君を呼ぶ世界 55


 敢えてバカを晒して物知らずをカバーしていたと言うのに。
 こんな落とし穴ってないぜ、全く。

 エルさんの結婚相手が男性というのも衝撃だが、知らなかったとは言え不誠実な対応をしていたのかもしれない自分に思い当たり、頭を抱えるオレ。
 謝らなければ。だが、それで済むだろうか? いや、済まなくとも、謝らねばならないのだけれど。
 だが、どうやって?
 オレ、貴方がホモでも気にしないから!――なんて、流石に言えない。今更それを言うのは、余計に酷い気がする。
 そもそも、そんな重要な常識も知らなかったと告白するのか? それってOKか?
 また別な問題が出てきそうな気がするんだけど…。
 口から零れるのは溜息ばかり。悶々とするオレを、リエムは最初は苦笑しつつも「大丈夫だ」と、根拠が見えない慰め方をしてくれていたのだけど。行きつけだと言う店に入り、注文した料理が届く頃には、いい加減飽きてきたのか落ち込むオレの相手をしなくなった。
 逆に、自分の興味を満たすかのように、オレに聞いてくる。
「それより、メイ。お前の爺さんの出身はどこなんだ?」
「……なにそれ。今は関係ないだろう」
 いきなり何だと、今はオレの職場での危機なんだと、オレの深刻さを無視した脈略のない質問に、オレは頬杖を付いたまま視線を隣に投げる。リエムは何故か、エルさんの事は微塵も気にしていないようだけど。オレは今、それ以外に気が回らない。
 何だって、ホント、同性婚を容認しているんだ。異世界め! ややこし過ぎるわッ!
「いいか、メイ」
「なんだよ」
「この国では、恋愛に男女の区別はない」
「あぁ?」
「同性であっても、婚姻は認められている」
「……知ってるよ」
 今さっき、アナタにその爆弾を貰って、オレは見事に迎撃されたのだが。見えていないのか、オイ。
 何を言っているんだと、エルさんへの対処法が見付からない不安を頼り甲斐のない男への不満に変え、やさぐれ気分で隣に顔を向ける。
「だから、オレは今こうなっているんだけど。それがナニ?」
 まさか、傷口に更に塩を擦りこむような真似はしないよなと、胡乱に見やれば。リエムは、「ま、そうなんだろうが…そうではなくてな」と、言語としてはどうかと思う歯切れの悪い言葉を口にしながら笑い、酒に口を付けた。
 そして、オレに語りかけるよう、諭すよう。まるで教師のように、言葉を紡ぐ。
「恋人も、結婚もな。相手は異性でなければならないという感覚は皆無に等しい。好みとして、女がいい男がいいと言うのは人それぞれにあるが、性別なんていうのは個性のひとつのようなものとして、そこに拘る者はそう多くはない」
「…だから、同性婚は普通なんだろ。もう、わかったって」
「まあ、聞け。確かに、この国では珍しい事でも何でもないんだ。だがな、国によっては同性婚を禁じているところもある。ハギ国でも地方の村では異性婚を推進しているところもあるし、位の高い貴族や王族も、伴侶は異性とする者が多い。同性婚では子が恵まれないからな。規制という意味では、案外多いんだ」
「そうなのか…?」
 リエムの説明に、じゃ万国共通の常識って訳でもないんじゃないかと、希望の光がオレに差す。
 だけど。
「だが、本当にそれは政策のひとつだ。血を絶やさない為の規制に過ぎない。そこに生まれた者の義務なだけだ」
「…それって、つまり。その人達もやっぱり、同性同士であってもおかしくないと言う認識を持っているってことか?」
「他の情報がどこからも入らなければ、洗脳とまではいかずとも、恋愛は異性とするものという前提が出来ているのだろう。そうであったとしてもおかしくはない。辺鄙な村や、鎖国状態の国なんかではある事だ。だが、感情のある人間ならば、同性であっても惹かれる事はあるはずだろう?」
 いや、あったとしても、それが恋愛に結びつく事はない。
 そう思うが、きっとこの男には通じないのだろうとオレは口を結ぶ。
 リエムの話は突拍子もないことで上手く処理出来ないが。そもそも根本的なところからして自分とは違うのだと仮定すれば、その言い分はわからなくはないものだ。
 オレは、確かに、そうであるべきだという異性婚が常識の中で育ったが。同性愛に引いてしまうのはだからなのかもしれないが。そういう感情とは別に、ホモサピエンスのオスとして、自分の遺伝子を受け継ぐ子孫を残すのだという本能が頭に組み込まれている。誰だって普通は、子供を持ちたいと思うものだろう。ならば、それを叶えてくれる女性に惹かれるのが当然。少なくともオレ自身は、それを疑問に思う余地はない。同じ種しか持たないオスを相手に選んでは、その本能は満たされないのだから、選択肢にさえならない。
