君を呼ぶ世界 17
道すがらに聞いた話は、少し考えるものだった。
ハギ国国王は、即位して丸四年。先日、二十五歳になったらしい。
それがいつかと言えば、なんとオレが来た次の日。爺さんが熱を出したあの日だ。
そして、その祝賀祭と言うのは、王の誕生日であり即位記念日でもあるその日と、前後の二日を含めての三日間催されるらしいので。つまりは、オレがここに飛ばされたのは、その祭りの一日目と言うことになる。
到底、関係ないとは思えない。
王様は祝いの席で何かやらかしたんじゃないか?と思ってしまうのは仕方がないだろう。あまりにも、怪しすぎる。
二十四歳最後の日の記念に、神子召喚――なんて。
愚か過ぎるが、絶対にしないとは言えない。
祝いの為に王都へ集まっていた者達の帰郷ラッシュの始まりだと、擦れ違う人が多くなったわけがわかったのだけど。そんな事はどうでもよくなるくらいに、オレの考えは飛びまわる。自分と変わらない若い王が気になって仕方がない。
爺さんの話によると。ハギ国王は聖獣を持っている。一国の王ならば、召喚師を手元に置いていたとしても不思議ではない。
だったらやっぱり、この国の王が召喚術を行った、そう思うのが自然だろう。
だけど。
もしも本当に神子が召喚されていたのならば。祝いの席で発表していたんじゃないだろうか。権力者達にとっては厄介になるのかもしれないが、民には絶大な支持を受ける神子だ。この機会に公表するものだろう。
しかし、そんな話は微塵も聞かない。いくら伝達手段が人伝とはいえ、そんな話ならばいつも以上に早く広がっているはずなのに。
ならば、隠しているのか。けれど、何の為に?
呼ぶからには利用するつもりなのだろう。隠しておくなら呼ぶ意味がない。
だったら、神子は居ないのか? オレのように、召喚場所に現れなかったのだろうか。
もし違う場所に落とされたのならば、それはこの国であるのか。それとも、別の世界で落っこちてしまう事もあるのか。
神子が居ないのは、オレにとっては厄介だ。そこのところをはっきりさせねば、王都へ言っても何も出来ないかもしれない。
確か、爺さんが言っていた。無理に召喚を試み、無関係な人間を呼ぶこともなくはないのだと。
神子の話を聞かないのは、つまりはそういうことなのだろうか? オレは一人だけでこの世界に来たのだろうか?
でも、オレは喋れる。記憶は増えていないから神子ではないはずなのに、言葉はわかる。
これは、神子と一緒に引っ張られた証明ではないのだろうか。
では、神子はどこに居る?
唯一わかるのは、翻訳機能が備わったオレがこの国に落とされたということだけで。考えれば考えるだけ、思考はグルグル周るのみ。答えなど出ない。
ホントどうなっているんだよと、事態は変わっていないのにわからない事が増えただけのような気がして、オレは頭を抱えて座り込みたくなったのだが。
それよりも、暗くなってきた空に歩調を速め、男と共に先を急ぐことを意識する。ここで悩んでも、オレひとりでは正しい答えは見出せない。とりあえずは王都だと、連れになった男に付いて宿を探しながら気分を切り替える努力をする。
三件目の宿屋で漸く、部屋を取れた。降り始めた雨に駆け込んでくる旅人が多くなった入口から、宛がわれた部屋へと移り一息つく。
名前はリエムだと名乗った男の言ったように、宿屋は客でいっぱいだ。バタバタと騒がしい音が、ドアを隔てていても聞こえてくる。
「大丈夫か?」
「ああ、平気だ」
「食事、摂って来てやるから休んでおけよ」
「だから、平気だって」
途中から口数が少なくなったオレを、疲れているからだと判断したのか。男が妙に気を使ってくれる。出会って数時間であるのに、何だかもっと知っているような雰囲気だ。気さくなのも考えもので、少し居心地が悪い。こそばゆい。
「なあ、さっきから思っていたんだけどさ」
「なんだ?」
