君を呼ぶ世界 26
これぞ、「出会い」ってカンジ。
一昨日の昼間に出会ったので、丸二日。
改めて考えれば、たったそれだけの時間なんだけど。腹を割って話したわけでもないのだけれど。
それでも、旅の道連れ以上の関係を築けたのだと思う。
オレはリエムから知識は勿論、安心や希望、友人や世界を得た。この国を知り、それに仕えるリエムに接し。この世界の人を知り、友のようにリエムと語らい。今ここに居る自分を、それまでよりももっとこの日常に混ぜて考えられるようになった。
この世界がまた少し近くなったような気がする。
夢でもなんでもなく、確かにここに居るオレだけど。それでも異なるこの世界に近付くのは、正直に言えばまだまだ怖い。この異世界に慣れていけばいく程、生まれ育った世界と離れていくような感覚が、その恐怖がどうしても拭えない。だが、そうであっても。リエムと出会えたことで、心底から現実を受け入れてもいいように思えるようになった。
オレは相変わらず異端者であるし、ここはオレが居るべき世界ではないけれど。
この世界は、オレに居場所を用意してくれている。
たとえそれが一時的なのだとしても、それを嬉しいと、それに安堵出来るのはやはり、短い間でもリエムと一緒に過ごせたからだ。
驚くほどにリエムとは馬が合って。そのお陰で、オレの中で余裕が生まれて。
相変わらずの不安はあるけれど、それでも確実にオレはこの世界を前よりも受け入れている。そしてそれこそが、オレの力になっていくような気がする。
朝の粋な計らいで力尽きたのか。互いにあっさりと「じゃあな」で道を別れサヨナラした、オレとリエム。
それでもオレは、何度か振り返り離れていく男の姿を目で追った。
だけど、リエムは一度もこちらを見なかった。
なんだかそれがちょっと悔しくて、オレが彼女であいつが彼氏なら、マイナス一点つけるかもとか考えて。そんな事を思う自分がアホ過ぎだと呆れて。それでも、前を見て数歩も歩けば、少し心細く感じたりなんかして。
この二日でどっぷりリエムに甘えていた自分を再確認する。
大丈夫かとオレのこの先を心配していたけど、過保護だったのはどっちだよ? アンタはだからこそ、呆れてもオレに色々細かに教えてくれたんだろうけど。それでもやっぱり、オレに優しくしすぎだ。
寂しいなんて、オレに思わせるなんて。
リエムのアレが素であり、女相手でも態度が変わらないのであれば。絶対間違いなく、彼は顔や性格のわりにはもてはしないのだろう。女としては、恋人にするには少し足りない類の男だ。あとちょっとなのにね、惜しいわねぇ――てな感じの位置であるに違いない。
それでも、夫とか、子供の父親とか、そういう家族としてみれば合格であるのだろう。
恋人がいるか?既婚者なのか?なんて訊きはしなかったけれど。リエムの相手は、恋に恋するような乙女では務まらないのだろう。
不覚にも胸をかすめた喪失感を払拭しようと、当人に知られれば「余計なお世話だ」と言われるのだろう事を考え、オレは気分を切り替える。
…いや、だから。こんな事で気分を替えるのも、どうなんだと言うものなのだけど。
これじゃあまるで、オレこそが恋する乙女じゃないか。
いや、これはアレだ。吊り橋効果みたいなものだ。恐怖のドキドキを恋のドキドキと錯覚してしまうというアレだ―――って、オレは別にドキドキしている訳じゃない。この世界に来て漸く気心の知れる友を見つけてホッと息をついたところでそいつと別れて、オレにはとても大切だったと気付いて、その寂しさが恋の切なさに少し似ているな――なんてバカな発想をしたに過ぎないのだ。
だから、恋じゃない。
恋じゃないのは当たり前なんだけど、……どうしても、寂しさは本物。
「…………」
……恐るべし、異世界。
こんな落とし穴があるとは…と、いつの間にか止まっていた足をいい事に、しゃがみ込んで頭を抱えて地面に溜息を落とす。
駄目だ。予定外なルツボに陥りそうだ。
ま、友との別れは寂しいものさ。異世界十数日目の生温い生活がどっぷり染み付いた学生ならば、特に。
そう開き直る事で立ち上がり、一人で旅を再開する。
歩きながら考えたのは、友達も出来た事だしこれを機に、留学だとでも思おうかってことだ。訳のわからないところに飛ばされたけれど、現時点ではオレには何の術もないのだから、一日を有意義に過ごすにはそんなものが適切なのかもしれない。
ホームシック中であっても、人間、笑えるし楽しめるし、案外いいことも直ぐ側にあるのかもしれないし。
そんな事を考えながら、リエムはどこまで行っただろうかと思ったりもしながら黙々と歩く。
歩く、歩く。
おっ。川、発見〜。
丁度いい、休憩でもするか。
川縁に座り、冷たい水で足を洗う。痛くはないけれど癒えてはいない傷に薬を塗っていた時、人声が届いてきた。
顔を上げてみれば、少し離れたところに三人の女の子。向こうもオレに気付いたようで、互いに顔を寄せて囁きあい笑いを落とす。コソコソと感じが悪いなとか、この状況は居心地が悪いなとかいうのは全くなく、なんだかとても和んでしまう。
可愛いなァ。癒される。
愛らしいものを見て和むオレ。あからさまにニヤけてはただのエロオヤジでしかないので、軽く会釈をして視線を反らすけれど。意識は当然、そちらに向かう。
三人もオレを少し意識しながらも、遊びに来たのかそれをやめる事はせず、川の中に足をつけはしゃぎだす。流れてくる会話から察するに、彼女達は姉妹かそれに近しい間柄なのだろう。
楽しそうでいいものだと、靴を履きながら視線を向けた丁度その時。一番小さな女の子がぐらつき、川の中へ派手にダイブした。
滑って転んだようだ。痛そうだ。
って、大丈夫なのか?
