君を呼ぶ世界 27


 両手どころか、手に余る花に囲まれたこの状況。
 リエムに自慢してやりたい。

 近くに家族が居るからとの言葉と、何も持たない身軽な格好に、地元民かと思ったが。
 三人はオレと同じ、旅人だった。
 もっと正確に言えば、舞や歌を披露しながら各地を回っている旅一座で。今も、近くの村への移動中らしい。そして、これまたオレ同様、休憩がてらに三人だけで川に遊びに来ていたようだ。
「こんな事になるのなら、大人しく皆と居れば良かったわね」
「お父さんに叱られちゃうわ」
 一歩後ろを歩く姉二人のそんなボヤキに、腕の中で少女がビクリと震えた。見れば泣きそうな顔をしている。責任を感じているのだろうか。
「どうした?」
 悪い事などしていないのに申し訳なさそうな眼を覗き込み、ワザとその視界を遮ってやると、少女は少し驚くように目を張り、どこか照れたように俯いた。それでも、小さな手はオレの腕をしっかりと握ったままで。
「何だよ、もう。可愛いなァ〜」
 思わず抱き締め、オレは自分の顔を小さな頭にスリスリと擦り付けてしまう。過剰なスキンシップを自覚しつつもやめられない。小動物のように可愛いのだから仕方ないだろう。
 それでも、変態のレッテルは遠慮したいので数秒で離れるが、濡れた金髪がオレの顎に張り付いて。
「あはは、ごめん。ん? とってくれるか?」
 驚きで固まっていた少女が何とか復活し、控えめに笑い返しながら細い指でオレの顔から髪を剥がす。そんな、ひとつひとつの仕草がまた愛らしい。
 かなり危ないと思えるオレさえをも真っ直ぐと見る小さな顔にある大きな眼は、真っ青で。まるで、セルロイドの人形のようだ。
「リコは大きくなったら、お姉ちゃん達より美人になるかもなぁ」
「まあ! メイったら!」
「え? …あ、ご、ごめん!」
 いつの間に並んできていたのか。無意識に呟いた言葉に対して真横から驚きの声が上がり、オレは慌てて謝罪を口にする。これでは、誤解を生じかねない。それでなくても、さっきからヤバイほど、目は垂れ下がっているのだろうに。
「勿論、ラルもキィマも素敵だよ。リコも、今よりもっと綺麗になるなと言いたかっただけで、誰がどうとかじゃなく、ね? ――って、そんなに笑わなくても…」
 必至になったオレに呆れたのか、何なのか。姉二人がクスクスを通り越し、アハハと声を上げて笑い始める。
 ちょっと、ビックリ。でも、怒られなくて、ホッ。
 だけど、やっぱり、笑いすぎじゃないか?
「あのねぇ。美人三姉妹を前にしてあがったのよ、オレは。可愛いものだろ? だから、もうあんまり笑わないで。許してください」
 何だか凄く照れる、恥ずかしい。
 可愛いし微笑ましいのだけれど、やっぱり女の子でも、女は女だ。こういう時、男は歯が立たないというか手に余るというか……負けるしかない。
「リコ。お姉ちゃん達、ちょびっと意地悪だよ…」
 よいしょと抱え直しながら腕の中の少女に助けを求めると、ジイィッと間近から強い視線を向けられた。
 何だ?
「リコは男の子よ、メイ」
「…へッ?」
「あと。私たちは家族だけれど、血の繋がりはないのよ」
「は?」
「メイが誤解するのは当然だと思うわ。私も、リコはとても美人な大人になると思うもの」
「そう、私達なんかよりもずっと綺麗にね」
「…男の子?」
「自慢の弟よ」
 ねぇーと、ラルとキィマが目を合わせて頷きあう。
「……そうだったんだ」
 血の繋がりは兎も角、男の子とは。
 だけど、スカートをはいているのはどうしてだ? この国では子供の衣装はこれなのか?
 恥じかきついでに聞いてみれば、似合うからつい自分達の古着を着させてしまうのだと開き直るように二人はまた笑いあう。どうやらこの少女達も、リコが可愛くて仕方がないらしい。
 そんな風にモテモテである腕の中の少年は、いつの間にかオレから視線を外して前を向いている。……もしかして、怒ったのか?
「リコ、ごめんな」
 両手は塞がっているので、顎の先で小さな頭を撫でる。
 俺が得た翻訳機能はもの凄く高性能だけど。流石に、男名なのか女名なのかまでは教えてくれない。だから、間違ったのは許して欲しい。
「リコ? リーコ」
「…………」
「…参ったな」
 つい零れた言葉に、並ぶ二人がまた声を上げて笑う。いやはやホント、負けるしかない。
