君を呼ぶ世界 49
この国の人々は、ちゃんとオレに優しいけど。
ふたりにとってはどうなのだろう。
そんなにオレが嫌いなのか、よほど暇なのか。
食事を終えた虐めっ子は、庭までオレを追いかけてきて再びネチネチと。
オレは当然、無視。っで。それで飽きれば良いのに、続けていたものだから。
女将さんに見付かった。
案の定、「子供の前で大人気ない事をしてるンじゃないわよ!」と一喝されて、虐め終了。
その後は、女将さんの目を気にしてか、手持ち無沙汰になったからなのか、何なのか。何故かラナックはリュフの相手をし始めた。
お前は一体、何がしたいんだ…。
警戒を持っているはずのリュフと、子供の相手など似合わないラナック。遠めに見る分には意外に仲良くやっているので、無闇に首を突っ込めないのだが。二人の様子に、オレは内心で大きな溜息を吐く。なんて言うか、正直ちょっと複雑だ。
言葉を指摘され最初は少し戸惑いもしたが、リュフとは上手くコミュニケーションを取れている。人懐っこいチトは兎も角、警戒心の強い少年が自分に気を許してくれたのは、オレの努力もあり、リュフ自身の努力でもあり、これは互いが築いた関係だ。大袈裟だが、何となく達成感みたいなものまでオレは感じている。
それなのに。
あっさりと、少年と上手くやっている虐めっ子。その虐めっ子と遊んでいる少年。
はっきり言って、余り面白いものではない。自分が努力した数日はなんだったのか…。
「どうしたの?」
「メイ、固い顔してるぞ」
長椅子に座り、目前でお手玉で遊ぶチトとリエムを通り越し、庭の端で組手らしきものをしているリュフとラナックを見ているオレにそんな言葉がかかる。う〜ん、睨んでいるようにでも見えたか…?
「心配するな。あいつも流石に子供まで虐めない」
「いや、心配っていうか…」
どちらかと言えば、嫉妬だ。独占欲ではないけれど、お気に入りの少年が自分が苦手とする男と遊んでいるのが何ともなぁ。
なんて、流石にはっきりと口にするのは憚れるので。気になるだけだとの素振りで流し、オレはアニマルお手玉を持っている幼子を手招きで呼び寄せ、その身体を掬い上げ自分の膝に乗せる。
小さな手に手を添えて、ふたつみっつとお手玉を放り投げて落とさないようまわしてやると、チトは声を上げて喜んだ。
予想通りチトはお手玉遊びはまだ殆ど出来ず、女将さん作成のそれはぬいぐるみと化している。因みに、オレが作った豚と言うのも躊躇うような物は、リュフのフットバッグ用となって毎日蹴られまくっている。
チトと一緒に暫くそうして遊んでいると、ラナックが「先に戻る」と一言リエムに声を掛け帰っていった。オレは当然無視されたけど、最早気にならない。絡まれる方が厄介なので、無言で見送っておく。
それにしても。ホント、子供の扱いが上手いとは。意外な一面を見せてくれるぜ、騎士さま。
案外、虐めっ子なくらいだから、八歳の子供とは精神状態が近くていらっしゃるのかもしれない。
そう納得して、気を取り直してリュフのフットバックの練習に付き合っていると、それを見ていたリエムに器用だと褒められた。だが、やってみろよと促せば、リエムは二度三度のリフティングなら直ぐに出来るようになった。流石、こちらも兵士さま。運動神経もセンスも抜群なようだ。
「さて、俺も仕事に戻るか」
リエムの言葉でハタと気付き、オレは慌てて厨房に顔を突っ込む。
「ス、スミマセンッ! オレ、あの…!」
仕事をせず遊んでしまった!と焦ったのだが、オレのそれは女将さんがきちんとしてくれていた。加えて、謝るオレに気にする必要もないとまで言ってくれた。あぁ、重ね重ねスミマセン。…っで、あの。済みませんついでと言っては何ですが、今言うのはタイミングが悪いし、オレとしても気まずいのだけれど、リエムが帰る前に確認をしないとダメなので…と。明後日昼から休みを貰えるかと覗えば、それもあっさりと許可が出た。
女将さん、太っ腹。いや、男前というべきか。ありがとうございます。
ペコペコとオレが頭を振っていたら、リュフとチトが帰ると挨拶をしてきた。
ふたりにお裾分けする料理を渡され、「送ってあげな」と女将さんに追い出されるようにリエム共々食堂を出たのだが。
「…帰れるから、いい」
表通りを幾らも進まないうちに、リュフに拒否された。
「そうか? じゃ、これちょっと重いから気を付けて。また明日な」
土産を渡すと、リュフは少しの間じっとオレの顔を見たが特に何も言わず、チトを連れて路地へと消えた。
遠慮ならば、オレも押し通すのだけれど。リュフのアレは間違いなく拒絶なので引くしかない。
住んでいるところを、その家族を知ったところで、オレは何もしないし出来ないのだけれど。それで安心出来るのならば、オレに彼らの生活を暴くつもりは無い。
「行こうか」
「俺も送ってくれるのか?」
帰らなくても大丈夫かと気にしてくれるリエムに、途中までだよと断り並んで歩みを再開する。先程覗った厨房の様子からするに、店が開くまでに戻れば問題はないはずだ。
「いい子達だな」
「だろ? 苦労しているのだろうに、とても素直で可愛いよ」