何を点検する事があるのか。ベッドがふたつと、小さな椅子とテーブルがあるだけの狭い部屋を見回る背に声をかけると、肩越しにリエムは振り返った。昼間は赤くも見えた茶色の髪が、雨のせいか室内のせいかくすんで見える。
「アンタ、オレの事、幾つだと思ってるんだよ。ガキだと思っていないか?」
「違うのか?」
「少なくとも、アンタと幾つも変わらないはずだけど」
「へえ。なら、俺は何歳に見える?」
点検は終了なのか。腰から剣を外し通路側のベッドの上に置きながら、リエムはニヤリと笑った。絶対に、自分は若く見られているのだと思っている顔だ。お前幾つだ?と、先に聞かないのがその証拠。自分の判断を疑っていない男に、オレは答えを返す。
「二十代半ば」
「二十六だ」
リエムの言葉に、ビンゴだとオレは心の中で笑う。三十前だと言われれば信じそうになるけれど、それは黙っていればの話だ。喋った感じ、同年代だと思ったオレの直感は当たっていた。
まあ、あの出会いじゃなければ、誤解したかもしれないが。
「っで、お前は?」
「二十三」
どうだと偉ぶるのもなんなので、さらりと言ったのだが。思ったとおり、相手は驚いてくれた。目を見開くわけではなく、逆に細めて顰め面を作ってくれるのは、予想外であったけれど。
「何だよその顔。嘘じゃないぞ」
「お前、世の中の事を知りたいから王都へ行くんだと言ったよな?」
「ああ、そうだけど…?」
王都へ何をしに行くのかと聞かれ、オレは適当に嘘と本心を並べた。
村の外れで、家族の爺さん以外とは殆ど触れ合わず、ひっそりと暮らしていたのだが。このまま一生を終えるのではなく、もっと世界を広げたいと思ったんだと。せめて、自分の国の事は知ってみたくなったんだと。
だから、とりあえず王都へ行こうと思うんだと、オレはリエムにそう自分の事を語ったのだけど。
それが何だ? 今更、嘘臭いとでも言うのか?
「あのなあ、メイ」
「なんだよ」
「遅い」
「ハイ?」
「もっと早く思えよ、お前。二十三になって漸く気付いたのか」
お前らしいといえば、お前らしいんだろうけどなと。それでも、そういうのは十代の頃に思うものじゃないのかと、男は嘆くように頭を振る。本気で呆れ果てているようだ。
だけど。
出会って数時間で、オレの何を知ったというのか。らしいと言える程も理解していないだろう、オイ。勝手に呆れるなよコラ。
「煩いよ。一生悟んないより、マシだろう。第一、オレらしいって何だ」
「のほほんとしているって事だ」
「ほっとけ」
「悪い意味じゃない。むしろ、微笑ましく思うぞ?」
「馬鹿にしているようにしか聞こえません」
「いや、本当に羨ましく思う。いい環境で育ったんだなァとな」
「田舎者だと思って舐めるなよ。三歳しか違わないのに、ガキ扱いするな」
「歳はそうでも、経験値も知識量も何もかもが違うだろう。我慢しろ」
「出来ない相談です。却下」
手を振り理不尽な発言をオレが叩き落とすと、リエムは喉を鳴らして笑った。心地良いその響きに、オレもつられて一緒に笑う。
確かに、異世界十一日目のオレは、二十六年ここで生きてきた男に比べたら赤子も同然だ。
だけど、オレだって。ここではないけれど、情報社会の中で揉まれて育ってきたのだ。
オレの中にも、負けないものも確かにあるはず。
少なくとも。突然、自分の意志に関係なく異世界へと飛ばされて、こうして旅をしているオレは。ガキには出来ない頑張りを発揮しているはずだ。そうだろう?
笑っているのも今のうちだ! 覚悟しておけ。
心の中でそう宣言しながらふと気付く。いつの間にか、どこかにあった強張りが解けていると。
オレはこの世界の人間じゃない。
他人と打ち溶け合えば、その秘密を暴かれるかもしれないと。オレの中には、それを警戒していた部分があったのだと思うのだけれど。
案外、意外と簡単に、上手くやれるのかもしれない。
2008/08/21