君を呼ぶ世界 7


 王都へ行こう。

 爺さんにこの世界の事を教わりながら、オレは決めた。
 一番の目的は、召喚師にオレが居るべき場所へと返してもらう事なのだけど。その前に、知りたい事がある。
 誰かが神子を呼ばない限り、別世界から人がやって来ないのならば。過去のものとなりつつあるその儀式を、誰かが何らかの為に行なったというのは確かなのだ。そして、それによって、オレはこの世界へとやって来た。
 ならば、知りたい。誰が、何を求めたのかを。
 神子を呼び、何を望んだのかを。
 そして、それは叶えられたのか。神子はどうしたのか。共にいるのか。
 もしかしたら、俺だけがこの世界に来たのかもしれないけれど。それでも、もしかしたら一緒に飛ばされてしまった同士に会えるのかもしれなくて。
 ここに居る理由ではなく、意味でもなく。ここに来た意義がそこにある気がして。
 神子ではないだろう自分には関係ないとさえ思いもしたのが嘘のように、気付けばいつの間にかそれは膨らんでいた。まるで、運命のように。
 これが、夢か現かなんて。オレには立証出来るものはない。だけど、夢だろうと何だろうと、今がオレの総てであるのに変わりはない。
 だから。思うように。自分が望む事をと、王都へ向かう意志を強くしたオレなのだが。
「え? 帰れない…?」
 決意を語ったオレに、爺さんは申し訳なさそうに「それは無理だ」と擦れた声で言った。一般ピープルでしかない者が、神子召喚などという大事を調べるのを無理だと言ったのではない。とても難しいのだろうそれを差し置いて、爺さんに無理だと言わしめたのは、召喚師に地球へ送り届けてもらうというオレのそれだ。
「マジかよ……」
 聖獣は、異界の神子を感じ取る事が出来るらしく、それによって術者や神官などが召喚を行うらしいのだが。
 逆はありえないのだそうだ。
 この世界に繋がる神子だからこそ、引っ張れる。
 けれど、逆にこの世界から押し出すのは、不可能に近いらしい。
 例えば、術者の力によって、この世界から追い出せるのだとしても。行き先はどこになるのかはわからないのだという。
「異界人が戻れるのだとすれば、元の場所から召喚される以外にないのだろう」
「……そう、なんだ…」
 仲間を呼ぶことは出来る。そして、異質をはじき出す事も出来るのかもしれない。
 だが、正常な状態にまでは戻せない。そこまで親切ではない。
 ――つまりは、そう言う事か…。
「メイ」
「ん、ああ……大丈夫」
 眠って目覚めても。世界は元には戻っていなかった。  夢の中で寝起きしたのか、これが現実なのか。妙な感覚の中で、それでも希望を持ったというのに、あっさりと崩れ去る。
 その欠片が零れ落ち消えて行くのを見送るように、意識を飛ばしかけていたところに名前を呼ばれ浮上すると、静かな眼に行きあたった。
 深い蒼の瞳に映る自分の影を捉えながら、大丈夫だとオレは数度繰り返す。
 田舎暮らしの爺さんが知らないだけであって、帰れる方法が絶対にないとは言えないのだし。もし本当にそうであっても、なるようにしかならないのだし。
 何より、病人の前で暗くなるものじゃないだろオレ。しっかりしろ!
「悪い、ホント平気だからンな顔するなよ。それより、爺さんの方は大丈夫かよ? しんどくない?」
 オレが現われた事が負担になったのか。
 翌日になって、異世界へ飛ばされたオレではなく、迎え入れた側の爺さんが体調を崩し熱を出した。
 高い熱ではない。だが、夜通しこの世界の説明を求め、話し相手をさせてしまったオレとしては放っては置けない症状だ。負担を掛けたのは、明らかにオレ。間違いない。
 昼過ぎに爺さんの体調の悪さに気付きベッドへ押し込んでから、勝手がわからないながらにも何とか世話をする。しかし、世話といっても、出来る事は殆どない。
 どちらかと言えば、邪魔をしているだけなのかも。
「少し身体が重い程度だ」
「知恵熱ってやつかな?」
 だから、そうなるのならオレだろう。そう思いつつも、濡らしたタオルを額におきながら零した呟きに、爺さんは小さく笑った。