「ギュヒ国か…」
「よく知らないけど、大変な国みたいだな」
「そうだな。軍事国家というより、近年は侵略国家という方が正しいくらいだ。尤も、今は領土を広げるよりもする事があるようだ。内乱を押さえるのに苦労していると聞く。まあ、自業自得であるんだろうが…力のあるギュヒが揉めれば、混乱は国内に留まらないだろうから他国も気が抜けない」
「そっか…、マジ大変だな」
流石、王宮勤めなだけあって市井の噂よりもリアルな情報だと、前を見て歩くリエムの横顔をオレは眺める。
この世界に来て、オレは沢山の事を知った。だけど、まだまだそれはほんの一握りの事に過ぎないのだ。
こんなオレに出来る事は、何もない。
あのふたりに対してもそうだし、他の誰かに対しても。
「なあ、リエム。オレよりも色んな事を知っているアンタに聞くんだけどさ。この国をどう思う? 暮らし易いか?」
今までオレは、自分はここで何をしているんだろうなぁと溜息をついていただけだけど。それでもオレにもこの世界で出来る何かはあるのかもしれないと思いながら、男前な横顔に問い掛ける。
あるのならば、それをしたい。
「ギュヒ国と比べれば、そりゃあな。だが、誰に対してもいい国だとは言えない。他国に誇れるところは沢山あるが、改善するべきところも同じくらいある」
「この国に生まれて良かったと思う?」
「ああ、勿論だ。それに、俺はこの国がもっと良いように変わると信じている。だからこそ、俺は国に仕えている。キース王は必ずこの国を変えるだろう。聖獣も居る事だしな」
「聖獣って……それは、神子を呼ぶと言う事か? だが、神子は、吉兆とは限らないんだろう?」
「ま、そうなんだがな」
自分の熱い言葉にか、オレの空気の読まない指摘にか。リエムは参ったなというように、どこか恥ずかしげな苦笑を浮かべて肩を竦めた。その顔から視線を外し、オレは町並みを眺めて深く息を吐く。
神子か…。
「……聖獣が居るのなら、この国の王様は神子を召喚出来るのかもしれない。それで、もしかしたら良い方に国は変わるのかもしれない。それは、わかるよ。神子に力は無くても、その存在だけで充分なんだろうな。だけど…、オレは王様に神子を呼んで欲しくはない」
視線を感じた。少し上からのそれを、横顔に。
先程とは逆に見られている事を知りながら、オレは向かう先から目を離さずに言葉を繋げる。
神子を神聖視しながらも親しみを持っている民が多い中では、オレの意見は異端なのだろうけど。リエムの言葉に相槌は打てなかった。打ちたくなかった。
リエムに、オレの本心を聞いて欲しいと思う。
「神子がここに来るという事は、神子は自分が生まれた国を、その世界をなくすという事だ。どんな理由があれ、それはしてはならない事だよ。他人の手でするものじゃない」
「……言いたい事はわかるが、神子は違うだろう。神子の世界はここじゃないか」
その言葉に、ふと気付く。
オレは今までずっと、「召喚」と思っていたけれど。この世界の人にとって、神子は同じこの世界に属する者であるのだから。彼らが使っているそれは、「召還」なのだ。そう今更ながらに合点がいく。
それでも。オレはそれに納得出来ない。したくない。
「違う、神子の世界はそれまで彼らが居た世界だ。この世界には、親も兄弟も子供も友人も恋人も、誰ひとり居ない。夢も希望も思い出も、全てもと居た世界にあるじゃないか。どこに属していようと、ここは新たな世界でしかないはずだよ」
「……」
納得しかねるのか返らない言葉に、オレは小さく息を吐き笑う。
もし、リエムがオレの正体を知っていれば。それは来訪者の言い分だと呆れられるのだろうか。神子を同じにするなと怒られるのだろうか。
だけど、今はまだリエムは知らない。
だからこそ、オレはいま言いたいのだ。真っ直ぐと聞いてもらえるうちに。
「オレはさ、リエム。情けなく思うくらいに今までのほほんと暮らしてきたんだけどさ。旅の途中で来訪者の血を引く子供と出会って、その差別を知って。この街で国を捨てた子供に出会って、生きる難しさを知って。本当はまだ驚愕の方が大きくて、考えは纏まりきっていないけど、それでもさ。それを、仕方がないとは思えない。どうすれば良いのかわからないけど、胸は確かに痛いんだ」
気付けば随分、王宮に近付いていた。いつもと違う角度で、夕闇の中に浮かぶ青い屋根を見上げる。
あそこに居る王様は、何を望んでいるのだろう。
アナタは、神子を欲したのか…?
「リュフもチトも、生まれた国を捨てざるを得なかったんだ。だから、せめてさ。この国でも、また別の国に行くにしても。そこが彼らに優しければいいと思う。この国がそうであって欲しいと思う。王様にもそう思って欲しい」
だから、力を望んで召喚なんてして欲しくない。それは、許せない。
差別の対象となる来訪者を生む危険ばかりからではない。望まれた神子もまた、世界を変えられ理不尽に晒されるひとりなのだから、してはならないのだ。
リエムが信ずる王様を、オレも信じたいと思う。頼りにしたいと思うから。
誰かの世界を奪わないでくれ。
2009/03/12