君を呼ぶ世界 32


 人生とは、楽しんでこそ意味がある。

 皆が喜んでくれるのをいい事に、調子に乗って請われるままに童謡や唱歌を歌い続けたオレ。案外、子供の頃に覚えた歌は忘れないもので底を尽きず、喉が痛くなるまで頑張ったけれど。
 勢いとは、怖いものだ。終わってみれば、とてつもなく恥ずかしい。
 先の約束通り、三姉弟の綺麗な歌声を聞きながらも、つくづく感じたのはそれだ。知らない歌は暇つぶしくらいにはなったのだろうけど、素人以上に素人な、お粗末な歌声では申し訳なささ全開だ。
 それでも、馴染みのない歌を提供出来たのは良かったと思う。彼らにその意識はないのだろうけど、オレとしては、この世界にこうして異なる世界のものを溶け込ませられるのは単純に嬉しい。
 オレの存在で、少しでもこの世界に変化が起こるのならば。
 そこに、意味が見出せるような気がする。
 オレが、ここに来て、ここに居る意味が。
 そんなこんなで。思わぬ展開に、それでも小さな光を得た日中はあっという間に過ぎて。
 夜遅くに目的の街に到着。
 朝は慌しく出発したが、それ以降は、オレは荷馬車の荷台で揺られて歌っていただけであるにもかかわらず、一座の誰よりもクタクタで。早々に休ませてもらったのだけど。
 身体を横たえてもなお、揺れは続いている。完璧に、三半規管がいかれている。
 身体はぐったり。でも、眠れない。休みたい。だけど、横になっていると、寝床の上でまで酔ってしまいそうな勢いだ。
 うーん、困った。大変だ。厄介だ。そう唸りつつも、どうにかウトウトとしていたらしく、気付けば朝だった。眠った気はしないが、少しは寝たのだろう。起き上がってみれば平衡感覚も正常で、存外、休めているらしい。
 まだ早い時間なのだろうが、早くも座長が興行の準備に取り掛かっていた。この街には今日と明日の二日間留まり、昼夜二回ずつ公演をするらしい。
「早いなメイ。どうした、やっぱり行くのか?」
「違う、目が覚めただけだよ。何より、オレが黙って出て行ったら泣く子がいるから」
 そんな事はしないよと、オレは座長に肩を竦めてみせる。
 昨夜、到着と同時に、この街から王都までは徒歩で一日なのだと教わった。だから、朝発てば明日の夜には王都に入れるぞと、座長は世間話の雰囲気で、けれどもどこか真剣にそう言ってきた。まるで、まだ自分達に付き合うのか?と確認するようなそれに、オレは急がないからと首を振った。
 旅一座の次の目的地には、オレは同行しない。この街を出て少し行けば、オレと彼らの道は別れる。最後の二日間をなくしてまで王都に駆け込みたい理由はない。むしろ、一座の公演がこのまま王都周辺であるのならば、もっと一緒に居たかったくらいだ。
 だから、もう一度確認するかのように。からかいを含みつつも問うてきた座長に、オレはまだ厄介になりたいのだと告げる。
 心配はいらないとの思いを込めて。
 貴方がオレに教えてくれた事は、オレにとっては必要なものだから。だから、それを間違いにするつもりはないと。オレは大丈夫だからと、多少の不安を抱いているのだろう男を真っ直ぐと見つめる。
 来訪者を一座にもつ苦労は、多分オレが想像するよりも大きいのだろう。
 この人の肩には沢山のものが乗っているのだ。それでも、この人はこうして彼らを守っている。そして、それ以上にまだ、誰かに手を差し伸べる事が出来るのだ。
 異世界に飛ばされ、取り乱し狂う事もなく、自分としてはこれ以上もなく頑張っていると思っているのだけど。やっぱりオレはまだまだだ。オレはまだ、自分の事だけしか考えられない。意識せず誰かを守る事など出来そうにない。
 二十三歳。
 大学の中では意識する事は全くなかったこの歳も、ここでは少し情けなさを覚えるものだ。オレは全然、子供だ。苦笑しか零れない。悔しく思うにはまだまだ遠すぎる。
 座長が始めていた作業を手伝っているうちに、ひとり、またひとりと、早起きな街人が声を掛けてくる。それに混じるよう一座の皆も集まり、一仕事を終えてから揃って朝食を取る。