 二十歳前後で、オレとそう変わらない年かと思っていたけれど。案外、この二人はもっと若いのかもしれないと。ラルとキィマが幾つなのか少し気になったけれど、女性に歳を聞くのは失礼だというよりも、聞けば俺も言わなければならないだろうと思うと聞き難くて。ま、何歳でもイイかと、知るのはやめておくことにする。
 オレが二十三歳だと知れば、このお嬢さん達は驚くと同時に、同じくらい笑うだろう。そうは見えない、思えないと。
 笑われるのはいいけれど、その対応も処理も、オレには上手く出来そうにないし。うん、疑問のままで置いておこう。
「なんだお前ら! どうしたんだ?」
 オレがひとりでそんな納得をした時、不意に大きな声が飛んできた。
 視線を向けた先、少し道から外れた木の下に、荷馬車と二人の男が居て。
「あ、お父さん!」
 それが誰なのか理解する前に、ラルが手を振って駆け出した。服が纏わりつくのだろう、パタパタと子供のように走る。
「……」
 ラルが近付くに連れ、男二人の顔色が代わった。若い方が、素早くオレにガンを飛ばしてくる。
 あの格好だ。まあ、当然だろう。
 だが、これも当然と言うか、その敵意も数十秒のことで。
 ラルから事情を聞いたらしい二人は、近寄ったオレに感謝を示した。いやはや、イイ人で良かった。
「ほら、あんた達は早く着替えなさい」
 世話になったありがとう、いえいえそんな、あんたが居てくれなきゃどうなったことか、たまたまですから――なんて、言葉を遣りあうオレの腕でリコがぐずったと思ったら。
 どこからか現れた女性が、三人をそう言って呼んだ。腕から降ろすと、リコが一目散に掛けていく。…おいおい、それは何だか寂しいぞ? 懐いていたのは何だったんだ?
「アンタも濡れているな」
「え? ああ、ホントだ」
 振り返りもしない小さな背中を見送っていて受けた指摘に、オレは素直な子供のように自分を見下ろし苦笑する。川で濡れたのは足と腕だけだったが、全身ずぶ濡れのリコを抱えたので、オレもまた前だけベタベタだ。リコにとって、オレはタオル代わりになっていたのだろう。
「着替えを用意しよう」
「いや、大した事はないんで、いいです。そのうち乾くから大丈夫ですよ」
 首と手を一緒に振るが、遠慮するなと腕を引かれる。
 結局、オレは着替えを借り、お茶までご馳走になってしまった。
 自分の服と三人姉弟の服が仲良く揺れている側で、オレは大人三人からやんわりとした身元調査を受ける。
 ……なんだかなァ。
 そりゃ、大事な娘達を助けたとはいえ、どこの誰かもわからない男に警戒は必要なのだろうけど。だったら、ありがとうサヨウナラでいいだろ?
 オレなんかを探る意味はどこあるのだろう?と、笑顔で対処しつつも首を傾げていたオレに、尋問を終えたらしいオヤジがサラリと言った。
「良かったら、途中までワシ等と一緒に行かないか?」
「ハイ?」
「公演の関係では、王都に着くのは徒歩での予定より数日遅れるかもしれないが。そう急ぐ旅でもないのだろう?」
「まあ、そうですけど…」
 確かに、そう言った。旅にも慣れていないとも言ったし、一座の舞台に興味があるとも言ったけど。
 それで誘いますか? オレが危ない人だったら、どうするの?
 それとも、オレくらいの奴ならたとえ悪さをしても、自分達で簡単に仕留められるから危険はないと判断したということか?
 ……って、これはリエムに対しても思ったな。
 そんなにオレって、無害そうなのかな?
「勿論、飯はつける。その代わり、手伝いはしてもらう。どうだ? 悪くはないだろ?」
「でも、迷惑でしょう」
「迷惑なら誘わんさ」
「男手があるのは歓迎だよ」
「なんなら、舞台にあがるのもどうだい?」
「いや、ちょっと、それはムリかと…」
 オレとしては、単純に人と一緒に居るのはありがたいので、願ってもない事だけど。だけど、やっぱり、そこまでのお邪魔は出来ないだろうと遠慮しかけるが。三人はどうも勝てそうにはなくて。
 それまで大人のなりゆきを見守っていた三人姉弟も、オレを歓迎するように脇を固めてくる。
 リコが来て、無言で抱っこを要求した。
 6vs1。
 やっぱりこれもまた、負けるしかないようだ。
「じゃ…、暫くお世話になります」
 よろしくお願いしますと、幼子を腕に抱いたまま、オレは腰を深く折り頭を下げた。
 六人の笑顔が、温かい。

 今朝の心細さはなんだったのか。
 早くも、オレは新たな旅の仲間を手に入れた。


2008/11/14
26 君を呼ぶ世界 28