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 そもそも、誕生日というものに特別な感情はない、と言い切った恋人に、祝ってもらえるとは思っていなかった。特別なものは期待していなかった。だが、それでもいつものように、ただ隣に居てくれるだけでいいからと望んでいたのも事実だ。
 相手もそれくらいならしてくれるのではないだろうかと、そう思っていた。だが、淡い期待は見事に崩れ去った。

 誰かと過ごす気にはなれず、一人で食事をとり、橋本はマンションへと戻ってきた。寒い部屋に入りエアコンの電源を入れると、コートを着たまま、パタリとソファに寝転がる。目を瞑ると、一気に疲れが襲ってくる、そんな感じがした。
 張っていた虚勢が剥がれ落ちたように、無性に悲しくなる。だが、そう素直に泣く事も出来ず、ただ溜息だけが零れる。
 昨年のこの日は、結城も交えた同僚達と飲みに出かけた。周りの連中は貰った贈り物を冷やかし、最後には酔った勢いだけではないだろう、何故こんな愛想のない男がもてるんだ、とからみに来る始末であった。だが、居心地は悪くはなかった。楽しかった。
 結城も、他の者達と同じように自分に対する文句を言っていたが、それでも隣で笑っている。それがとても嬉しかった。祝いの言葉を貰えた訳ではなかったが、確かにあの時は幸せだった。友人と言う関係でしかなかったが。
 今年の結城の誕生日の事だ。まだ恋人になっていなかったので、特別な事をするのはおかしいだろうと考え、自分の時と同じように橋本は食事に誘った。誰とも予定を入れていなかった結城と二人、居酒屋で乾杯した。
 他愛のない話をしている途中、「そう言えば、今日誕生日だったよな」と、橋本は何気なさを装い「おめでとう」と祝いの言葉を述べた。そんな自分に、相手は声を上げて笑った。
 そして、長い溜息を吐いた。
「なあ、橋本。お前…知ってるの?」
 首を傾げた橋本に、結城は喉を鳴らした。
「まさか、誕生日だから俺を誘ったのか? お前なら、そうじゃないと思ったんだけどな」
「何の事だ?」
「俺、誕生日を祝ってもらうのって、あまり好きじゃないんだよな」
 だから、他の奴の誘いもあったが断った。ホント、お前はそんなことするとは思ってなかったんだよな。知っている素振りなど見せなかったじゃないか。
 結城は酒の入ったグラスを小さく回しながら肩を竦めた。
「誕生日ってさ、何で祝うんだ?
 生き難かった昔や、死亡率の高い子供や年寄りならわかるよ。生きていて良かった、おめでとう、ってな。でもさ、今の時代普通にしていたらそう死にはしない。1年無事に過ごすのなんて、結構簡単だろう。それこそ、当然の事だ。ま、病気や事故で死ぬ事もあるが、やっぱ、少ないだろう?
