君を呼ぶ世界 33


 どんどんオレはこの世界と繋がっていく。

 荷台で身を乗り出すようにして並んだ三姉弟が、大きく手を振っている。先程抱き上げた時は口を真一文字にしていたリコも、オレの名を呼んでくれている。
 もう見えないけれど、遠ざかる彼らの手首や髪ではオレが贈った花結びのアクセサリーが揺れているはずだ。
 座長の言った通り、皆がそれを喜んでくれた。子供達ばかりではなく、大人達もだ。少々不恰好でもあったそれを、彼らも丁寧に受け取ってくれた。
 座長やケマーサにはシンプルな左右結びや平結び。女性人には華やかな淡路つなぎ、色違いで数本つければお洒落な稲穂結びやこま結び。リコには面白くて可愛いむかで結び。舞台に立つ時は邪魔になるだろうから、ブレスレットは釈迦結びの玉で簡単に取り外しが出来るようにした。ストラップは応用が利くよう、長めのものと短めのものを。余った紐で適当に作った小物は、ラルやキィマが髪留めに組み込んだり服につけたりと、器用に活用してくれた。
 そして。
 オレの腕にも、願を掛けたミサンガ。切れやすい方がいいと、余り編みこまないかごめ結びで作ったそれには、旅一座との再会の願いを込めている。王都での興行はもっと大きな座が担い、彼らのような小さな一座は地方専門だとのことらしく、王都には年に一、二度寄るか寄らないかでしかないようで。そんな彼らと、これからどうなるのかわからないオレとの再会は難しい。だけど、運が良ければ会えない事もないはずだ。
 見えなくなった荷馬車に上げていた腕を下ろし、反対の手でミサンガごと手首を握りこむ。
 今度はもう少し、年上らしく振る舞えるようになっているから。また会おう。
 彼らの旅が、平穏無事でありますように。嬉しい再会の時がきますように。
 そう、だからオレも頑張ろうと、踵を返し街道を進み始める。
 半日足らずで王都に辿り着く道なだけあり、人通りは多い。馬に馬車に徒歩にと違いはあるが、上りも下りも同じくらいの交通量だろうか。もう祝賀祭の名残でも無いだろうに、流石だ。王都に近付いている感じがヒシヒシと伝わってくる。
 そうして、滅多に人と擦れ違わない田舎道とは違い、こうも人が多ければそれに飲まれ流されるというもので。
 今まで以上に速いペースで進んだオレは、あっという間に目指し続けていた王都へと着いたのだけど。
 そう簡単に、ゴールとはいかないもので。
 王都に入れば、どこからでも王城が見える。まずはそれを目指し、王城の下に来た辺りで道を尋ねればいいとオレは座長に教えられていた。王宮は小高い丘にあって王城はその頂に建っているらしく、リエムに紹介された店は繁華街であり、所謂城下町にあたるようなので、座長は単純だが明快な教え方をしてくれたのだ。そこまで行けば兵士も多く、道くらい教えてくれるだろうと。
 だから、全然安心していたのだというのに。
 実際には、王都への入口には武装した立派な兵士が立っていて、聞いていなかったオレはかなりビビるはめになった。通行手形でも要るのかと焦った。けれど、結果としては何事もなく、普通に通れた。良かったと、立っているだけなのかと安心したのも束の間、目の前に広がるのは木々ばかりで城など見えない。緑以外で見えるのは、少しの空だけだ。
 ざ、座長〜ッ!と、若干半泣き状態で、適当な説明をしてくれた男にそれでも助けを求めるよう心で叫んだのは言わずもがなだ。
 迷子だけは避けたいと、多くの馬車が向かう方を選びとりあえずオレは追いかけてみることに。本当は後ろの兵士に聞いてみるのが一番だとわかっていたけれど、振り返ってみれば彼らは荷馬車を止め点検しているようで、その中に入り込む勇気はオレになかったのだ。
 しかし。かなり情けなくあるが、それでもその選択は正しかったのか。暫く進んで辺りがひらければ、遠くに城が見えた。壁は、白なのかクリーム色なのか薄茶色なのか遠すぎてはっきりしないが、薄水色の空の中で屋根の深い青が映えている。間違いない、アレが王城だろう。
 小高い丘と言うよりも、それは小さい山と思えるもので。思い描いていたよりも高いそれに、アレでは確かにどこからでも見えるのだろうと座長の説明を納得する。それでも、正しくは、森を抜ければ見える、だ。だから、今通ってきた道が城下町への正しいルートであったのか怪しいもので。簡単すぎる道案内に、今更ながら内心で溜息を落とす。
