□ 水木瑛慈のある一日

― 朝 ―

 珍しく早くに起きたのか、まだ寝ていないのか。朝から掛かってきた桜子からの電話で、本日がホワイトデーである事を知る。
 ホワイトデー。
 何が欲しいかと事前に大和に尋ねたところ、「いらない。絶対すんなよ。大体さ、アンタは無暗やたらに物を贈りすぎる、貰う身にもなれってもンたよ。しかも素直に喜べないような高い物ばかりじゃん、勿体ない。マジやめて」と散々言われたので追及していなかったが、何もやらない訳にはいかない。そう、いかないものは、いかないのだ。例え受ける側が嫌がっても、これは譲れない。
 だが、何もこちらとて大和を困らせたい訳ではない。困りながらも渋々受けとる姿はイイが、今回ばかりは大人しくする方が賢明なのだろう。大和が気兼ねなく受けとれるものは何か、真面目に考慮を開始する。
 しかし、すぐ仕事に捕まり中断。
 呼びに来た部下を無意味に怯えさせたのは、この場合仕方がない。


― 昼 ―

 これといった物を決められず迷うばかりで、デスクワークを処理出来ないまま外回りへ。幾つかの店に顔を出すが、長居をする程の出来事もなく、予定より早くに本家に到着。情報交換の間に世間話を混ぜた阿田木が、からかうように大和の事を尋ねてくる。それを適当に流しつつも、帰宅した隆雅の大和熱に充てられ、意識がそぞろに。最終的には雷が落ち「仕事中に考えるな」と若林に釘を刺されたので、無理やり休憩に突入し質問。
「何がいいと思う?」
「愛しているとでも言えば充分でしょう。さあ、仕事仕事!」
 つれない若林をつっても仕方がないので、大人しく従う。順応すれば、報いを返すのが若林来海だ。


― 夕方 ―

 案の定、目論見通り、日が落ちた執務室に戸川が参上。ああだこうだと騒ぎながら、ピックアップしたプレゼント候補を説明される。揚げ句の果てには、「俺はこれを彼にあげるとするか」等とまで言い出す始末。勝手にしろと答えつつも、良い気はしないので睨んでおく。
「冗談だ、睨むな」
 全てが冗談のような奴のそれを取り合うほど暇ではなく。今日中に帰宅するべく仕事をしながら、何にするかと頭の隅で色々シミュレーションしてみる。とりあえず、高価な物は候補外へ。


― 夜 ―

 若林の嫌味を乗り越え、大和への贈り物をゲット。直ぐにでも帰りたかったがそういう訳にはいかず、漸く帰宅した時には日付が変わっていた。真夜中の侵入者に起きる事なく眠り続ける大和の寝顔に癒され、プレゼントを枕元に置き、風呂に入る。
 リビングのソファで眠りに入り幾らも経たないうちに呼び出しをくらう。時刻は朝の四時。そのまま仕事に入るのは絶対だ。次はいつ帰れるか、わからない。
 寝室を覗き、寝入る大和の髪を梳き、怒るなよと願をかける。無意識に手繰り寄せたのか、プレゼントは大和の手の中に納まっていた。寝ぼけて潰すかもしれないと思いつつ、その図が微笑ましいので、そのまま部屋を後にする。


 望まずとも、願わずとも。
 新たな一日が始まる。


END
2006/03/14