌を合わせるのだ。
 男との性行為に、抵抗がない訳ではない。神崎とのそれは、頭よりも求める心の方が大きく、今なお客観的にその有様を想像し何かを考える事など出来ないだけで、男性同士のセックスをそう簡単に認められはしない。正直、気味が悪いと吉井は思う。自分勝手でしかないのだろうが、生理的に受け付けないのだ。間違っていると、そう思う。
 同性愛者を否定はしないが、受け入れもしない。自分の知らないところでならばかまわないが、目の前にその者がいたらきっと軽蔑の目を向けるだろう。自分のような人間は、心が狭いと言うよりも、ずるい人間だと言うのだ。そう思いながらも、それでもどうしても吉井は受け入れる事は出来ないのだ。神崎と性交渉は持ってはいても、やはり自分はゲイではないのだろう。だが、この場合はそれ以前の問題である。
 そんな自分を考えれば、当初はボロクソに反対していた久住をはじめ、周りに神崎との関係を理解されているのは奇跡だといえる。本当に、ありがたいとそう思う。しかし、それに喜んでいられるほど、その関係は穏やかではない。
 顔をあわせる度、自分は貪欲になっている。体を重ねる度に、自分は卑しくなっている。
 それでもいいからと。他の相手がいてもいいからと神崎を求めた時のあの気持ちは、偽りではない。今も、苦しくても別れられないのはその感情があるからだ。
 しかし、それも。
 一体いつまで持つのか、自分でも自信がなくなってきている。
 吉井は神崎の中に自身を挿入しながら、肩にかかった神崎の手を取りベッドへと縫いつけた。縛り付けたいと、そう思う。今のように、自分に縛りたいと。それが無理なのならば、この場に留めて置きたいと。
 馬鹿な妄想でしかないそれを、いずれ自分は現実にしてしまいそうなそんな感じがして、そのリアル感に吉井は目を閉じた。網膜に焼きつく、恋人の表情。それを失う事以上に怖いものなどあるのだろうか。自らの欲望に閉ざした視界でも、同じ事を考える。
 もっと、確実に。神崎をこの手に入れたいのだ。
「ああ…。きょ、恭平…」
「駄目ですよ、晶さん」
 激しくなりつつある動きに耐えられなくなったのか、それとも焦れたのか。神崎の手が自らの性器に伸ばされるのに気付き、吉井はそれを止めた。神崎は、違うと首を振る。
「先に、いきそうだから…」
 吉井の手を取り張り詰めたそこに導くと、「抑えていて、恭平」と握りこませてきた。
「一緒に…、ダメ、かな…?」
 神崎の長めの髪が汗ばんだ額に張り付いている。その間から真っ直ぐと自分を射る瞳が濡れ光り、吉井の下半身を直撃した。ドクリと脈打ちはじけそうになるのを、下腹部に力を入れることで耐えながら、腰の動きを大きくする。
「あきら、さん…」
 名前をまともに呼べないほど、息が上がってくる。下半身だけが別の生き物かのように激しく動いているが、身体はもう痺れきっており力が入っているのかどうかもわからないくらいだ。ただ、この衝動を突き動かし、高みへと昇り詰めたかった。自分の名を呼ぶ、愛しい者と一緒に。
「あ、あぁっ! きょ、きょうへい…ンぁっ」
 強く握り締めた神崎の性器からは、それでも雫が溢れている。ズルリと腰を引き、出来た空洞に引っ張られるかのように素早く己を叩き込むと、喘ぎと同時に白濁した液体が押し出されてくる。それは吉井自身も同じで、腰を動かす度に内部では二人の体液が混ざり合っている。
「クッ…、はっ…」
「ああ、恭平…、もっ、ダメ……」
 クチャクチャと部屋に響いていた、湿った音と喘ぎ声が一瞬消え、神崎の声が吉井の耳にリアルに響いた。それと同時に手の中の性器が大きく脈打つのを感じ、吉井は意識する事無く力を緩め、その先端に爪をかける。直ぐに神崎が精を放った。後腔が痛いくらいに閉まり吉井を締め付ける。そのきつく閉じる中へと腰を叩き込み、吉井も熱を開放した。その衝撃に、神崎が喉の奥でうめく。
「ぁん…っ」
 荒い呼吸を繰り返す神崎の胸をゆっくりと撫でながら腰を引き、吉井は自らをその中から抜き出し、体を横たえた。ベトベトと互いの汗と体液で体は汚れていたが、隣に並んだ吉井に神崎は足を絡めてきくる。腕で少し上半身を起こすと、吉井の胸にもたれかかり甘いキスを仕掛けてくる。
 情熱的とはいえないだろう、遊びのようなくちづけ。だが、精を放ったばかりの吉井には、少し刺激の強いものであった。
「晶、さん。駄目ですよ」
 また我慢出来なくなると、キスの合い間に訴える。だが、神崎はそんな吉井の胸中を一笑で吹き飛ばした。
「我慢の必要はないから、いいじゃないか」
 神崎の少し冷たい指が、吉井の汚れたままの性器に絡みつく。
 愛しているよ。
 子供のように純粋でいて残酷な、そんな言葉を神崎は小さな笑いと共に耳に囁く。
 恋人の愛の告白をまだ降り続く雨の音に混ぜ、吉井は与えられる刺激に身を委ねた。
 愛していますと、返す言葉を吐けないままに。


END
2003/10/13