 昼までは興行の用意や雑用を手伝い、昼の舞台の後、三姉弟と共にオレは街の散策をすることにした。王都に近いだけのことはあり、思った以上に賑わう市場をひやかして回る。
 やはり女の子なだけあって、ラルもキィマもキャッキャと騒ぎながら店と店を飛び回る。始めの頃は同じように、二人に腕を引かれてついていったオレとリコだが、今は彼女達の後をのんびりと追っている状況だ。少女達はもう、反応の薄い男供には構っていられないらしい。
 この世界に来てまだひと月も経たないオレにとっては、彼女たち以上に見るもの全てが新鮮だ。だがそれでも、一応は年長者として、辺りに気を配る方を優先させる。数件先の露天ではしゃぐ二人に、右手で繋がった少年。もし、何かあったら、オレが守らねばならない存在。
 リコを抱き上げながら、責任感はまだそんなにも備わっていないのだろうけど、こういうのもいいよなと単純に思う。自分が守るべき誰かがいるのは、思う以上にいい。それだけで、自分の存在を確かなものに出来そうだ。
 そんな風に思う初々しい感覚が似ていたのか。何故か初めて付き合った彼女を思い出していたオレの前で、追いついたばかりだというのにラルとキィマが道向こうの店へと掛けてゆく。落ち着き皆無だ。
「舞台の上でよりも飛び回っているなァ」
 腕の中の少年に同意を求め、苦笑しながら露天を覗く。彼女達は何を見ていたのだろうかと見れば、そこには綺麗なアクセサリーが沢山並んでいた。財布なのか小物入れなのか、小さな雑貨もある。
 その中でオレの目に付いたのは、飾り紐とでも言えばいいのか、アジアンノットのようなものだ。ブレスレットや髪飾りなどになっているものもあれば、小さな石をつけキーホルダーのようになったものもある。店主に聞けば思った通り、小物ならば男性が持ってもおかしくないとの事。
 一座の面々に何か御礼になるものはないかと考えていたオレはその答えに、これにしようと決める。お礼なのだから、勿論手作りだ。何よりその方が懐に優しいしなと、先に覗いた雑貨屋まで戻り、適当な紐を購入する。腕の中でリコがそんなもので何をするのかと不思議そうにしていたが、秘密だと笑って誤魔化す。
 高校の家庭科の授業で花結びをやったのをきっかけに、ストラップやミサンガを沢山作った経験がある。だが、もう何年も前の事だ。覚えているだろうか。細かい作業は大好きなので、あの頃はホント馬鹿のひとつ覚えのように大量生産したのだけど。
 夜になり、皆が休んでから、オレは荷馬車の外で作業を開始した。一応、荷台で休む座長には言ってある。そうでなければ俺の行動は不信を招くだろうし、このプレゼントに効果があるのか不安でもあったので、だ。座長は、娘達は喜ぶだろうと太鼓判を押してくれた。それと同時に、根は詰めるなと気遣いもしてくれた。
 暫く、ああでもないこうでもないと試行錯誤を繰り返したが、形になり始めると次々と作り方を思い出す。この編み型だと螺旋状になるはずだ。これは一色でいい。だけど、玉はやっぱり色を組み合わせる方がいいから、考えて色を選ばないと。
 適当に買った紐を並べ、赤とピンク、青と水色、黄色と黄緑、あと白も入れた方がいいかなと、あれこれ入れ替えながら気付く。そうだ、接着剤が必要だった。明日買いにいかないと。いや、まずは座長に聞いてみようか?
 玉にするのは明日で、今夜は思い出したものだけでも編んでみよう。
 熱中すると周りが見えず、自分の事は後回し。そんなオレは星明かりの下で作業に没頭し、気付けば夜も更けきり、朝の匂いが漂ってきそうな時刻になっていた。徹夜は駄目だ、座長に叱られる!と、オレは慌ててコソコソ荷台に入り込む。
 だけど、何だか久し振りに充足感を覚えていて、直ぐには寝付けず。
 それでも、いつの間にか寝ていたらしく、次に気付いたのは朝ご飯だとのリコの声でだ。
「……おはよ、リコ。ありがと」
 答える声が若干死にかけ。流石に、眠い。
 だがそれでも、楽しい。心が弾む。
 寝不足など、取るに足らないことだ。

 はい。オレってこういう奴です。現金です。
 昔から、好きな事にはとことん弱いのだ。


2008/12/11
31 君を呼ぶ世界 33