君を呼ぶ世界 22


 自慢じゃないが。
 オレは他人の面倒を見るよりも、他人に面倒を見られる方が得意だ。

 いい加減見飽きるほどに慣れてきた大自然。けれど、雨上がりの景色は新鮮で、どこかひんやりとする空気が心に染みる。
 清々しいとは、こういう感じをいうのだと。二十三にして発見したオレ。
 東京なら実感出来なかったはずだと思えば、飛ばされたのがここで良かったと言えば、確かに良かったことで。
 同じようにリエムについてもまた、知り合ったのがコイツで良かったと言える人物で。
 つまり、こうして他愛ない話をしながら歩いている分には、オレには何の問題もないというわけだ。
 問題どころか、恵まれている。ある意味、オレってツイている。
「元気になったようだな」
 休憩を取ろうと足を止め、街道沿いに腰を降ろしたところで、リエムが隣に寝転がりながら言った。
 一瞬、何のことだと本気で首を傾げたが。見上げてくる顔があまりにも慈愛に満ちたもので、何を言われたのか嫌でも思い当たってしまう。そう、気落ちしていたのを見透かされていたと言うわけだ。
 …まあ、それは仕方がない。昨夜のオレはホント落ち込んでいたので、上手く繕う事も出来ていなかったのだろうし。
 でも、だからって。
 今ここでそれを指摘するのは、どうなんだ?
 どういうつもりなのかこの男。元気になったオレを再び落としたいのか?
 ……そのまま知らない振りをしておけよ、オイ。今更、面と向かって言うなよナァ。虐めか、これは。恥ずかし…。
「…あー、まぁ、その……お陰さまで」
「ホームシックか?」
「……さあ、どうかな…」
 顔を背け視線は空へと向けながら、この翻訳機能は凄いなと、英語を使う異世界人について考えてみようとするが、その逃避は許さないように背中に言葉が投げかけられる。
「村へ帰りたくなったか?」
 情け容赦ない厳しい世の中だとふざけて嘆きかけたが、背中から耳へと這い上がったそれは意外な問い。
「何だって?」
 村に? 何故?
「家族や友人が恋しくなったんじゃないのか?」
「…あぁ、まぁ、そうかな」
 ホームシックといえば、それはそうだし。帰郷を望んでも確かに当たっているのだけど。
 実際には、アンタが思うよりも大変な事態にオレはいるんだぜと胸中でオレはぼやく。
 それにしても、一体なんなのか。
 突然どうしたのかと、何を言いたいのかと肩越しにリエムを振り返ると、「お前は今のまま、ゆったりしている方があっていると思うんだがな」と瞼を落としたままそう言った。
 また、突飛な発言。
 目を閉じても男前な作りの顔に視線を置いたまま暫し考え、オレはその言葉の真意を探る。
 心細くなったオレをからかっているのかと思ったが。どうやら、田舎へ帰れと促されているようだ。
「王都へは行くなってことか?」
「王都に憧れてくる奴は多いが、勉学でも商いでも、成功する奴は一握りだ」
「何だよ、それ。だから止めておけってか? オレが挫折するのは決定事項かよ」
 怒ったわけではない。ただ、驚いて。何を言い出すのかと可笑しくて、オレはそう言ったのだけど。
 リエムは真面目に理由を述べてくれる。本心だというわけか。
「そうじゃない。ただ、環境が変われば人も変わるだろう? その歳まで田舎暮らしをしていたお前が、王都でどんな風に揉まれるのかと思うとな。何て言うか、少し勿体無いような気がするんだ」
「逞しく鍛え上げられて、今よりいい男になるっていう可能性はないのかよ?」
 自分で言っていて笑える言葉を、敢えて茶化して口に乗せると、リエムはフッと鼻で笑ったあと眼を開け「ムリだな」と言い切った。
「世の中そんなに甘くはないぞ、田舎者」
「田舎者、言うな」
「自国のこともまともに知らない奴が、贅沢を言うなよ」
「知らないから、知りたいんだ。知らないままだと、残りの人生は今までと同じだろう? なあ、リエム。心配はありがたいけどさ、泣く羽目になるのだとしても、オレは王都へ行くよ。そこが桃源郷だとはオレだって思ってないからさ、大丈夫」
 リエムは王城で働く兵士らしい。
 王都に実家があるらしいが、王城内の宿舎に住んでいるとのこと。つまり、寮生活だ。
 それでイメージするのは、日本生まれのオレとしては、自衛官とか警察官とかだ。兵士とは全然違うだろうが、本質では同じだろう。多分、きっと、厳しい職であるはずだ。日常生活の一つひとつが訓練のようで、全てが規律に則っているのかもしれない。