 だから俺はさ、何で「おめでとう」なのか、いまいちわからないんだよな。別にその言葉を言うのなら、いつでもいいじゃん。久し振りに会った時にでも言ってもいいぐらいだろう。何で誕生日に拘るかな。この歳になれば、1才とはいえ年齢を重ねるのって、別に嬉しい事でもないじゃん」
 ホント、わかんないんだよな。
 田楽の竹串を指先でくるくると回しながら、結城はそんな事を言った。そして、言い終わると照れたようにはにかみ、酒を煽った。
「ま、どうでもいい事なんだけどな。何わけのわからない事を言っているんだ、と思っただろう。俺も自分でそう思う」
 素直じゃないんだろうな、俺は。
 そう言い笑った結城だが、それでも少し寂しげに見えた。喜怒哀楽がはっきりしている友人の、素直に人の好意を受け取れないという意外な一面は、単にそれだけのものではなくどこか重みがあった。
「…いや、そんなことはないさ」
 橋本の言葉に、結城はいつものように笑った。
「そう? じゃあ、何も考えず祝いを受ける奴らが単純で、俺が哲学的なのか」
「なんだよ、それ」
 結城らしい。そのわざと茶化すような言葉に、橋本も軽い笑いを落とした。
「でもさ、結城。これってイベントだろう。友人や家族や好きな奴に「おめでとう」っていう機会があれば、それを口にしたいものだろう。だから言うんだよ。普段照れくさくていえないが、イベントならばと思う時もあるだろう」
「なるほど、ものはいいようか。信者でなくともクリスマスを祝うのと同じか」
「同じなのか?」
「そんな感じだって事だよ。ま、言われて嫌な言葉ではないよな。何が、って思わなきゃ嬉しいかもな。うん、そうだな。じゃあ…。
 ありがとう、橋本」
 酒のせいではないだろう、少し頬を赤く染めて結城はそう言った。

 だから。
 恋人となって初めてのイベントではあったが、思い入れがないと言った結城の言葉通り、味気ないものとなってしまうのも無理はないし、その事自体は納得出来る。彼が言ったような理屈は理解しきれずとも、間違いではないとも思う。逆に、自分の言い分もまた、間違っていないと思う。誕生日を祝う祝わないなどは、育ってきた環境に夜好き嫌いといった程度のものだろう。
 足元に置いた、会社から持ち帰った荷物をチラリと見、体を起こした橋本はまた大きな溜息を吐いた。
 こうした贈り物を貰うのは昔からなので、もう何故だとか、面倒だとか、それこそありがたいだというのすら考える事は少なくなった。こんなものだろうと流している。結城の言い分も一理あり、すんなり受け取る自分も少しおかしいのかもしれないと思わないこともない。
 だが、しかし。
 それとこれとは話が別だ、いうものだろう。誕生日に対しての感覚とは全く違う。
 結城からこうして別の者からの贈り物を受け取るというのは、どうしても納得がいかない。恋人なのだから。自分達は単純に祝うのとはまた別の思いがある関係を築いているのだ。これはないではないか。
 入社して直ぐに同じ大学から来たという事で連れるようになり、友人と言う立場を得るまでには時間は要らなかった。だが、橋本が願っていた関係は、もっと親しいもの。長い間、結城に恋をしていた。しかし、恋心は大きくなるが、それでも手に入れた友という関係が幸せすぎて、それ以上踏み出す事はあまり考えなかった。同じ想いではなくとも、それに似た強さで自分と繋がっているのだと思うと、結城が隣にいるだけで満足だった。
 だが、それでも、第三者からの贈り物を結城から受け取る時、仕方がないと思いながらも辛かった、悲しかった。
 それなのに…。
 それなのに、関係が変わった今ですら、そんな想いを抱える事になるとは。橋本は膝に肘をつき、頭を抱え込むように顔を伏せた。自分の状況が、あまりにも悲し過ぎる、惨めだ。何故こうも苦しまなければならないのか…。
 楽しげに自分へと荷物を差し出した恋人の顔が目の前に浮かぶ。
