君を呼ぶ世界 52


 オレが何を思って見上げたとしても。
 王城は変わらない。

 高さは、二階建ての家くらいあるだろうか。王宮を取り囲むそんな壁には、便宜上幾つかの扉がついているらしい。だが、警備はさほど大したものではないようだ。広すぎる王宮をこの時点で完璧に守ろうとは、誰も考えていないみたいである。
 しかし、国の中枢がそれで大丈夫か?と、話を聞けばオレとして心配になる。けれど、この世界の技術ではセキュリティーにも限りがあるしこれが妥当なのだろう。何より、王宮内のそれぞれの建物の警備はしっかりしているとの事。ま、それは当然といえば当然の処置だけど。
 それでも。
 流石に、正門は物々しかった。沢山の人が行き交う雑踏の中でも、そこだけ空気に威厳があるような。そんな重みが確かにあった。
 帯剣した兵士が左右に二名ずつ配置された正門は、城壁の半分ほどの高さがある。幅はそれ以上だ。一体何が通ると言うのか、でか過ぎだ。その横にある普段使いなのだろう門もなかなか大きいのに可愛くさえ見える。
 人ごみの中からその様子を眺めつつ前を通り過ぎようとするのだけど、気付けば自然と足が止まってしまっていたようで。リエムに苦笑交じりで指摘され、オレはそれに気付いた。まるで、おのぼりさんだ。だが、やめられない。
「あんまり観察していると、目をつけられるぞ?」
 ほへぇ〜と王宮を見上げて動かないオレに、リエムがそんな事を言う。
「え? 怒られるのか?」
「いや、怒られはしないが、何を見ているのかと訊かれるかもな。あそこに見える門番以外にも、この辺は常に警備隊がウロウロしている。こういうところでは余り足を止めないのが妥当だ」
「じゃ、観光客とかどうするの?」
「別にどうもしないが?」
 オレの言葉に少し首を傾げたリエムに、見物し難いだろうと言葉を紡ぎかけたが。オレは思い直し、そうかと軽く頷いて済ませておく。こうした重要な場所で不用意に立ち止まらないのがルールであるのも納得出来るし。何より、写真撮影をするわけでもないのだから、そう立ち止まる意味もないのだろう。
 これだけ大きければ、のんびり歩けば十分にそれだけで堪能出来る。それでももっと見たければ、近くの店でお茶でもすれば良いんだよな、と。再びリエムと並んで歩きながら、広い通りに建ち並ぶ店を見やる。壁と向かいに建つこのどこかの店に、筋道から繋がるどこかの店に、きっと王宮ウォッチングスポットを売りしているところがあるはずだ。
 そう思うくらいに、足を踏み入れたこの国一番なのだろうストリートは活気が溢れていた。
 初めは人の多さに、桔梗亭の周辺も賑やかだと思っていたけれど。慣れてみれば、あの辺りは地元民が圧倒的に多く、どちらかと言えば素朴な商店街といった感じだ。けれど、ここはもっと賑やかで、正に繁華街。行き交う人も様々だ。
 商売人のものなのだろう荷馬車が横を通りすぎ去っていくのを見送り、オレは振り仰ぎ王宮に目を遣る。
 正確には、王城に。
 あそこからここは、どんな風に見えるのだろう。この活気は、ちゃんとあそこまで届いているのだろうか。
「入ってみたいか?」
「え?」
「中に入ってみたくはないか?」
 呼び掛けに首を戻すが、二度言われても何を問われているのかわからず、そのままオレは首を傾げる。
 そんなオレにリエムは笑いながら、視線と言葉でそれを示した。
 指差すのは、高い壁の向こう。
「王宮。今度案内しよう」
「は?」
 中って、この城壁の中か?
 でも、ここは王宮だろ?
「何言ってンの、アンタ」
「そこまで興味はないか? 熱心に見ているから、てっきり入りたいのかと」
「いや、そうじゃなくって。どう考えても、無理だろソレ」
 だって王宮だぞとオレが言えば、何故かリエムは不思議そうに首を傾げた。何を言っているのかといった表情だ。
 いや、それは、オレがしたい顔なんだけど…もしかして。
 もしかして、その顔は……。
「…ナニ? まさか、オレなんかでも入れたりするの…?」
「ああ。王宮に入るのはそう難しくない。一応許可書が必要だが、中で勤めている者が申請すれば簡単におりる」
「……マジ?」
 驚くオレに、ああと短い返事をしたリエムが肩を竦める。それが普通だと言うように。当然だけど、そこに物知らずな田舎者をからかっている節は微塵もない。
 だけど。普通はさ。
