# 70

 銀色の鍵を元の場所に戻し、僕はまたひとつ、溜息の数を増やす。
 男の気配が残るこの部屋で、このまま何もせずにいては、答えの見えない感情に食い潰されてしまいそうな気がする。だが、出て行く気にはなれない。
 それが、だるい体のせいなのか、それでもこの空気を気にいっているからなのか。何もかもがわからず、僕はついに匙を投げる。
 考えてもわからないのならば、考える必要もないと言うことだ。少なくとも、何をしても答えは出そうにない。ならば、頭を悩ますよりも、そこから遠ざかる方が健康的だろう。
 悩む事など、無駄でしかない。
 自分でも馬鹿げているとしか思えな言い訳を繰り返し、ひとつひとつ頭に浮かぶ事を消していく。蓋をしていく。
 これでは前と同じではないかと思いながらも、今の僕にはこれしか出来ないようだ。

 昨夜、元旦から仕事が入っているのだと和音さんが愚痴っていた事をふと思い出し、僕はテレビの電源を入れた。暇だったら見てくれと、教えられていた時刻は10分ほど過ぎてしまっている。
 適当にチャンネルを変えながら、騒がしい新年の特別番組の中で、見知った顔を捜す。一周してもわからず、二度目で漸く和音さんを見つける事が出来た。
 生放送のトーク番組は、和音さんがピアノの前に座る映像を流していた。画面に演奏曲が表示され、音が流れ始める。僕は少し音量を上げた。一般の観客が近くにいるのだろう、微かにそのざわついた音が混じっているのに顔を顰めたが、直ぐにそれは消える。
 画面の向こうも僕がいるこの部屋も、ゆっくりと、けれど確実に、和音さんの音に飲み込まれた。
 けれど、和音さんの音でも、僕にいつものような安らぎを与えてはくれなかった。ほんの少しだけ軽くなった心で、僕は自ら逃げ場所を探す。
 だが、それすら上手くいかないようだ。

 昨夜、和音さんが僕のサックスを聞き、音が少し変わったと言っていた。
 彼は今まで、僕の音には色がないと評していた。普通それは欠点だろうが、僕の場合は逆に魅力になっているのだと。だからこそ、広く受け入れられるのだと。
 和音さんが言うには、プロはその曲にあった音を自分なりに分析し表現する。それを、大勢の人に伝えて感動を与えるらしい。聴く者に音楽を魅せるのだそうだ。だが、僕の場合は色がない。表現はしているが全く感情を見せないのだそうで、それがかえって聞く者を捕まえるのだと和音さんは言う。聞いている者が自分なりに色をつけ納得しているのだと。プロとは全く逆の吹き方をすると。
 音楽は好きだが、それ以上のものを持っているわけではないので、正直、僕には何のことだかさっぱりわからない。なので、それが変わったと言われても、ピンと来ない。
 だが、色がないのが良いと言っていたのだから、それが変化したのなら下手になったという事なのだろう。
 そう聞く僕に、「それは、今はまだわからないな」と和音さんは笑った。そう直ぐに答えが出るほど単純じゃないよ、音楽は、と。そして、僕の変わったという音を嫌いじゃないと言った。
 今は変化の過程で、最終的にどんな音になるのかわからない。不安定ではあるのだが、そんな音もまた保志翔という人間の魅力なのだから、こうして吹いていく限りはそう気にしなくてもいいものだ。なるようになるさ。先の和音さんの言葉を受け、有人さんはそう僕に言った。プロになりたいのなら話は別だが、その気はないんだろう、と。なら、好きに吹けばいいんだよと。
 本人から聞いたわけではないが、有人さんも音楽の道を志した事があったらしい。確かエッセイか何かで、昔バイオリンをやっていたというのを読んだ記憶がある。音楽一家で、子供の頃から玩具変わりに弾いていたと。