 恋人となっても、結城にはあまり心の変化はないのかもしれない。ただ、友人と違うのは、体を繋げるというぐらいなのかも知れない。半ば強引に関係を結んだのは、自分だった。
 そう、あの時も好きだと告白した後にもかかわらず、結城は他の者と橋本との恋愛の仲立ちをしようとしたのだ。頼まれて断れなかったというのも確かにあるのだろうが、自分達の間には何もなかったようにそれを口にする結城に憎しみさえ浮かんだのを、橋本は今でもはっきりと覚えている。
 恋人にとって自分は何なのだろうか。
 その疑問は、今も橋本の中にある。いや、消える事などないのだろう、自分が彼を思うのを止めない限り。
 誰にでも顔が良いのは、媚びている訳ではなく結城の性格だというのはわかっている。それが良いところだというのも。だが、同時にそれは橋本を苦しめてもいる。
 笑顔で贈り物を届ける彼の中には、嫉妬という感情はないのだろうか。そこまでいかずとも、少しは嫌だと思いはしないのだろうか。恋人に対しての独占欲などないのだろうか…。それとも、相手が自分だからこそ、何も気にしないのだろうか…。わからない。
 自分を確かに好きだといった結城。けれど、それは真実であっても、どれくらいの大きさなのかまではわからない。好かれていると思う、恋人だと信じている。だが、結城の行動は、体を繋げる以外は友人に対するそれとあまり変わらない。今日の事がいい証拠だ、嫉妬すらしていないのだから。
 橋本は苛立ちに任せソファから立ち上がり、バタバタとリビングから続く寝室へと入った。開けていた扉から温かい空気が流れていたが、それでもまだ寒いといえるもの。しかし、苛立つ橋本には逆にそれが気持ち良かった。
 ふっと息を吐き、コートとスーツをハンガーにかけ、部屋着に着替える。そして、そのまま橋本はベッドへと倒れこんだ。
 考えるとどんどんと惨めになっていく気がする。
 今はもう、ただ闇の中に身を隠し、思考を止めたかった。


 いつの間にか本当にうとうととしていたようで、何かの音を耳にし、橋本は目を醒ました。けれども、直ぐには瞼は上がらない。
 カチャリと、今度は先程よりもはっきりと音が聞こえた。直ぐに同じ音が上がり、それが扉の開閉音だと気付く。すっと、橋本の頬を冷気が掠める。
 誰かが入ってきた。漸くそう理解した時、自然に橋本の口からは恋人の名前が零れた。
「……結城…?」
 言葉にすると同時に、まさかと思い直す。そう、来る筈がない。だが、この部屋に勝手に入って来れるのも彼くらい…。目を開けると、リビングから入る光が微かに揺れた。
「……」
 少し緊張しながら体を起こしかけた橋本に、声がかかった。
「なんだ、起きていたのか」
 それとも、起こしてしまったのかな。
 小さく笑いながら、リビングと寝室のドア枠に凭れて立っていたのは、結城だった。
「不貞腐れて潰れたのかと思った」
「…結城?」
「ああ。何だ、寝ぼけているのか?
 コンビニで買ってきたんだ、ケーキ。食おうぜ。俺、腹減った」
 右手に下げていた白い袋を掲げた結城は、いつものようにニヤリといった笑いを残して身を翻した。ワインがあったよな、確か。そんな問いかけとも呟きともわからない声がベッドに座ったままの橋本に届いてくる。
 夢じゃない…? 確かに今のは、生身の恋人だ…。
 結城が言うようにまだ少し寝ぼけているのか、それとも驚きのあまり思考が正常に働かないのか。橋本はそんな頭を軽く振り、漸く腰を上げリビングへと入った。

 キッチンから、二つのグラスとワインを手に持って戻ってきた結城を、橋本は立ち尽くしたままじっと見た。コートを脱ぎ、無造作に床へと置き、自分もそこへと座る恋人。自分が恋焦がれるあまり、幻想を作り出してしまったのか。年甲斐もなく夢見る子供のようなことを、また本気で考えそうになる。やはり、信じられない。
「何突っ立てんだよ。座れば?」
