# 79

「豪快と言うか何というか…、具のない味噌汁みたいだな」
 鍋の中を覗きながら、筑波直純は訳のわからないことを言った。
 色は少し似ているのかもしれないが、立ち上る香りは全然違うだろう。とても甘いものだ。
「この兄ちゃんは、顔の割には大雑把で、頑固なんだ」
 ぼとぼとと大量の砂糖を鍋に追加する僕に、側で様子を窺うというよりは簡易コンロで暖をとっていると言った方が正しい男が真面目な顔でそう言った。
 大雑把で頑固なのだと言うのは兎も角、それに顔は関係ないだろう。どう言う意味なのか。
 だが、そう評価された僕とは違い、声を掛けられた男は納得したようで、軽い笑いを零した。
「あんた、この兄ちゃんの友達かい?」
「ええ、まあ」
「そうか、そうか。それは、ご苦労な事だ」
 それもどう言う意味なのかと肩を竦める僕に、顔馴染の男はうひゃひゃと妙な笑いを漏らした。火に翳した手を擦り合わせながら、「それより、まだ出来んのかい」と鍋の中を覗き込む。
「また、ほんに甘そうなものを作って。子供やないぞ、ワシらは」
「確かに甘そうだが、体には必要だろう」
 考えているんだろう、こいつも。
 そう言って、筑波直純は僕をフォローした。そんな彼に、僕は肩を竦める。
 多くの者が言葉にせずともそういうことはわかっている。そう、この男もその一人だ。ただ、からかっているだけにしか過ぎないので、勝手に言わせておけばいいのだ。
 僕がここでこんな事をしているの自体、勝手なことなのだから。

 行きたい所はないかと訊かれた僕が選んだのは、僕の部屋から近い、いつも来る公園だった。男が運転する車で一度アパートに帰り、そこからは歩いてやってきた。
 顔馴染みのホームレス達に温かい飲み物を提供しようと、大きな鍋や材料を用意したので、その荷物を持ってくるのは大変であった。好奇の視線も向けられた。しかし、そう珍しくはないので僕はあまり気にしなかったのだが、男は恥しいなと照れた。その心境はわからなくはないが、その存在だけで充分に注意を引く人間の言葉としてはおかしいと、僕は少し呆れた。
 公園には、普段はここにはいないホームレスも幾人かいた。
 寒い冬の夜に路上で眠るのは自殺行為であるので、一晩中歩き続けることがあるらしく、昼間に睡眠をとるようだ。そんな者達が今のひと時をここに来て休んでいる。他にも、冬の間だけここの住人になったような者もいたし、ただ正月だからというのだろうか、たまたまやってきているだけの者もいた。
 この公園は日当たりが良いので、こうした者が良く集まる。普段の平日ならば、サラリーマンなどの姿もあるのだが、流石に今日は全く見かけない。
 そんな中で、やはり筑波直純の存在は目立っていた。
 いや、僕がおかしな者を連れてきたということでここを住処とする者達の目を引いたのか。ラフな格好をしていても、堅気ではない雰囲気を感じ取ったのだろう。
 僕に声を掛けながらも、遠巻きに様子を窺う顔見知りの男達に、少し申し訳ない事をしてしまったという気になった。
 だが、それも暫くの間の事で、出来上がった飲み物を配り始めると、彼らも普段の様子をとり戻した。
 一人、周りの様子を気にせずにいた、おかしな笑いをする男のお陰なのかもしれない。彼らの仲間意識は、意外な事にかなり高いものなのだ。

「あんた、ラッパは吹かないのかい?」
 甘い甘いと散々文句を言いながらも、2杯目のカフェオレを啜りながら訊いてきたのは、髭を生やしたいつも僕の演奏をヤジる男だ。
「正月だって言うのに、気が利かないね」
「気が利くからの差し入れだろうが、カンさん」
 そう絡むなよ、と別の男が文句を言う男を笑う。
「だが、俺も吹いて欲しいな、兄ちゃん」
 そう促され、休んでいる者も結構いるので止めようと思っていたのだが、僕はサックスを手にした。冷たい楽器が手に張り付くその感触は、とても気持ちが良かった。


 半時間程演奏し、僕と男は公園を後にした。行きは重かった荷物も、帰りはサックスだけだ。
 部屋に辿り着き、エアコンを効かせた温かい部屋で、二人揃ってひと息をつく。飲み物はもう言いという男に倣い何もせず、ベッドに寄りかかり肩を並べて座る。
 部屋に響く時計の針の音が、とても心地良かった。
 エアコンが停まると、本当に、小さなその音以外には聞こえない。
 申し合わせたように顔を向きあわせ、重ねた視線で互いに笑い、くちづけを交わした。
 次第に深くなるそれに、男の手が僕の頬を滑り、中からだけではなく外も刺激する。唇を離した時、互いのそれを繋ぐ銀の糸が伸びた。プツリと切れたそれに二人で沈黙を落とし、再び苦笑しながらキスをする。

 自然なそれに疑問を持つ事もなく、僕は何度も筑波直純とキスをした。


 だが、一人になると妙に空々しく、いつもの部屋でいつものように僕は静寂に問い掛ける。

 いつまで僕はこんな事を繰り返すのだろうか。

 答えに近付いているのか遠ざかっているのか、それだけでも知りたい焦りが僕の中に生まれた。

2003/07/09
Novel  Title  Back  Next