君を呼ぶ世界 74


 神様。
 異界人のオレは、どんなに祈っても。貴方の救いを受けられないのだろうか。

 脳内で、ケチョンケチョンに王様をこき下ろしてから、オレは質問を続ける。
「ま、それはさておき。オレは王様に噛み付いたから、ここに捕らわれたんだよな?」
「ああ…そうだな」
「リエムは大丈夫だったんだよな?」
 こうしてオレに薬を届けに来るくらいだから大丈夫なのだと思うけど、きちんと確かめなければ気になって仕方がない。もしかしたら、減給とか、特別労働とか、それこそ反省文だとか。牢に入らないまでも、オレとは違う罰を与えられているかもしれないのだから当然だろう。
 怒りに染まっていたというか、兎に角必至だったから気にもしなかったが。思いおこせば、ご学友だったとはいえ、かなり雑な言葉で王に対峙し、リエムはオレを守ろうとしてくれていた。あのイカれ俺様王がそれを問題にしなかったのか心配だ。
「オレを庇ってくれていたけど、…結構な事を言っていただろ?」
「それは、大丈夫だ。立場的にいつもではないが、王とは畏まって喋らない事の方が多い」
「なんだ、そっか。だったら良かった」
 やはりリエムに咎はなかったようだと、そうホッと息つきながら。けれどもオレは、意外だなと少し驚きもする。
 八つ当たりに等しい責めを受けた故に、ちょっとばかり失礼な態度をしてしまっただけで裏はないオレをこんなところへ閉じ込めたあの男が。友人とはいえリエムのそれを許すのは驚きだ。同じく、リエムもまたそう言う一線は立場的にも性格的にもきっちり引きそうなのに、王のそれに甘えるとは意外も意外。
 だが、逆にいえば、それほどの関係に二人はあるという事だ。ただの幼馴染だとかご学友だとかの主従関係ではなく、もっとオレが思う以上の深い繋がりがあるのだろう。もしかしたら、無二の親友とか言ったりするか? …爽やかリエムが、イカレ王とか?
 別にそれでも問題はないけど、普通に嫌な気がするな…と、オレは自分の想像にげんなりする。けれど、あの虐めっ子ラナックとも仲良しだし、案外リエムはその面倒見の良さから手の掛かる奴を沢山抱えているのかもしれない。そう考えれば、納得せざるを得ない感じだ。
 ……って! まさか、問題児の中にオレも入るとかいっちゃったりするか!?
 だったら、オレは奴等と同類かッ!?
 それは流石に嫌を通り越し嫌悪するぞと、不快な想像を振り払い、オレは溜息のような息を吐く。何にせよ、リエムが大丈夫そうで安心した。ホント、良かった。それで終わっておこう。
 気を取り直して。
 リエムのことが済んだら、次はオレの番だよなと。前屈みに座っていた身体を壁に預け、オレは男前な顔をじっと見る。
「っで。オレの罰は決まっているのかな?」
「……いや」
「とりあえず、暫くは出れそうにはないんだよな…?」
「…すまない」
「だから、リエムが謝る事じゃないって。王様に掴みかかったんだ。それって、その場で討たれても仕方がない事なんだろ? 別に、リエムに出してくれって頼んでいるわけじゃなく、出られないのだったらさ、女将さんに連絡つけないとまずいなァと思うんだよ。夕方には帰って店に出るつもりだったからさ」
「あぁ、そうだな…。桔梗亭には俺が連絡を入れておこう」
「上手く言ってくれよ?」
「わかっている。…体調を崩したと言えば、二・三日は大丈夫だろう」
 少し考えるようにした後でのリエムの発言に、それのどこが上手い言い訳なんだと思いもしたが、それ以上のツッコミどころがあるので後回しだ。
「はぁ!? 二・三日ィ〜?」
 ちょっと待て、オレはそんなにここで居なきゃいけないのか!? 放置プレイか、あの野郎!?
「なんでそんなに――ッ!」
 拘留されるんだとオレは続けかけたのだが、熱を持つ喉がギブアップしたようで咳き込んでしまう。先程飲んだ薬には、炎症を抑える効果があるのだろうか。切り裂かれたように痛くて、涙まで滲む。
 それでも、大丈夫かとリエムに心配されながら、オレは痛みよりも先程の男が言った言葉を思い出し考える。オレに対しては変わらないリエムの態度に、あのオジサンに対して問題はないと言った言葉に、オレはすっかり安堵していたのかもしれない。
「…オレの罰って、そんなに酷いのか?」
「王の考えひとつだ」
 リエムの言葉は、正直だった。大丈夫さとの根拠のない慰めでも、わからないとの誤魔化しでもないそれは、痛いくらいに真っ直ぐオレへと向かってきた。
 だけれど、それに答えられるだけの気力が、今のオレにはない。
 二・三日、ここに閉じ込められて反省しろという事か。それが罰か。それとも、二・三日の内に決めて別の罰が与えられるというのか。人権だ何だと声高に叫べる世界から来た身としては、それだけでもう心が萎えそうになる。体調も悪いのに、勘弁してくれだ。そりゃ、国王様に楯突くのは悪いとされているのは理解出来るけど。
