君を呼ぶ世界 18


 一昨日の夜も賑やかだったけれど、今夜はそれ以上に騒がしい。

 雨は本降り。外に出れば濡れネズミ決定。
 そんな訳で、宿屋の食堂は大繁盛だ。押し込まれるように入ったそこで、隅の一角を陣取り食事を始める。オレ達の後から来た客は入れず、時間をずらすか部屋に料理を運ぶかしているので、ギリギリセーフだったのだろうが。
 煩くてかなわない。これなら、テイクアウトした方が落ち着けるのだろう。
 けれど、一度入ってしまったら最後、すし詰め状態の客の間をぬって退散するのも一苦労というもので。周囲の騒がしさに負けないよう声を張り上げて店員と会話を交わす。注文した品が届く頃には、ぐったりだ。
 本日のオススメだと言う唐揚げをフォークで突き刺しながら、これから暫くはこんな調子なのかもしれないと深い息をオレは零す。
 賑やかなのは嫌いじゃないが、心からは楽しめない。疲れる。祭りの帰省に飲み込まれるのかと思うと、今から少し憂鬱だ。
 確かに人が多い方が、色々情報を収集出来ていいのかもしれないし、手助けも願えるのだろうけれど。
 わかっていない事が多い身としては、戸惑う気持ちの方が大きい。
 これが本当に、ただの旅行ならばどんなに良かっただろう。言葉が通じない国だとしても、全く馴染みのない名前も知らない国だとしても、持たなかっただろう不安が心の奥底に存在する。ここが地球上ならば、絶対と言えるオレの居場所へ繋がる道があるのに、今はどこにもない。不安定に、オレは居場所もなく立っているのだ。異世界で。
 もしかしたらまず俺がするべき事は、自分がここに居る訳を知ることでも何でもなくて。
 この世界で立つ為に、地を固めるだとか、足を鍛えるとか。堅実なそちらの方なのかもしれない。
 王都を目指すのではなく。
 騒々しさに怖気づいたわけではないけれど、何となくそんな風に思ってしまった自分を振り切るように。オレは周囲に飛ばしていた視線を隣へと戻し、小さな笑いを零す。
「ホント賑やかだな…。毎年こんな感じなのか?」
「そうだな」
「ここでも王都から結構距離があのだろうに、大勢集まるんだな」
「祭りだからな、人も物も沢山集まる。王都はこんな比じゃないぞ。お前なら、人酔いするな。気を付けろ」
「酔わねぇーよ」
「いま酔っている奴が言っても、説得力はないぞ」
 口角を上げて笑う男に、「勝手に言ってろバーカ」と顔を顰めて悪態を投げつけてやる。悪いが、人酔いするような環境で育っちゃいないんだオレは。この国の王都がどんなに大きくとも、日本のど真ん中で生きてきたオレには屁でもない。
 問題なのは、人口密度じゃなく、人そのものだ。俺がいま酔っているのだとしたら、この生身の異世界人達にだ。
 王様のお祝いだ、国のイベントだと、大勢の人が集まった。その事実が、そこに感じられる人々の生活が、生命力が、オレはまだ慣れない。自分と変わらずに生きているそれに接するのは、思う以上に複雑な思いを胸に生み出す。
 一日をただ過ごすのならば、彼らを見るのは嫌いじゃない。むしろ、好感が持てる。だけど、そこに自分を加え考えると、違和感が浮かぶ。オレもそんな風に生きていたはずなのに、唐突に変えられた運命。そんなオレを認識せず、知らずに生きる異世界の人々。
 おかしい。おかしいはずだ。絶対に、変だ。
 だけど、俺はそれを声高に叫べない。
 どこかで怯えているし、どこかで拒絶している。
 この国を知りたいと思っているのに、知るのを嫌だともオレは思っているのかもしれない。
「祝いの三日間は、王も民の前に姿を見せる。王都の近くに住む者なら、一年に一度はその姿をと。遠くで暮らすものは、一生に一度はと。そう思うものだろう。そして、人が集まれば商売も盛んになる」
 たかが祝い、されど祭り。大事な行事。人が集うのは当然。
 何より。それがどんな人物であれ、誰だって自分の国の王様を見てみたいと思うものか。
 オレは頭の中で天皇陛下の新年参賀を思い浮かべながら、隣の男に件の王について訊いてみる。
「リエムは、王様を見たことはあるのか?」
 今、ここに居て、オレと同じ方角に進んでいるという事は。今年の祝賀祭には参加していないのだろうけど。
