君を呼ぶ世界 4


 この世界には、異世界にいる神子を召喚する習慣があるらしい。

 連れて来られた爺さんの家は、小さい頃に見たアニメの主人公が住んでいたような、質素な作りのものだった。
 ハイジの爺さんの名前はなんだったっけか。
 そう言えば、あの爺さんも大きかったよなと。ヒゲ面を思い出しながら、オレは味の薄いスープを啜る。
 思った以上に冷えていたらしい体を温めながら聞いた話は、ハテナが飛び交い踊るものだった。
 いや、神子召喚なんてものに、疑問以外の何を浮かべろというのか。
 ハテナが当然であって、やはり絶望は湧かない。覚えようもない。
「……いまひとつ事態は飲み込めないけれど。つまり、オレはその召喚の儀式に巻き込まれたんだと爺さんは思っているわけだ?」
「異界と繋がるのはそれしかない」
「召喚ねぇ…」
 魔法陣の中から現れるモンスターを頭に描き、ゲームの世界じゃないんだからさとオレは軽く首を振る。
 召喚と言われても。
 モンスターどもは、呼ばれる覚悟があるだろうが、オレにはない。いきなり異世界の誰かに引っ張られる事があるだなんていうのは、二十三年生きてきても誰にも言われなかった事のだ。覚悟はおろか、想像すらしていない。
 なのに、召喚。
 爺さんは、神子召喚が、今のオレの状況に関係があるという。
 なんとも迷惑な話だ。
 それ以外に言いようがない。
 お椀を両手で包み込み掌で暖を取りながら、オレは少なくなった中身を眺める。
「…神子召喚」
 呟いたそれがスープの表面を揺らす。けれどその言葉は、小さな振動とは比べ物にならないくらいに暴力的だ。
 神の子である神子を召喚する。
 それは遥か昔より続いた儀式ではあるが、今はもう殆ど行なわれていないのが現状であるらしい。理由はいくつかあるようだが、最大のそれは、神子は勿論、その上に位置する神も、また現実に実在する聖獣さえも、今やこの世界では遠い存在で過去のものとなりつつあるからのよう。つまり、信仰心が薄れていると言うわけだ。
 この世界にある大小さまざまな国は、全て王によって治められている。だが、この世界にはその上に、更に神が位置づいているらしい。らしい、と言うのは、当然だが神がこの世に降りて目の前で「我が神だ」なんて事態になったことはないからだ。存在するとしていても、誰も見たことはない。よって、宗教となんら変わりはない。
 だからといって、オレは別に、蔑ろにする気はない。人間にとって宗教は必要だろう。
 けれどオレが爺さんの話を聞いた時の感想は、ただそれだけだ。ホント、それだけ。
 しかし、話を聞くうちに唸り声を漏らしてしまったのは、宗教と思えるレベルではなかったからだ。
 いうなれば、タチの悪い信仰集団、だろうか。
 この国の人々が言う神とは、抽象的なものではない、そのものなのだ。だから、異世界から神子を呼ぶなどという暴挙を平然と行なってきたのだろう。
 神は、王を選びはしない。だが、王の行いを評価する。
 王が神の意に沿えば、国は繁栄する。沿わねば、国は衰退し、いずれ滅びる。
 だが、神が常に正しく、公平なわけではない。
 民が苦しむ暴君の国が長く続いた事もあれば、賢王と謳われた者が統治する国が一夜にして消え去った事もある。
 科学の子供であるオレには胡散臭く信じられない世界だ。異世界だとしても、それはないだろう、なシステムだ。だが、それは絶対のように存在し人々に信じられている。
 だからこそ、この世界は神ありきと言われたのかもしれない。
 しかし、だからこそ、神などは関係ないんじゃないかと、やはりオレなんかは思うわけで。
 自然災害が神によるものなどと思い始めたら、己の存在そのものが霞んでくるような気がする。
 けれど、この世界のかつての人々は違った。
 神を、無条件に信じた。何百年後の未来へ、今現在にまで続くほどに、神を信じたのだ。
 国によって選別方法は違えども、王は王になった瞬間から試されている。大勢の命を人質に、だ。だから、神子を望み、それを齎す聖獣を望んだ。それらを得る事で、王の地位を確立させた。
 だが、あくまでもそれは人々のメンタル面での事であって、実際には神子を得ようと滅びた国はあった。
 何故なら、神子そのものに力はないからだ。神子もまた、神に試される者に過ぎない。
 神に認められない王の国は滅びる。神子とともに。
 神子は力を持たない。だが、実際の力ではないが、影響力は王よりある。それを求めた権力者達は、神子を召喚し続けた。利用材料として。
 それにより、いつの間にか敬う心を無くした者達は、それでも神子の存在に頼り、そして、同時に疎んだ。影響力ばかりで、目に見えた力はない存在を。
 当然のように、かつては世界を越えてきた尊い存在であったのだろうが、何百年の時の中でその地位は物のようになってしまった。多くを望み権力者が利用しようとしたその結果は、最初から必然だったのかもしれない。
「目に見えないものを信じ続けるのは、大変だ」
 民の生活向上か、国の繁栄か、ただの私利私欲か知らないが。召喚をしてまで呼んだ神子が、思った結果を呼び込まなければ、権力者達が顔を顰めるのは必至だ。神子に力がないと知っていても、八つ当たりするだろう。当然だ。
 それが続けば、神子を呼ぶ事を止める者も出てくるだろう。神を否定する者も出てくるだろう。
 元々、正しい神ではないようだしなとオレが嫌味を言うと、爺さんはただ苦笑するだけでそれについては何も言わない。
「この世界の状態や人々の生活に、神だの神子だのは合わなくなっていったわけだ」
 神子は、人々に必要とされなくなった。
 もとより、象徴以外の何ものでもなかたのだろうし、そんなものだろう。
「減少しているって言う聖獣も、さ。きっと何十年後かには過去のものになるんじゃないか?」
 神子を召喚するには、召喚師だけでは足りない。聖獣が不可欠だ。
 だが、もう何代も前の時代から、その聖獣の出現がどんどんと少なくなり、今では数頭しかいないらしい。
 かつては、国に一匹、または二匹は必ずいた。その主の多くが王となり、神子を傍らに置いた。しかし、聖獣が降りてこない時代が続き、人々の中から神の存在が薄れ、神子が必要とされなくなり、全てが過去となった。
「今でも、信仰は確かにある。だけど、それは生活とは結びついていない。何て言ったらイイのかなぁ、言葉は悪いけど、アレだ。明日は晴れたらいいなとか、今年は豊作でありますようにとか。虹が出たら良い事があるとか、黒猫が前を過ぎったから悪い事があるとか。そんな曖昧なものじゃないのか? 心では信じていい気持ちもあるが、現実としてさほど期待はしていない、みたいなさ」
 神様ありがとうと感謝はしても、実際に神の力であるとは思わない。言うなれば全てがただの象徴でしかなくなったんだろうと首を傾げ窺えば、「極端だが、間違ってはいない」と爺さんは深く頷いた。そなたは聡いと続けて言われ、つい笑ってしまう。
 賢くなんて全然ない。だけど、確かにオレって凄いのかもしれない。
 何だよこれはとパニックに陥っていいところなのに、少しだけど、もうこの世界の事を理解してしまっている。本当に、凄い。
 だが、決して、適応している訳ではない。納得などしていないし、したくもない。

 爺さんに教えられる話は、馴染みがない以上に遠いもので。
 スープのようには飲み込めない。


2008/07/11
3 君を呼ぶ世界 5