君を呼ぶ世界 13


 爺さんが言うよりも、神子は民の心の中で生きているように思う。

 懲りない親父達が他のテーブルにつく客にも声を掛け始め、気付けば大所帯になっていた。一体、何の宴会だオイ。
 これだけ騒がしければ一人くらい抜けたところで気付かれないだろうと脱出を試みたが、席を立った瞬間に誰かに押し戻された。一体、何の嫌がらせだよコラ。
 楽しくないわけじゃないけれど、マジで寝たいんだ、休みたいんだと。愛想笑いをしつつも、横を向いて溜息を吐いていたオレだが。
 若い男が生まれたばかりの娘の話を始め、睡眠を欲していた頭から眠気が飛ぶ。娘の名前は神子様から貰ってレイトだと笑う若い父親に、傍の男が最後の神子だなと答えたのだ。
 最後の、って……どういうことだ?
「なあ、最後の神子って?」
 首を傾げたオレに、一瞬マジで言っているのかという顔になった面々だが、誰かが「これだから田舎ものはなァ」と笑うと、それは瞬時に広がりオレの無知を許した。同時に、「今時の若い奴はこうなのかもな」「知らないのも無理はない」との声もあがる。
 ガキ扱いされたお陰で疑われずに済んだ、助かった。だが、なんだかちょっと面白くない。娘が出来た男とオレはそう変わらない歳なのだろうに、皆の目が子供を見ているかのようだ。ヒドイ。イジメか?
「なんか感じ悪いなぁ。オレだけが知らないわけ?」
 そんな皆さんは会った事があるのかよと不服に頬を膨らませると、笑い声が一層大きくなった。本当に感じが悪いオッサン達だ。だが、実際には親切な奴等ばかりで、きちんと説明をしてくれる。ちょっと関西人っぽく、人がいい。
 誰かが言った「最後の神子」とはその呼称通り、この世界に存命した神子でもっとも新しい人物らしい。最新といっても、かなり前の事である神子レイトは、この国から数国挟んだ南に位置する砂漠の国に降臨したそうだ。
「最後の神子が居たのはクラモ国だから、国交がないわけじゃないが、会うのは無理だ。何て言ったって俺の爺さんか、曾爺さんの頃の話だからな。実際に会った事がある奴など、クラモ国にももう居ないだろう」
「いや。神子レイトが亡くなったのは、まだ四十年前だぞ。会った事がある奴くらい居るだろう」
 男の言葉に、だったらオレは生まれていたから会うことは出来たわけだと、何人かの親父達が思い思いに喋る。会いに行っていれば良かったなんて、隣接国ならまだしも、そんな遠い国に子供が行ける訳がないのに。ホント、適当な親父達だ。オレなんて、この国の中だけでヘバっているのに。
「じゃあさ、四十年も神子は不在なんだ?」
「不在じゃない。クラモ国の神子で最後なんだ」
「でも、神子はまた現れるかもしれないだろう?」
「いや。もう、降臨する事はないだろう」
「どうして?」
 そりゃ、四十年も居ないのならば、最後なんて呼び名がつくのも頷けるけれど。これから、新たな神子が出てくる可能性はゼロじゃない。この世界の中で誰かが神子の存在を覚えている限り、それは有り得るだろう。何せ、神子本人は異世界でちゃんと生存しているのだから。呼べば、ポン!だ。
 実際オレも飛んで来ているしと、胸中で思いっきり反論しながらも首を傾げたオレに、皆が揃って「時代さ」と訳知り顔で頷いた。
「……時代」
 これが、これこそが。爺さんの言っていたもの。
 愛娘にその名をつけるくらいだ。信仰が薄れたわけじゃないのだろう。それでも、確実に昔と形は変わっている。神子が居ないのことが当然になっているのだ。
 だけど。やっぱり。
「そうは言っても、聖獣は居るし方法もあるんだからさ。やれそうなら、やってみたくなるのが人間だろ? ないとはいいきれない」
「やるって、召喚術をか?」
「ああ」
「あのな、術なんてぇのはな、王家の神官だけのもンだ。やり方なんて一部の人間しか知らねぇ。実際に今、使えるものなのかどうかも怪しいんだぞ?」
「そうなの?」
「若い奴にはわからんだろうがな、ボウズ。神子はもとより、その召喚術自体、もう何十年も前から行なわれていないんだ。それこそ、クラモ国の神子が亡くなるよりもっと前の事だぞ」
「俺らには知らされていない何かが、お偉いさん方にはあるんだろうなぁ」
「聖獣が役立たずだとか?」
 召喚自体に何らかの事態が発生して神子が呼ばれなくなったのだとしたら、一番に考えられるのは、媒体となる聖獣の能力不足だろう。
 信仰心が薄れたのは、一番身近な聖獣のせいじゃないのかと。
 ふと思いつきそう首を傾げたのだが、顔を突き合わす面々は皆、どこか自嘲気味に笑うだけだ。多分きっと、オレが考える事を。この世界の人達はずっと思い続けてきたのだろう。
 神子が少なくなるたびに、聖獣が少なくなるたびに。神子が居なくなってから。
 長い間ずっと。
「だがな、若者よ」
 何となく、皆が心に抱える想いを見た気がして。
 視線を下げたオレに、深くて温かい声が降る。
「神子が居なくても、毎日仕事があって、こうして酒が飲めて、可愛い嫁と子供が居れば、一日は廻る」
 それが生きるって事さと、かっこよくグラスを掲げたハゲ親父が酒を煽った。各々がそれに同意するように、そうだと頭を振る。
 それでも、そこに若干の喪失感が見て取れるのは、オレの勘違いではないだろう。
 人間には欲は尽きないものだ。望めば望むだけ上があり、それを求める。手を伸ばす事を人はやめないものだ。今、この瞬間には満足していても、己の一生を考えれば誰だって何かを欲する。人の命はいつか尽きる。それが変わらない限り求めるものだ。
 ここに居る全員が幸せだとしても。神だとか、神子だとか。実際にはそんな存在を信じておらずとも、人は願うだろう。この幸せが続くように、皆が幸せで居られるようにと。そう、今はたとえ居らずとも、過去に存在した事実があるのならば。心のどこかで、絶対に思っているはずだ。
 神を、神子を、と。
 思っているからこそ、いま実在しない事を受け入れている。

 爺さん、ちゃんと生きているんじゃん、と。
 オレは、きっと諦めたのではなく、ただ物分りがいいだけなのだろう男達を見ながら。この世界のシステムの虚しさに、少しだけ遣る瀬無さを覚える。


2008/08/05
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