□ 繋がる命

 家庭を顧ない両親に育てられた私は、人一倍、家族を欲していたのだろう。温かい家庭に憧れていた。自分が家族を得られた時は、絶対に大切にしよう。子供心に、そんな決意を胸に抱いていた。
 だが、成長と同時に、自分には弊害があるのを悟った。
 自分は女性を愛せない。それに気付いた時は、人生が終わるような絶望を感じた。
 そんな私を救い上げてくれたのは、ひとりの男だ。女性を愛せない自分を羞じ、嫌悪し、同性を遠ざけることで生きるバランスを取っていた難しいガキである私は、男は慈しみ、愛してくれた。
 男の愛情に触れることで、私は私のままでもこの世界で生きていけるすべを身に付けた。上手く吸えなかった生きを吸うことが出来るようになった。男は私を、絶望の淵から遠ざけ、幸福の中に引き込んだ。
 それは男が消えた後も、私の中で存在し続ける程のものだった。

 男への愛情だけが全てで構わないと。これ以上、誰かに愛を注ぐ事はないだろうと。男が居なくなってからも、ずっと思ってきたし、妻を得た今でも、妻を慈しむ心とは別にそれはあるのだと私は思っている。
 だから、私の恋心なる愛は、唯一、逝った男へ向けられているものなのだ。
 それでも、妻となった女性を、情を超えて愛しているのも確かだ。
 面倒極まりないだろう私をパートナーにする事を承諾してくれた妻に、私は出来る限りの努力で応える。それが、私が示せる愛情であった。

 結婚をして妻と家庭を持った時は、夢が叶ったような気がした。互いに尊重しあい、得られるものがある関係。両親にはなかったのだろうそれを、自分は妻と築けている。その事が単純に嬉しく、また自信にも繋がり、私は妻と、彼女との家庭をとても大事にした。
 妻の身体は自然妊娠が難しいのだと知ったのは、結婚七年目のことだ。
 それまでは、神様が決めることだからと、問題のある私以上に気にもしていないポーズを見せていたというのに。自分の身体のことを知った妻は、どうしても子供が欲しいのだと体外受精を言い出した。私の性癖を考えれば、むしろ提案されるのが遅かったくらいの話だ。私とて、それまでに考えなかったわけでもない。
 しかし。
 私の理想の中には、確かに子供の存在があった。だが、夢見るそれを現実に繋げようとしても、私はどうしてもそこに自分を加えることが出来なかった。父親を知らない私は、自分がそうなることを正確に想像出来ず、子供が加われば家族から弾かれてしまうような気さえした。
 だから私は、妻の提案を最初から拒絶した。今のままでいいじゃないか。そう訴えても納得しない妻に、高額な治療費で命を買うような真似はしたくないと、暴言のような言葉を口にしたことさえあった。
 そんな私に、妻は言った。
「貴方に不具合があったのなら、私も諦められたかもしれない。でも、そうじゃない。私は貴方の命を未来に繋ぎたい。そして、それは誰にも譲りたくないの。だから、お願い」
 妻の懇願に、一度だけとの約束で体外受精を試みた。だが、妊娠には至らなかった。
 気は進んでいなかった私だが、それまで妻が苦しみながらも懸命に頑張っていたのを知る身としては、当然納得など出来るわけもなく。もう一度だけやってみようと、気付けば私は病院のロビーで妻の肩を抱いていた。
 二度目のチャレンジは、成功だった。酷いつわりに入院まで余儀なくされながら、妻はお腹の命を守り抜き、女の子を出産した。 
「これからだね。これから、私はお母さんに、貴方はお父さんになるのよ。子供が出来たからって、直ぐに親にはなれないの。一人の人間に成長するこの子と一緒に、私達も親になっていくのよ。難しいことも悩むこともあって当たり前なんだから、頑張ろう。私達に親になるチャンスをくれたのはこの子なんだから、二人で応えないとね」
 妻は、私の不安に気付いていたのだろう。娘を私に手渡しながら、まるで子供を諭す母親のようにそう言った。妻はこの十月十日で、私よりも一足早く親への道を歩き始めていたのだ。
 抱いた赤ん坊は猿のようなのに、何よりも輝いて見える。その顔の向こうに、私は愛する男の笑顔を見る。良かったなと、耳の奥に声が響く。頑張れよと、お前なら出来ると、励ます声が。

 愛している、妻も、娘も。そして、貴方も。
 だから、私を愛してくれ。あの頃と変わらずに、傍に居てくれ。
 私がこの二人を守れるように、私を守ってくれ。

 ずっと一緒に居ようと、家族に伝えた声は涙声で。
 そんな不甲斐ない私に呆れたのか、それとも励まそうというのか。怖々と抱いていた娘が、私の腕の中で初めて笑った。


END
2008/Autumn