「オレは王都に住んでいるから、まあな」
「王様は俺達と変わらない歳なんだよな?」
「ああ、二十五になったばかりだ。他国と比べても、若いと言える王だな」
「イイ王様なのか?」
 オレの中では勝手にイメージを悪くしているが、よく考えてみれば自分よりたった二歳年上なだけの青年なのだ。実際のところはどんな奴なのだろう。
 問いの答えが、イエスでもノーでも、オレがここに居る事は変わりなく、また出来る事の範囲も変わらないのに。何故か少し緊張して伺ったそれに、リエムは「お前の暮らしはどうだ?」と逆に訊いてきた。苦しかったかと、虐げられていたのかと、つまりはそう問いたいのだろう。
 この男が言わんとしている事は、それが答えだという事で。この男は、オレが田舎であっても不自由なく暮らしていたのならば、それは王の手腕によるものだと言いたいのだろう。
 だけど、俺が本当に聞きたいのはそんな事ではなくて。
「だったら、一人の男としては、どう?」
「どう?と言われてもな」
「王都に住んでいるのなら、噂話くらい聞くだろう?」
「街の噂なんていい加減なものだ」
「リエムが見た感じなら、どう?」
「賢い男だと思う。実際、愚王でもないしな」
「この国は独裁政権なのか?」
「何だそれ。違うぞ」
「だったら、愚かかどうかなんて関係ない。王が愚かでも、周囲のお偉いさんが賢ければ国は栄える。逆に、王が聡明でも、家臣に恵まれなければ滅びる。政なんて、そんなものだろう?」
「否定は出来ないな。それで、それをわかっていて、お前は何を知りたいんだ?」
「だから、二十一と言う若さで王様になった男の中身だよ。王という飾りをとったら、どんな人物なのか」
「そりゃ、俺らと変わらないだろう。ただの二十五の男だ」
「変わらない、か」
「頭が硬いだとか、怒りやすいだとか、泣き虫だとか、子供っぽいとか。そういうのはあるだろうが、そんなものは性格の範囲内だろう。ごく普通の男さ」
「普通、ねぇ」
「ここにもし居たとしても、この中に溶け込むぐらいに普通さ」
「はぁ? ここに?」
「ああ」
「いや、それは言い過ぎ。有り得ねぇだろ」
 リエムの発言に、オレは笑いながらも相手を軽く睨む。
「田舎者はなんでも信じると思っているのか、からかうな。仮にも王様だぞ、馴染むわけがないだろう」
 一国の王が、庶民に混じるなど有り得ない。日本のように身分差がないのならば兎も角、聞きかじった程度でもこの世界は王族や神官などが政権の中枢で、地方分権は貴族が握っているようなところなのだ。流石に無知なオレだって、民の普通と権力者の普通をイコールで結んで話を鵜呑みにはしないというもの。
 ちょっと馬鹿にしすぎだと、怒ったわけではなく、若干情けなく思ってオレは息を吐く。
 けれど、リエムの顔は真剣だ。
「まさかと思っていたが、やはり知らないんだなお前」
「何が?」
「現国王は、王族の血は入っているが一貴族にすぎない家の出だ。当然、王位継承権も無かった。だが、聖獣が降臨したことで王となったんだ。次期王として城に入るまでは、普通に王都の街中で暮らしていたんだよ」
「え? そ、そうなんだ…?」
 と言うことは。王都出身のリエムと変わりない感覚を持っているということか?
 その貴族って、一体どれくらい偉いものなんだろう…?
「だから、本当に王でなければ普通の男だ」
 それ故に、歳が若い以上に非難をする輩もいるようだが、総じて民には人気がある王様だと。期待されているのだとリエムは続ける。聖獣に選ばれた男なんだからと、まるで自分の子供を自慢するような顔で笑う。
 けれど、オレは。
 庶民的らしいところに共感を覚えるのは少しで。
 そんな事よりも、聖獣が居たからこそ国のトップに立った男を危うく思う。
 それが罷り通る国を、疑問にしない世界を、恐ろしく思う。

 自ら勝ち取ったのか。それとも、座らされたのかはわからないけれど。
 聖獣を力としたこの国の若き王ならば。
 神子召喚を行うことは、やはり可能なのだ。


2008/08/25
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