 だが、この異世界の者達は違うのかもしれない。
 つまりは、子孫よりもまず、己自身の感情だというわけだ。
 それは、個々人としてならば納得出来る。そう言う人間は、オレの周りにだって、世界中のどこにだっている。特別ではない。だけど、世界の全てがそうであるのはどうだろう。見た目も中身も同じ人間であると思っていたが。オレが持つような本能は持ってはいないらしい。
 いや、持っていないとまではいかないのか。そういう考えも、あるにはあるみたいだ。一応、子孫の繁栄も頭にはあるらしい。だが、それでも。一般的にはそれを諦める事も、罪ではないのだ。
 そこが違えば、結果も違うはずだよなとオレは息を吐く。よくよく考えてみなくとも、日本にだって世界にだって同性愛者は多くいたのだ。だが、それが罪のように認識されているからこそ、異性愛がどこであれ常識だったのだし。宗教上で悪とされているからこそ、その考えが当然として広まったのだろう。
 だから、そうではなく始めから規制のない者達が恋愛するとなると、相手に同性を選んだとしても不思議ではないのかもしれない。同性婚がOKならば、同性愛は当然だ。オレは到底、どうやっても理解出来ないけれど。
 日本は認めていなかったが、世界の中には幾つかの国や州が同性婚を認めていた。けれど、身近ではなくて、情報以上の感情は余り持たなかった。本当に、遠いところの話だった。だが、今は、どうだ。
 奇しくも、こうしてその中に入り込んだけれど。それでも同じように、オレは自分には関係がない事と思ってしまう。いや、事実、そうであったからって関係はないのだ。オレはだからって、同性をそういう目では決して見ないし、見れないし。
 そもそも、今こんな風になって改めて考えてみれば、どちらかといえばオレは同性愛はともかく、同性婚は反対である感情の方が強いように思う。ここは異世界だからそうかと認められもするけど、もし日本がそうなったのなら、オレは間違いなく母国に幻滅することだろう。
 紙切れ一枚でも大事だと、周囲に認められたいとの言い分はわかるけれど。その紙切れがいつでもどこでも純粋だとは限らない。結婚も離婚も使用者によって都合のいい道具に成り下がっている面が多々ある昨今。それを取り締まれもしないのに、更に範囲を広げればどうなるのか。守る必要もないのに守らねばならないような法律はもっと減らすべきだと、常々思っていたオレとしては、同性婚であれ弱者対策で何であれ、大体がNOだ。
 だから、この異世界だからこそという前提がなければ、オレはリエムの言う考えは受け付けられないのだろう。
 この世界で生きてきたリエムにはリエムの考えがあって。オレにはオレの考えがあって。
 互いにそれを知る事は出来ても、だからと言って全てに同調出来るわけではないのが当然。
 リエムの問い掛けをきっかけに、己を顧みて色々考えてみるけれど。異性と同性を同じ位置付けにおく考えにはやはり納得はいかなくて。オレは女性しか相手に出来ないし分からないなと、想像さえも出来ないとオレは緩く頭を振り、先の話を促す。
「それで、オレの爺さんの出身地が、なんか関係あるの?」
「少なくともな、メイ。お前が育ったと言うガジャリ村に、同性婚を排斥する習慣はないはずだ」
「……ああ、オレは、村から少し離れて暮らしていたから」
「お前はな。だが、爺さんはどうだ? 爺さんがそのガジャリ村の出身なら知っていたはずだ。孫のお前に異性婚を推すのはわかるが、常識として同性婚も教えるはずだろう?」
 そうでなければ、こんな事になるのだからなと。リエムが探るよう目で見てくるけれど、オレには答えられるものはない。爺さんの出身地なんて知らないし。そもそも、爺さんが本当にこの事実を知らなかったのかどうかさえ疑わしい。
 そう。多分、爺さんは知っていた。
 ただ、オレに教える機会がなかっただけなのだと思うんだよな、うん。
 成る程。だから、常識である婚姻制度を知らないオレの原因は育ての爺さんと考え目をつけたわけかと。リエムのその聡さに感心しつつも、オレは笑うしかなくて。
「年寄りなんていうのはな、意固地な頑固者なんだぜリエム」
 自分が思う事しか話さない。そこには嘘も混じるものなんだとわかった風に笑うオレを、リエムはじっと無言で見詰めてくる。

 あのさ、リエム。
 オレもうどんなに叩かれても、落とせる埃はないから。
 そろそろ許してくれないか…?


2009.04.02
54 君を呼ぶ世界 56