 ガサゴソと袋からケーキを取り出しながら、結城は橋本を見ずにそう言った。自分の前とその向かいにショートケーキを包装を外して置き、繋がっている袋入りのスプーンを別ける。
「気になるなぁ、早く座れよ」
 橋本の分のスプーンをケーキの隣に滑らせ、自分のものの袋を破りながら、結城は顎でソファを示した。
「…ああ」
 それに従いソファに座った橋本を見て、ニヤリと笑う。だが次の瞬間には、結城の心は自分ではなく、テーブルのケーキに向かっていた。プラスチックの小さなスプーンには無理だと思えるほどケーキをすくい、大きくあけた口の中に放り込む。そして、恋人はこの上なく幸せそうに笑った。
「美味いっ。っでさ、チョコレートケーキには赤ワインなんだよな」
 本当に美味しそうにケーキを一口食べた結城は、スプーンを口に咥えたまま、ワインの封を切り、グラスに赤い液体を注ぐ。
「お前も飲む?」
「いや、いい」
「なら、ま、飾りだけでも」
 そう言い、もう一つのグラスへもワインを注ぎ、橋本の前に置いた。光に透ける赤いワインは、見ている分には視覚を楽しませる。
「それは食べるだろう?」
 手つかずのケーキを指しながら、結城は軽く首を傾げた。
「ああ、貰うよ」
 酒同様、甘いものもあまり得意ではない橋本のために結城が買ってきたのは、レアチーズケーキだった。その恋人なりの気遣いが、妙にこそばゆい感じがする。
「そうそう、折角買ってきたんだから、食えよ」
 ワインを口に運びながら、結城は笑った。
「残念ながら、ローソクはないけどな」
「……」
 小さな白いケーキは、口にせずとも充分に甘いもののようだ。
 恋人の思いに胸が温かくなった橋本を、結城はそれを見透かしているかのように喉を鳴らせ、じっと視線を送ってきた。
「橋本、嬉しい?」
「…ああ」
「そうだろう。誕生日に託けて、お前の嫌いなものを食べさせ、その偏食を治させようとする俺の気配りは、感謝感激ってもんだろう」
「何だよ、それは」
「1つ年を取ったんだ、もう24だぜ。好き嫌いはなくさないとな、偏食家」
 テーブルの上の、橋本が苦手な甘いケーキとワインをさしながら、結城はそんな事を言った。その恋人に、橋本は軽い溜息を落とす。確かにゲテモノ料理でも躊躇わずに食べるだろう結城に比べれば、苦手なものがいくつかあるのだが、…決して偏食家と言われるほどのものではない。
 他の者なら、照れてそんな言いわけをしているのだろうと思うが、この恋人の場合、本気でそうからかっているのだと思えてしまう。普段から、橋本には理解出来ない思考の持ち主なのだから。…だが、悪い気ははしない。
 結城の悪ガキのような笑いに、橋本は今更のことなのだが、目の前の恋人は本物だと妙な納得をした。いつもの結城だ、と。
 なら、そうとなれば、何故彼がここにいるのかという疑問が生まれる。
「お前、仕事はどうしたんだ?」
 橋本のその問いに、結城は簡潔に答えた。
「終わった」
「徹夜になるんじゃなかったのか」
「だから、とっても真面目に頑張ったんだよ。マジ、死んじゃうってくらい疲れるほどに」
 死ぬ気でやり、終えてきたのだと言いながらも、あまり疲労感は見えない結城に、それでも「それは、お疲れさん」と橋本は軽く頭を下げた。
「ホント、疲れたよ。なのにさ、課長がさ…」
「どうした?」
「やれば出来るじゃないか、いつもそうしろ…だってさ。怒られた」
 忌々しげに、結城はチョコレートケーキにスプーンを突き刺した。
「いつもなんて出来るわけがないだろう。今日は頑張れただけなんだって、何でわかんないんだよ。あのタヌキ親父っ」
 口いっぱいにケーキを放り込む結城に、その言い方が問題なんだと内心で突っ込みを入れる。
 結城は結城なりにいつも頑張って仕事をしている。そうでなければ、この男は何もせずにのほほんとしているだろう。仕事はするのが当たり前。なので、結城は通常の仕事を頑張るとは表現しない。やって当然、やらなければ、怠けているという認識をもっている。