 座長。案外、適当な人だったんですね…。
 けれど、この世界ではこれくらいで普通なのかもしれない。小さな画面に3Dで地図が表示される便利さを知っているオレは、不便さを嘆くよりもまず、このアバウトな感覚に慣れなければならないのだろう。……いい教訓になったと思っておこう。
 つくづく、オレはホント、良くここまで来られたものだと。自分の運の良さと、出会った皆に感謝しながら、オレは王城を目指して歩く。
 歩く。
 ただ、歩く。
 旅一座と別れたのは昼前だ。それは朝のおやつくらいの時間で、王都の門を潜ったのは昼のおやつぐらい。結構早く着いたなと安心しかけたものだが、ここからが長いらしい。まだ遠い青い屋根を見ながら休まず歩く。
 集落を幾つか抜け、賑やかになり始めたと、城下町に入ったかと感じ始める頃にはもう辺りは暗くなっていた。
 何人かの兵士や街人に道を聞き、漸く紹介の店に辿り着いた時には、すっかり夜も更けきっていた。前を通ってきた酒場の中での様子を窺い知るに、もう人を尋ねるには不適切であろう時刻のようである。
 だが、寝静まった田舎なら兎も角、王都の繁華街だ。大丈夫だろうと、そろりと扉を開け、顔を突き出すようにして入口から店内を覗く。正面にあるカウンターの向こうの厨房は、もう片付けているのかシロッとしている。だが、客と思しき男が二人、隅の席に座っていた。テーブルには幾つかの皿。閑散としているが、営業中のようだ。
「こんばんは。あの、ここの女将さんはどちらに?」
 足を進めながら訊ねたオレを、男二人は上から下まで眺めてくる。二人とも、三十代前半といったところか。肉体労働でもしているのか、いい身体をしている。
「旅人か?」
「えぇ、まあ」
「宿なら他を辺りな、ここは食堂だ」
「その食堂も、とっくに閉店だぜ。行け」
 シッシッとまるで犬でも追い払うよう、男の一人が手を振った。ただの客であるのだろうに、なかなか失礼だ。旅人と見抜いておいて意地が悪い。だが、まあ、こんなものだろう。ここが所謂『都会』であるのならば、それこそこれが普通。
「別に、宿を探している訳じゃない。探しているのは、ここの女将さん」
「しつこいぞ」
「そう言われても、困ったな」
 小さく首を傾げ苦笑を浮かべると、黒髪の男の目が細まり、赤毛の男は溜息を吐いた。意味がわからない客だ。
 っていうか、客、だよな?
 いや、閉店時間を過ぎているのなら、もしかして従業員か?
「お前どこから来たんだ」
「ガリジャって村の近くだけど…?」
「ド田舎者か」
 フンッと鼻息までつけて落とされたそれは、明らかに侮辱なのだろうけど。あそこが田舎なのは真実だし、オレ自身そんなに馴染みもないしで、拾い上げて投げ返すなんて気には到底ならない。
 それよりも、この男達だ。何故、女将に引き合せず、追い払おうとするのだろう。特に、黒髪。番犬か?
「えっと、貴方達はこの店の方ですか?」
「そうだ」
「アンタは違うだろう、嘘を教えるんじゃないよ」
 オレの問いに頷いた黒髪の言葉を、即座に否定する声が後ろから届いた。振り返ると、四十前後の細身の女性がそこに居た。女将、なのだろう。思っていたよりも若い。だが、そんな事よりも、早くも休んでいたかのような格好にオレはバツの悪さを覚える。
 やはり、訪ねるには遅すぎたのだ。だったら、男達が牽制するのも当然だ。
 折角のリエムの好意を、オレが無駄にしてしまってどうするよ、情けない。
「や、夜分遅くにスミマセン。オレは、その、怪しいものではなくて、ですね。えっと、」
 お休みなら明日また出直しますと言わねば。こんな時間に訪ねた訳を説明せねば。いや、まず謝罪か、お願いか。
 伝えねばならないことが沢山で、それらが一気に飛び出ようとしたけれど。情けなくも優先順位を決められず、それらは無様にも喉で詰まる。
「あの、その、実は、」
 ああ、そうだ。手紙だ、リエムの手紙を渡せばいいんだ! ――って、オイ! さっきまで持っていたのに、どこへやったんだオレ!?
 落ち着きを無くし、あたふたするオレに、女将がゆっくりと近付いてくる。
「意外と早かったじゃないか」
「へッ?」
「よく来たねメイ、『桔梗亭』へようこそ」
 歓迎するよと笑った女将の顔は、とてもかっこいいものだった。

 ――じゃなくて。
 何でオレの名前、知ってるンすか?


2008/12/19
32 君を呼ぶ世界 34