君を呼ぶ世界 15


 愛想は良くなかっただろうに、何を気に入られたのか。
 ハゲ&ヒゲの親父二人に「俺達の街へ来ないか?」と誘われたが、丁寧に断り王都への道をオレは選んだ。

 大学は工学部であったし、その分野に関する講義も受けていたが、知識は披露するほどもない。猫も杓子も大学に入る時代だ、そんなものだろう。
 卒論として取り組んでいたのは、「日常における生活デザイン」という、何て事はないもので。内容も、美術科のそれと変わらないようなものだ。ゼミ仲間の大半は、教官の専門と同じくユニバーサルデザインに力を入れていたが、オレは結構好き勝手に自分の趣味に走っていた。
 工学部なので当然、CGでの制作を中心とさせられたが。オレの得意分野は、オフラインもバリバリのペーパークラフトだったりする。幼少期の折り紙や切り絵から始まった年季の入った趣味。百均ショップの色画用紙で大学構内のミニチュアを作った時は、担当教官までもが専攻変更を勧めてきたほどだ。
 しかし、そうは言っても。オレとしては、大抵の奴が持っている趣味同様、読書やゲームや映画やショッピングと変わらない楽しみでしかないので、好き勝手が出来るままで良かった。何より、オレの興味は移ろいやすく、広く浅くの趣味だ。ペーパークラフトが好きなので、紙に関するものは手当たり次第端から順番に制覇していくようなもので、どれかひとつへの熱中を持続させられる根性はない。折り紙も、ひたすら鶴だけを折っていた時もあれば、入れ物や飛行機や動植物、クス玉やユニットなどその時々で内容も変わる。本当に、趣味以上のものはなかった。
 だから、仕事でそれをしたいとは思わなかったので、拘りなく就職活動をした結果。
 オレが内定を取ったのは、デパート店員だったりする。来春からは駅近くの店で、いらっしゃいませと頭を下げて客を迎えているはずだった。
 なのに、今は。青空の下で体力作りなんかをしている。
 人生ってわからないものだ。
 作りかけていたダンボール国会議事堂はどうなっただろうかと思いながら、オレはポンポンと太腿を叩く。筋肉が付き始めているのだろう、硬くなった気がする。腹回りは確実に引き締まっているし、頑張れば腹筋も割れるかもしれない。
 だからって別に、割りたくはないが。
「ウォーキングって、意外と効果があるんだな」
 お喋りをしながら歩く御婦人達の豊満なままの姿に疑問を持っていたのだが。オレの場合、効果はきちんと身体に出始めている。という事は、あのオバちゃん達は歩いていなければ、もっと育っているという事だ。
 まあ彼女達は消費以上に摂取をしている生き物だしなと考え、ふと思い当たる。オレの身体が絞れている理由は、運動以外に食事の面も大きいのだろうと。
 毎日のように高カロリー食をとって体型を維持していたオレならば、この世界の質素な食事では痩せるのは当然。いわばオレは、健康的に痩せたというよりも、不健康にやつれたと言った方が正しいのかもしれない。
 両手で頬を包むようにして擦り、細くなったか?と触診するが、よくわからない。
 川原での休憩時に水面で顔を確認してみるが、やはりわからない。
 安定しているだなんて口が裂けても言えないが、発狂するような事は絶対ないと言い切れるくらいにはこの世界を受け入れている。精神面は、意外にも心配するほども問題ない。体調面も、ダルイし眠いが、動けないなんて事はない。だから、別に大丈夫だろうと判断しながら、こういう事も気にせねばならないのだと改めて実感する。
 幼い頃は、両親が気に掛けてくれていた。一人暮らしを始めても、誰かと会わない日などなく、顔色が悪ければ指摘された。何より、少しおかしいなと思えば大学の保健室に行けばいいだけで、心配など必要なかった。多少無理しようと、薬を貰えば数日で復活した。例え大きな病になったとしても、病院はゴロゴロあった。
 けれど、この世界ではそうもいかない。ひとりの旅では、オレの判断に命そのものがかかっている。
 爺さんの家を出る時に考えていなかったわけではないけれど。オレはわかっているつもりでしかなかったのだろう。
 そうだ、京都へ行こう!ってな感じの軽いのりで王都を目指した訳ではないけれど、今更こうして、歩くだけじゃなくて他にも沢山大変な事はあるのだと気付かされて、考えが甘かった事を日に日に知る。
 昨夜のように、親父達にからかわれるのは当然だ。子供扱いされるのは当然だ。彼等は、オレの中にあるその緩さを感じ取っていたのだろう。
 街に誘ったのも、あまりの頼りなさに心配になったからなのかもしれない。確かに、急ぐ旅じゃないとは言ったけれど、だからって久々の帰宅にオレを連れて帰るのはおかしいだろう。それ程までに、気に掛けさせたという事だ。
「オレはもう二十三歳なんだって、教えてやればよかったかも」
 ごつごつした石ころの上に寝転んだまま、手足を伸ばす。照りつける太陽が、ジリジリ熱い。
 歳を言ったら驚いただろう。彼等は絶対、オレを子供だと思っていたはずだ。だけど、言ったら言ったで、余計に頼りないと心配されたのかもしれない。
 そんな事を思いながら、休憩にしては少し長い時間をそこで休み、再び足を進める。
 まだ王都まで半分以上ある。だが、栄えている街が近くにあるのだろう。それは、もしかしたら昨夜の親父達の街かも知れないが。
 今日はなんだか、やけに人と行き違う。この三日間は、数組程度だったのに、気付いた午後からだけでも両手の数を超えているように思う。
「なんか、旅って言うか、ハイキングみたいだな」
 旅はもっと寡黙なイメージだと、擦れ違う人と会釈を交わしながらそう思う。
 皆さん、どこか華やかだ。荷物もオレより多い。しかも、女の人や子供の姿まである。一体、どこからどこへと行くのだろう。

 賑やかだなと感じながら進んだ四日目は、夕方前に運良く見つけた集落で宿をとった。
 小さな集まりにはオレの他にも、旅人の姿が数組みあった。


2008/08/12
14 君を呼ぶ世界 16