 ただ、こう言えば聞こえがよく、仕事人間のようでもあるが、その怠けを悪いとは思わない結城なので、あくまでも仕事はマイペースでしかない。他人と比べ、更に力を見せようとはあまり思わないらしい。そして、この性格でのマイペースぶりは、他人からは手を抜いていると見られなくもないものだ。
 結城としては、頑張るというのは、本当に力を尽くしてという意味なのだ。当然、そんな死に物狂いのものはいつも出せるわけではない。120パーセントの力を常に出し続けられる人間などいないというもの。
 その言い分も行動も損をするものだと言えるが、本人はその誤解を受ける事に問題を感じないようで、逆にそう見えるようにさえしている部分もある。
「俺を殺す気か、あいつは」
 グラスを煽りながら、結城はそう毒づく。確かに上司からすれば、いつも以上に効率のよい部下を見れば、嫌味の一言も言いたくなるのだろう。いや、結城はそう言ったが、相手はただの挨拶程度で軽く言っただけなのかもしれない。
 要するに、誤解と言うか、言葉の取り違いだけなのだ。だが、結城はもちろんそんな事に気付く人間ではない。言ったとしても、理解はしないだろう。
 なので、橋本は、「からかっただけだろう、課長さんは。彼も、疲れていたんだろう」とどちらにも付かずに、ただ宥められる言葉を選んだ。今ここで、日本語のニュアンスに付いて議論する気はさすがにない。
「ま、そうかもな。俺が早く終わって僻んだのかもな。
 残業はさ、もう何ていうの、ケンカ? バトルだよな。負けるか、このやろう、って必至になるの。でも、課長は初めから白旗揚げて、ダラダラとやっているんだよな。若さの違いか? って、今日は実際に、俺は戦っていたんだけど」
「ん?」
「鈴木と競争していたんだ、どっちが先に帰れるか。もちろん、俺が勝ったとも」
 ニヤリと笑う結城の顔では、もうすでに課長への怒りは綺麗さっぱり消え去っている。そして、間違いなく、爽やかな青年と周りに言われるあの男の事を思い出しているのだ。橋本にとっては小憎たらしいガキの事を。
「…そうか」
「そうなんだ」
 最後の一口を食べた結城は、ワインを飲みながら満足げに頷いた。
 また、鈴木。そう思わずにはいられないが、溜息で流すしかないのも事実。それこそ、今までに何度もやってきた口論を、あえて今日という日にしたくもなかった。
 そんな橋本を、結城は上目遣いに見つめてきた。
「な、橋本、それ美味しくない?」
 橋本のために買ってきたケーキを指差し、軽く首を傾ける。
「…いや、美味いよ」
 実のところ、あまりわからない。甘いが、食べれないほどでもないという程度だ。
 半分も減っていないケーキに目を移し、再び自分を見上げてくる結城は子供のようだった。そんな恋人の様子に、橋本は軽い笑いを落とした。
「欲しいのか?」
「ん、ひとくち」
 その言葉に、ケーキを押しやろうとした橋本に、食べさせろというように少し身を乗り出し、結城は口をあけた。正に、雛鳥だ。
 大きく切ってやったケーキはスプーンには乗らず、橋本は手掴みでそれを結城の口へと持っていった。パクリと犬のように噛み付き、橋本の指から獲物を奪う。ニヤリと笑った結城は、体を戻し、モグモグと口を動かした。
「うん、美味しいな、これ。この冬限定だってさ、また買おう」
「それは、良かった」
 橋本は指に残ったケーキの欠片を舐めとり、肩を竦めた。先程よりも、ケーキは甘く感じられたが、美味しかった。


「なあ、それ開けないのか?」
 ソファとテーブルの下、橋本の足元に置かれた荷物を見ながら結城が言った。面白くない事なので橋本は生返事をしたのだが、「いいじゃん。開けようぜ」と手を伸ばす。
「何をくれたのかとか気にならないのかよ、お前。俺はなるんだけどね」
 子供のようにニヤニヤと笑い、結城はテーブルの上に荷物を引き上げた。紙袋から中身を取り出す。大小様々な贈り物が、テーブルの上に転がった。