 王様やその他諸々、国の重要人物が住んでいるような場所、入れないものだろう? 少なくとも、立ち入る者を選ぶはずだ。
 オレのように、興味だけを持つ田舎者を入れたところでどうって事ないのだろうけど。それを知っているのはオレ自身だけであり、いくら関係者の推薦があったとしても許可を出すメリットは皆無。招く意味がない。
 それでなくても、完璧な警備は無理であるというのに。自らそんな、危機を招くような事をするのは如何なものだろう。
 その体制、ホント大丈夫か? 危機管理薄すぎじゃなか?
「王宮て、そんなものなの?」
 もっと、煩く小難しいものなんじゃないかと、そうあるべきではないかとの意味でオレは窺ったのだが。それが当然であるリエムに、オレの不信さは伝わらなかったようだ。
「昨日今日王宮に来た者が知人を招くのは流石に無理だがな。そう難しいものでも珍しい事でもないから気にするな」
「へぇ、そうなんだ…」
 いや、オレが言いたいのは、だな。
 開放的なのは良いけれど、やっぱりそれ相応の線引きは必要だと思うんだけど。物理的に全てを監視する事は無理で、だからこその体制であるのだとしても、無関係な人物を招き入れるのはデメリットの方が大きいだろう。テロ対策とかの心配はきちんとしているのか? それとも、そういう危険は想定内だとか、仕方がないだとかで割り切れるようなものなのか? 国を守る兵士としてそれでいいのか? ――と、まあ、そういう事だ。
 だから。親しみよりも、軽く見られるようなそれに。そんな扱いで大丈夫なのかとの意味で隣の男を見たのだけれど。
 国に忠義を誓っているのだろう兵士は、問題とさえ思っていないよう。それはもう、全然、全く。
 気にするこちらがバカみたいなほどに。
「……じゃ、許可が出たら、宜しく頼もうカナ」
 そうか、それくらいにこの国は平和というわけだ。良かった良かった。案外、日本よりも平和なのかもな。
 そう思う事でツッコミを飲み込み、オレは若干頬が引きつるのを自覚しつつも、リエムの提案に頷いた。
「出るさ。俺は周囲に信頼があるしな」
「自分で言うなよ」
「だが、王宮に入れるといっても、それなりに規制はあるからな。行ける所といったら限られているぞ」
 兵舎に案内してやろう、一度手合わせしてみるか? そんなからかいを、無茶を言うなとあしらいながらふと思い出す。
「そう言えば、ちょっと聞いたんだけど。リエム、王様と王立学院の同期生なんだってな」
「ああ。まあ、そうだな」
「オレそんなの全然知らないから、ヤな事言ったりしてたんじゃないか? 悪かった」
 オレの突然の謝罪に、リエムはそんな事はないと首を振ったけど。
 確かにオレ自身どんな言葉を向けたかはっきりと覚えていないが、良い印象を持っていなかったのだから、多分それなりだったと思う。最低だとか嫌いだとか詰ったりはしていないが、どんな人物なのか訊ねたオレは、聞いておきながら懐疑的だった。多分、聡いリエムはそういうのを気付いていただろう。
「気にならなかったらいいんだけど。仲良かったんだろ? 今も?」
「そうだな。立場が随分と変わったからな、昔のようにはいかないが」
「友達なんだな」
「黙っていて悪かった」
「何で? それこそ謝る事じゃないだろ。相手は一国の王だぞ、言い触らす方が悪いって」
 旅先で出会った相手に、自分は王と知り合いだなんて。吹聴してまわる男など信用出来ないだろう。リエムがそういう奴ではないと知っているオレとしては、秘密であったのが当然で。妥当であるその判断を前にすれば、知らされなかった事を僻む気など微塵も浮かばない。
「それよりオレは、ラナックも馴染みだって言うのが気に掛かるかな。なあ、あの男って昔からああなんだろ? じゃ、リエムも王様も、オレのようにとまではいかずとも牽制されたくち?」
 そこのところはどうなんだ?と聞けば、多少なとのあっさりした答えだった。互いに子供であったし、何よりその頃は旦那さんも居たしなと、今ほども酷くはなかったとリエムは笑う。だが、オレとしてはそれを聞いても、可愛い子供時代のラナックは想像出来ない。
 それでも。
 子供の頃からの知り合いで、今も付き合いのある彼らを。オレはとても羨ましく思う。

 オレにも、そんな友達はいるけれど。
 彼らは、ここに居ないから。


2009/03/23
51 君を呼ぶ世界 53