気にしつつも靴を履く。視界の中では、二人の姉が笑いながらも手を伸ばし、妹の手を引いて立たそうとしている。
だけど。
「ウソだろ…!?」
少し水面に出た少女の身体が、再び水に沈んだ。
意思のない人形。
悲鳴が当たりに響く。
オレは立ち上がると同時に走りだし、三人目指して川へと飛び込む。水深は余りないが、流れは意外と速い。バシャバシャと音をたてながら進むが、思うようには動けない。そんなオレの目の先で、二人の女の子が川の中で座り込み、妹を抱え上げようとしている。
「顔だけでいい! 頭だけ支えて水の外に出して!」
オレの声に、二人が振り返った。一人が素早く反応し、身体を移動させ妹を後ろから支えるようにして水面に顔を出させる。
近付いたオレは兎に角、大丈夫だから落ち着いてと蒼白の二人に言い、震える腕の中にある少女の身体を抱き上げる。とりあえず、川の中ではどうにもならない。
「この子は大丈夫だから、君達も落ち着いて。転ばないように気を付けて」
ずぶ濡れの二人を促し、岸へと上がる。
肩に担いで運んだ少女は、下ろそうとすると同時に意識を取り戻し、俺の腕の中で盛大に咳き込み身体を痙攣させた。姉達は驚き小さな悲鳴を上げるが、オレは安心し体から力が抜ける。
「リコッ!」
「リー…、リー!」
オレの腕から奪うように、二人の姉は妹を抱きよせ名前を呼ぶ。
「意識が戻ったのなら、ひとまず安心だ。水もそんなに飲んでいないだろうしね」
掛けた声に振り向いてオレを見た姉の一人が、強張った顔ながらも深く頷いた。その顔に、安心するよう笑みを返す。
身体を丸めて咳いていた少女は次第に落ち着き、今度は声をあげて泣きはじめた。多分、まだ十歳程だろう。自分の身に何が起きたのか良くわかっていないのだろうが、今になって恐怖が沸いたようだ。あと、安堵した涙もあるのだろう。
「怖かったな、だがもう大丈夫だ。よく頑張った」
声を掛けながら、姉の胸に顔を埋める小さな頭を撫で、そのまま手を背中まで滑らせる。後頭部に膨らみはない。内出血があるのならば、直ぐに回復しない気がする。きっと、転んだ時に背中を強打し意識が飛んだのだろう。
元気な泣き声を聞きながらそう判断し、少女が落ち着くのを待つ。
「リー、大丈夫? どこか痛いところはない?」
「……せ、なか」
姉のひとりが確認すると、背中が痛いと擦れた声で妹は訴えた。ビンゴだ。だが、楽観視は出来ないだろう。背骨の損傷は怖い。
「手足が動くのならば大丈夫だろうけど、打った場所が場所だし、暫くは様子をみないとな」
「あ、あの、ありがとうございます」
「ありがとうございます」
姉二人がオレに頭を下げた。腕の中で妹がじっとオレを見る。
「あー、いや、どうもご丁寧に…」
今更だけど。不謹慎だけど。
濡れ鼠の格好でも、三姉妹はなかなかの美人である事に気付き、受け答えがおかしくなる。…ダサい、ダサすぎるぞオレ。
「……えっと、君達、この辺に住んでいるの? 送っていくよ」
その格好では人目も気になるだろうし、危ないし。何より、妹さんを運ばないとね、と。
まるで言い訳のような言葉を並べるオレ。やっぱりダサい。
けれど、じっくりとオレを見て無害と判断したのか。腕を出すと、少女は素直にオレに体を預けた。
「じゃ、行こうか」
笑いかけると、腕の中の子供は照れたように視線を伏せる。
これだよ、これ。
リエムには悪いけど、知り合うのはお兄さんじゃなく、やっぱりお姉さんの方がイイ。
2008/11/06