「…見たいのか、お前」
「おう、見たいね。何だよ、駄目なのか?」
「……好きにしろ」
「いや、貰ったのはお前だろう。俺が開けるのは悪いじゃん。な、開けてみろよ。ほら」
「……」
 食べ終わったケーキのゴミを屑入れに入れながら、結城は小さな箱をひとつ、ソファに凭れて座った橋本へと放ってきた。
 面白くない。
 だが、こうなれば開けるしかないのだろう。そうしなければ、いつまでも結城は煩い。
 橋本は仕方なく、前かがみに座りなおし、テーブルの上のそれらを開けていった。目の前の結城はそれを楽しげに眺めている。
 わかっていた事だ。こんなものを結城が気にすることはないと。贈り物を預かってくる時点で、それはわかりきっていた事。なのに、更に追い討ちをかけるように、ただ単純に恋人が貰ったプレゼントを面白げに眺める結城に、橋本は言いようのない感情を募らせる。
 これは、残酷というものではないか…。
「中身のわからないものを開けるのって、ドキドキしないか?」
 子供のようにはしゃぐ恋人に、返す言葉はない。
 何故、そうも楽しそうにしていられるのか。情けなくて涙が出そうにさえなるのを、橋本は眉間に皺を寄せ、手元を睨みつけることで回避した。
 ビリビリと無造作に包みを破る橋本に、結城は「綺麗に破ってやれば良いのに」などとさえ言う。本人は大した意味などなく言うのであろう。包装に使われていたリボンを抜き取り、テーブルの上に置かれていた細長いサボテンに巻きつけ、「クリスマスツリーになるな、これ」と、直ぐに別の事を言う。だが、それすら橋本の神経を逆撫でる。
「おっ。それ誰から貰ったの?」
 黙々と手を動かし、最後の包みを開けた橋本に、結城はそう訊ねた。ブランド物の白い袋に入っていたプレゼント。その中身は、同じように白い掌ほどの小さな箱に、くるくると巻かれて入れられたネクタイだった。真っ白い箱に似合う、淡い水色のネクタイだ。
「…お前が持って来たんだろう。山口さんからだ」
「俺は頼まれただけで、中身までは知らない。何だ、あれはネクタイだったのかよ。…この包装って、意図的かな?」
 あの細長い包みだと直ぐにばれるからかな、凝っているな。
 何故か包装が気になるのか、橋本にはわからない事を言い、結城は笑った。だが、そのネクタイが入っていた箱を手に取り、そこにブランド名を見つけると、軽く数度頷く。
「いや、こういう包みもありなんだな。ふ〜ん、なるほどね。
 それにしても、見事身の回りのものばかりだな」
 テーブルに広げられた贈り物に、結城は肩を竦めた。
「ライターに、ハンカチに、万年筆…? 肌身離さず持っていて、ってか。いやはや、大変だね、お前も。
 しかし、この酒は何だよ。下戸のお前にウィスキー? ま、安もんだけど、美味いよ、これ」
「それは、部長からだ。飲めるようになれって激だな」
「あはは。面白いな、それ。でも、努力で飲めるようになるものなのか、酒ってさ」
 結城は笑いながら、ネクタイを手に取り、ニヤリと笑った。
「っで、これは、どうするんだ」
「何が」
「女が男にネクタイを送る意味、知っているよな?」
「…意味があるのか?」
「あるさ。知らないのか? …逆に、男が女に服を贈るわけは?」
「…知っている」
「ま、それと同じだな。貴方を私に縛り付けたいわ、ってやつだ。
 お前と違って、山口姉さんはそれを知らないはずがない。ま、からかっているのかもしれないが…。さてどうする?」
「……」
「彼女幾つだっけ。切羽詰っている事はないよな、あれだけの女だもん。でも、落ちればラッキーくらいには思っているんだろうな。いや、意外と本気だったりして」
 クククと笑う結城に、怒りが浮かんだ。
 プチリと耳の奥で何かが切れる音が聞こえた気さえする。
 橋本の中で、抑えていたものが爆発した。

「いい加減にしろっ!」


2003/02/26