「歳には勝てないだけだ」
 ならばやっぱり、夜更かしが原因か。
「ごめん、オレのせいだな」
「私は大丈夫。心配せずとも良い」
「でも、急ぎすぎたのは事実だ。慌てたからってどうにもならないのに、ひと晩中付き合わせて悪かった。スミマセン」
「何を言っている。そなたは随分落ち着いている。それに、突然違う世界に来たのだから、ここはどこだ、どんなところだと知りたがるのは当然だ」
 違うか?との優しい眼差しに、ふとオレは今更ながらにも気付く。
 白髪とその雰囲気でそうだと思い込んでいたが。オレが思っているよりも、爺さんは断然若いのかもしれない。
「なあ、爺さんって幾つなの?」
 本当は爺さんと呼ぶような歳でもないんじゃないかと軽く眉を寄せたオレに、爺さんは少し掠れた声で返事をする。
「もう、五十をとうに回っている」
「ってことは、まだ六十じゃないんだ…」
「それが、どうした?」
「五十過ぎだなんて、全然、爺さんじゃないじゃん。言ってくれたら良かったのに」
 失礼しましたと謝るオレに、「いや、年寄りには違いない」と答えながらも爺さんは首を傾げた。
「メイの世界では、若者で通る歳なのか?」
「う〜ん、確かに平均寿命が三十歳なんて国も世界にはあるみたいだけど。オレの国は寿命をまっとう出来れば、八十くらいまで人は生きるものだから。流石に若者じゃないけど、五十歳ならまだまだ現役で、年寄りには程遠い」
「豊かな国なのだな」
 しんみりとそう言われ頭に広がったのは、何故か馴染みあるビル郡ではなく、昨日の昼に圧倒された自然だけれど。明るい光の中で輝いていた川や木々を振り払い、オレは都会に意識を戻す。
 人も物も、何もかもが溢れた街。だからって、アレを豊かと言えるのか?
 確かに、言えるのだろうけど。どうしてだろうか、何だか今はしっくりこない。
「色々問題はあるけど、表面的には平和だし、衣食住に困らない人のほうがはるかに多いし、まあ豊かといえば豊かなんだろうなぁ。それにドップリ浸かっていたから、考えた事もないんだけれど」
 そう答えながら、これは嘘だなとも思う。考えた事がないのではなく、考えないようにしていただけだと思う。オレだけじゃなく、皆がそう。
「病気や事故などで若くして亡くなる人も多いけど、百歳を過ぎた人もゴロゴロいるよ」
 その反面。白状すれば、自殺大国なんだよと。毎日毎日何十人もの人が自ら命を絶っちゃうような国だよと。長生きと言っても、ベッドで身体に管を通されて生かされているだけの人も少なくないんだよと。
 そんな言葉が胸に浮かぶが、言う必要はないとオレは口元に笑みを浮かべるだけに留める。
「百年か。この世界では考えられないことだ」
「そうなんだ。だったら、人間はどのくらい生きるの?」
「この国は豊かな方だから、五十、六十か。八十まで生きたら大往生だな。貧しい厳しい国は、その半分程度だ」
 眠いのだろう、瞼の開閉が遅くなるのを見ながら、爺さんの言葉にオレは深く頷く。
 話を聞かずとも、爺さんの生活を少し見ればわかる。この国は、二一世紀の日本のように発展してはいない。当然、医療も進んでいないのならば、寿命はそんなものだろう。
 一日が二十四時間かどうかはわからないが。爺さんの話では、365日に近い日にちで一年という概念が出来ている。空を移動する太陽を見る限り、緑があり水があり、人間が生活しているのを考えれば、この世界も地球と似た条件下で成り立っているのだろう。
 異なる宇宙だが、人類という生命が生活を営んでいるのだから、似たような星であるのは間違いない。オレが感じた目に見える違いは、星くらいなものだ。
 朝になれば陽が昇り、人々は生活を営み活動する。夜になれば、星の下で体を休め眠りにつく。
 オレがいた世界と、何も変わらない。

 二日目ではまだ慣れない明るい星をガラスのない窓から見上げながら、オレはこの世界の人々に思いを馳せる。


2008/07/18
6 君を呼ぶ世界 8