# 45

 床に転がった銃には、後二発の弾があったのだと僕が気付いたのは、病院での事だった。
 友人は何故その二発を残したのだろうか。
 僕があの空気に染まり死ぬ事を、彼は多分望んでいなかっただろう。真似をするなといったのは、本心だったように思う。きっと、僕が彼のもとへといっても、彼は嬉しくとも何ともないはずだ。
 ならば、彼は僕に誰かを殺せる選択肢を残したのかもしれない。あの二発は、天川司か、佐久間秀か。どちらかのためのものだったのだろうかと、僕は石灰色の冬の空を見ながら何度も考えた。
 病院は、そんな考えをするには、自分の中に沈みこむには打って付けの場所だった。
 だが、それでも答えはみつからなかった。だから、僕はそこを出ると同時に、考える事を止めた。
 ただ、あの事実だけが、僕に残ったものだ。
 友人の真実は、僕には見えなかった。


 天川誠。
 彼との出会いは、高校に入学し、学校にも慣れてきた頃だった。新緑の季節と言うよりも、もう夏を感じさせる日が多くなった時季に、僕達は出会った。
 街のざわめきが直ぐそこにある路地裏で、彼は同じ学校の者に囲まれ、暴行を受けていた。それを僕が助けたというわけではない。ただ、僕が姿を見せたことにより、それが引き際だというように彼に危害を加えていた者達が去っていったのだ。そうして、必然的に、そこには僕と彼が残った。
 仕方がないというか、放っておくのも大人気がないので、地面に転がる彼に声をかけ引き起こした。そんな僕を鬱陶しそうに見、彼は放っておけよと吐き捨てた。
――僕もそうしたい。だが、こんなところで死なれたら、それを後で知ったら、僕の寝覚めが悪い。放っておけと言うのなら、放っておけるように、自力で立ち上がれよ。
――立てるわけがないだろう、痛いんだ。…畜生、あいつら、ふざけやがって。
 苦痛に顔をゆがめながらも、彼の勝気な姿がおかしく、僕は少しからかってやりたい気分になった。それが、僕と彼を近づけた。
――彼らが何だろうといい。ただ、立てないのなら、放って置けなくなるんだが。
――煩いよ、お前。もういいから行けよ。
――それを決めるのは僕だ。命令されたくないね。
――ったく、何なんだよ、お前はっ! なら、好きなだけ居ろよっ。
――それも、困る。
――はあ? …急ぐ用があるのなら、関わるな、バカ。
――用事はない。だが、僕が居ても仕方がないだろう。僕の手を必要としていないんだから、無駄だろう?
――なら、何か? お前、俺が立つまでそこにいるつもりか?
――そうなるかもしれないな。
――お前、バカなのか? …よし、なら、前言撤回だ。俺はお前を今、必要としている。放っておかないでくれ。ここに居て欲しい。…俺が立つんじゃなくてさ、お前が座るのもありだよな?
 そう言って、彼は子供のように笑って、片手で固い地面を叩いた。そんなところに座る趣味は全く無かったが、僕は彼の隣なら座ってもいいかもしれないとその言葉に従った。
 そんな僕を、彼は自分が誘っておいて、心底呆れたように笑った。
――おかしな奴だな。
――痛くて立てないくせに、強気なお前の方がおかしい。
 その言葉に、彼は喉を鳴らして笑った。そして、笑うと腹が痛いだろうが、笑わせるなと僕を怒った。
 おかしな出会いだった。

 友人は、よく喧嘩をしていた。本人はする気はあまりないとの事だが、あの性格なので、売られれば買わずにはいられなかったのだろう。
 彼は、家から近いというだけで選んだ公立高に通う僕とは違い、良家の子息が通う有名な私立高校に通っていた。そして、そこで苛めに近いものにあっていた。本人はそうではなく、単に気が合わない奴が多いだけだと言っていたが、そんな軽いものではなかった。
 そんな風に、周りから目の敵にされる理由は単純なものなんだと、いつだったか友人は笑い話のように言った。
 自分の父親はそれなりの地位の者で権力を持っている。そして、それは周りに影響を与えられるほどのもので、天川の息子と言うだけで気に食わないという人間は多いのだと。
 普通はそういう者には関わらないのだろう。面倒を避けるのが当前だ。だが、彼の場合は違った。彼は、「天川」という名に守られてはいなかった。そして、それを周りも知っていた。だから、全てが彼に向かったのかもしれない。
――俺はさ、所謂、愛人の子供なんだ。親父にとっては、あまり必要のない子供。
 俺の事なんか、どうでもいいんだよ。そう言って笑った友人は、全てを納得しているようであった。
――俺も、親父に何も望んでいないから、おあいこだ。だから、全く気にしていない。ただ、手を出してくる奴らはウザイけどな。だから、つい、やり返しちゃうんだよな。
 気にいらないのなら、見なければいいのによ。あいつら、ホント餓鬼だぜ。友人は本当にどうでもいいという風に言っていた。
 実際、彼にとっては、そんな周りなど興味も関心もなかったのだろう。何を思われようと、痛くも痒くもなかったのだろう。
 彼が望んでいたのは、ただひとつ。
――でも、ま、兄貴には心配掛けられないからな、気をつけないと…。
 ふと遠くを見つめながら零される言葉。彼の中にはいつも、その兄がいた。
 彼が望んでいるのは、兄のことばかりであった。

 彼にとっては、あの男が全てだった。

 そう、それだけだったのだ。

 残った銃弾は、多分、何の意味もないものだったのだろう。
 だが、僕はそこに答えを求めたくて仕方がなかった。
 そうしなければ、やるせなさに、押しつぶされてしまいそうだったのだ。



 暗闇の中で寝返りを打ち、まどろみの中で見た友人の顔を振り切るように、僕は勢いよく体を起こした。布団に満ちていた温もりが逃げ、僕に冷たい空気が絡みつく。
 眠れない。
 テーブルに放っていた飲みかけのペットボトルに手を伸ばし、キャップを回しながらベッドを降りる。冷たい水が喉を通り、体の中を走った。
 カーテンを開け窓辺に立つと、更に冷たい空気が体に響く。
 窓の外に広がる闇は、夜明けまでにはまだ時間がある事を教えている。
 だが、確実に朝は近付いている。

 そう、明けない夜はないのだ。

 煙草を吹かすと、小さな朱い火が、闇の中で踊った。

2003/04/12
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