 この世界のことは正しくわかっているわけではないが、誰もが王城で働けるわけではないだろう。ステータスがあるのだろうその職を目指す者は多いはずだ。王城を守る兵士は、憧れの職のひとつなのかもしれない。
 だからもしかしたら、田舎から憧れとやる気を胸に抱いてやって来た同僚や後輩が、挫折して田舎に帰る様子をリエムは見てきたのかもしれない。王都に住み続けているのならば、都の穴に落ちていく人を見たことがあるのかもしれない。
 そう。リエムは本気で、田舎育ちの無知なオレを心配してくれているのだろう。地方出身者を差別する訳ではないけれど、東京のド真ん中で生まれ育ってきたオレだからこそ、それは共感できる考えだ。確かに、都会には田舎にはない苦労が多い。
 だけど、さ。
 可愛い少女なら兎も角、オレのような男相手にそれを言うなんて。気障というか、何というか。オレの事なんて、適当に放っておけばいいのに。本当に、恥ずかしい奴だ。
 でも。全然、全く、嫌ではない。
 むしろ、嬉しい。有り難い。
「なあ、リエムってさ『お兄ちゃん』だろ?」
「お兄ちゃん?」
「そう、弟か妹が居るだろう? ンで、オレのこともそういう目線で見ているだろ?」
 もの凄くそんな感じがすると訴えると、肩を竦めながらリエムは当たりだと白状した。
「五歳離れた妹が一人」
 正確には、歳が離れた兄も一人いる、三人兄弟の真ん中らしい。だが、その兄はリエムが物心つく頃にはもう働いていたので、実際には二人兄妹に近い環境だったとのこと。やはり、オレが感じる『お兄ちゃん気質』は本物のようだ。
 そんなリエムとは反対に、オレは一人っ子に近い環境だが、両親は親と言うよりも友達や兄弟といった感覚に近いので、バリバリの『末っ子気質』なのだろう。
 案外、出会ったばかりのくせにオレ達が上手くやっているのは、だからなのかもしれない。
「妹さん、美人?」
「まあ、そうだな」
「結婚は?」
「まだだ。実家で好きなことをして気楽にしているよ」
 貰い手があるのかねとリエムはぼやくが、本当は全然心配などしておらず、むしろ嫁には出したくないんじゃないだろうか。
 そう思えるほど保護者のような顔をした男を、オレは頬が弛むのをそのままに眺めた。微笑ましい。そして、可笑しい。面白い。
 これならば、昨日出会ったばかりのオレの未来を本気で心配するわけだ。オレも、お兄ちゃんと呼んでやろうか?
 あはは、名案だ!
「お兄ちゃん!」
「お前に妹はやらんぞ」
 ニヤニヤと笑いながら考えついた事を実行すると、すかさず切り捨てられた。
 いや、俺はそう言う意味で言ったんじゃないんだけど。
「違う違う、そうじゃなく、ただ単純に兄貴って感じだなと思ってさ。別に、お父さんでもいいかもしんないけど」
「良くない。何を馬鹿なことを言っているんだお前」
「オレ兄弟いないからさ。なんかそういう繋がりっていいなと思って。ホント、羨ましい」
「おいおい、恥ずかしい奴だな」
 そういうのは面と向かって言うなよと、呆れたように眉を器用に上げながらリエムはダメ出しをしてくれる。オレより余程恥ずかしい言葉を自分が言っていたことには気付いていないらしい。
 兄が妹を想うのは当然なのだから、褒められようがからかわれようが、羨まれようが何だろうが、別にいいだろう。それよりも、関係の浅い人間の人生に熱いことを語って関わる方が可笑しいだろう。恥ずかしいだろう。絶対に。
 これは、あれか? 妹を可愛がっている事がバレて照れているってやつか? それとも軍人気質で、女の話に興じるのは拙いとか? 色恋話はご法度? 兵士って、ストイックなのか? バカな体育会系じゃなく、生真面目?
 色々考えてみるが、リエムには当てはまらない気がする。オレなんかよりも断然、女と遊んでいそうな顔をしているのだから。
 だったらやっぱり、ただ普通に照れているだけか?
 まさか本気でオレが妹を狙うと思って、話題を反らす為に適当な事を言ったとか…言わないよな?
 いくらなんでも、オレは、出会ったばかりの奴に妹を嫁にくれとは冗談でも言わないぞ。そもそも、そんな発想自体浮かばないし。
「…オレが恥ずかしい奴なら、アンタは変な奴だよ」
 ハァーと溜息交じりに言ってやると、「オレのどこが変なんだ?」とリエムは意外そうな顔のまま、子供のようにコテンと首を傾けた。

 頼りになるお兄ちゃんは、意外に天然なのかもしれない。


2008/10/07
21 君を呼ぶ世界 23