 テレビでも、丁度、和音さんの子供の頃の話がされていた。
 女手ひとつで母親によって育てられたのだが、彼女は自分の仕事を息子とのスキンシップに変えたのだと語っている。ピアノ教室を開いている和音さんの母親は、なかなか豪快な人らしい事がその話しから窺えた。
 生放送ならではで、ファックスを募集し、送られてきたそれに和音さんが直ぐに答えていく。司会者が、「こちらは、小さな女の子からですね。『私の村にもピアノを演奏しに来てください』との事です」と、子供らしい字と絵が書かれたファックスを画面に向けた。
 コメントを返す和音さんに、新たなメッセージが向けられる。次に読み上げられたのは、家族に関しての事だ。内容に拘りはないらしく、少し下世話なものまである。だが、それにも彼は笑顔で答える。
 世間的には、都合上親族で暮らしているのだという事になっているようだが、何処をどう見ようと、彼らは家族だ。


 クラブを辞めて以来サックスを吹いていなかった僕がそれを再び手にしたのは、高校に入る時だった。入学祝いに半分以上親に金を出してもらい、今も使うあのソプラノサックスを買ったのだ。
 サックスを手にした僕に、母は「上手くなったら、母さんの好きな曲を吹いてね」と笑顔を向け、父は特に関心を示さなかった。買ってあげて欲しいと母が話をした時、「必要なものじゃないだろう」と僅かに眉を顰めた程度で、面倒なのか、それ以上の反対もしなかった。
 母は、物事への関心はそう強くはない人間だった。ただ、良い母親であり続けたいという信念を持っており、僕自身よりも、親子というの絆を大事にする人だった。
 いや、彼女自身は、愛情の全てを僕に注ぎ込んでいたのだろう。ただ、それが少し一方通行過ぎただけなのかもしれない。僕が上手くそれに応えていれば、少しは変わっていたのかもしれないと今なら思う。
 息子を可愛がる母親とは違い、父はとても淡泊な人だった。冷たいと感じさせない程、徹底した付き合い方をした。僕は息子と言う生き物で、それ以上でもそれ以下でもない。
 僕はそれを寂しいと思うことはなかった。むしろ、父の態度はわかりやすく、気を使う事もなく、どちらかと言えばありがたかった。気があっていたというわけではないが、やはり父子なのだろう、似ている部分もあったのかもしれない。
 そんな両親と僕の家庭は、極々普通であった。高校に入り家にいつかなくなった僕に少し小言を言っても、母はそんな年頃だと受け入れていた。父は、何も言わなかった。僕が入院している時も、母はこまめに僕の世話をし、可哀想にと毎日のように泣いていた。父は、ずっと渋い顔をしていた。それもまた、彼ららしい家族の姿だった。
 それが壊れたのは、僕が退院し、家に戻ってからだ。少しずつ、家の中の空気は色を変えていった。
 母は、僕に接する事に疲れ、脅えはじめた。逆に父は、どうにかならないかと悩み始め、けれども何も出来ない事実に苦しみはじめた。それまでも明るい家庭と言うわけではなかったが、ああだったからこそバランスがとれていたのだろう。小さな歪が生まれた途端、全ての歯車が噛み合わなくなった。
 今まで築いてきた家庭はおかしかったのかも知れないと今更のように気付いた両親は、その事実に困惑した。極普通の人間であると自分を信じている二人は、ただその事実に恐れたのだと僕は思う。きっと、彼らは何がいけなかったのかと苦しんだのだろう。そう、計算外の事だったのだろう。
 だが、何かがいけなかったわけではないと僕は思う。あれが僕達の形だったのだと。
 けれども、両親は狂った歯車を修正することも、潔く全てを壊そうともしなかった。困惑するばかりで、ただ現状を見つめていた。
 そして、僕も、彼らに手を貸そうとはしなかった。修正の必要性を見出せなかった。
 いや、そうではなく…。
 ただ単純に、彼らを捨てたかったのかもしれない。

 重くなった空気に耐えられず、僕は家を出た。
 それ以来、二人には会っていない。

 自分が悪かったのかと、僕に懺悔をする父。
 疲れた表情で無理に笑おうとし、泣き叫び、最後には僕に脅える母。
 それが、僕の中にある家族の姿だ。

2003/06/10
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