 それでも、向こうも向こうだったのだし、こんな拘留納得出来ないぜ…と溜息が漏れる。もっと簡単な、単純なものかと思ったのに…。
 まさかのまさかだけど、オジサンが言ったようにもしも妙な罪まで被せられて拘留が長引いたのならばどうなるか。狭く暗い空間を見回しながら想像し、ぞっとする。こんなところで居ては確実に精神がやられそうだ。だったら、自ら偽神子に立候補してこの状況を打破するか? ……なんて、ありえない。オレもだけど、まずあの王が認めまい。
 無意識に、胸元へと手を伸ばし、そこにあるはずのものがない事実にまたもや力が抜ける。
 気付いた不安を拭いたくても、その術がない。
「……なあ、リエム。オレのペンダント、どこ?」
 オレは、それよりも先に話す事があっただけだったのだが。リエムは意図して、この話題を避けていたのだろう。まるで震えるかのように男の体は少し揺れ、顔を強張らせた。
 いや、そんなにビビらなくても。
 確かに、あの王様にも聖獣にも腹が立って掴みかかったけど。さすがに、リエムの胸倉掴んで「返せやコラぁ!」とは言わないよ、オレだって。
「出来たら、返して欲しいんだけど…」
 出来なくとも今すぐに返して欲しいのだが、ゆっくりと視線を落とすリエムの何とも言えない表情にこちらが遠慮してしまって。
「駄目なのか?」
 下手に出て窺うオレは、根性なしなのか。
 それともリエムが上手なんだろうかと、案外はっきりと「無理だ」と言い切ってくれるその声を聞きながら、オレは熱い息で溜息を吐く。無理だじゃないんだよ、ったく。
「オイオイ、リエムまで妙な事を言わないよな? アレはオレのものだぞ」
「そうだな…だが、無理だ。すまない」
「何故?」
「お前も、王から聞いたんだろう? 聖獣が神子のものだと判断したんだ、俺にはどうする事も出来ない」
「ただの間違いじゃないのか?」
「それを知る方法は、誰にもない」
 聖獣がそうと感じている以上、それが事実なのだ。誰が違うと言っても、それこそ王が認めなくとも、事実は事実。
 俺に対して悪いと思っているのか、良心は痛んでいるような目をしているが。そこは厳しい規律の中に身を置く軍人。真面目腐った顔で当たり前の事のようにリエムはそう言う。
 だけど。はっきり言って、それはイカレ信者の戯言と変わらないレベルだ。ビタミン水でガンが治ると信じている奴と余り変わらない。リエムには悪いが、馬鹿馬鹿しすぎるものだ。
 言葉が通じない獣に、何て大胆な権力が与えられているのか。独裁者と変わらないじゃないかと顔を歪めるオレの前で、リエムが腰を上げた。
「王も忙しい身だ、お前の対処が決まるまでは時間がある。ここであれこれ考えていても仕方がないだろう、兎に角今は休んでいろ。外に兵が居るから、身体が辛くなったら呼べ」
「え? あ、リエム!」
 不意に何かに急かされたかのように早口で捲くし立て踵を返した男に、オレは慌てて肩から上着を外して差し出す。
「これ、こんなところで使ったら汚れるだろうし、毛布で充分だから、いいよ」
「……いや、気にするな。今は大丈夫でも、夜になったらそんな布一枚じゃ寒くなる。それでなくとも風邪を引いている奴が、遠慮なんかするなよ」
「でも、これ、結構重いんだけど」
 減らず口を叩くオレに目を細めて笑い、オレが上着を掛け直したのを見届けて、「また来る」とリエムは小さな扉をくぐって出て行った。それを見ていて気付いたが、ドアはこちらから開けられないらしくノブがない。ノックで合図し、外の見張りに開けてもらうようだ。
 世界は違っても、平穏な庶民の暮らしは変わらず、穏やかに過ごしてきたけれど。ここに来て、違う意味で世界ががらりと変わったような気分だ。まさか、牢屋に閉じ込められるとは。
 頭では処理出来ない感情が、一人になるとドシリと腹の中に落ちてくる。ただただ、ショックだ。王に手を上げそうになった事は後悔していない、やり直してもオレは同じ事をするだろう。だから、そんな理由でも理屈でもなく。罪を犯して捕らわれ、己の人生を誰かに決められる瞬間を待つ息苦しさに、落ちた物体が腹の中で暴れる。
 思わず、肩から掛けた上着を握り締め、オレはそれで顔を覆う。
 固いけれど肌触りの良い上着は、間違いなく上質なものであるのだろうが。果たしてどの程度の値段で売られているものなのか、オレにはサッパリわからない。兵士の給金で買えるものなのだろうか。
 白々しくも、言葉を濁すようにして吐いた嘘。それに応えたリエムのそれも、嘘。
 オレもリエムも、この上着の持ち主であるのか知っている。だけど、どちらも知らない振りを通した。その、虚しいだけの空気がオレの上に落ちてくる。

 あのな、リエム。
 こんなところで休められるほども、オレの神経そう太くはないんだよ。


2009.06.11
73 君を呼ぶ世界 75