君を呼ぶ世界 79


 どうしてだろう。
 微笑ましく思うのは。

 細かい階級とか、所属部署とかで小さな違いはあるのだろうけど。
 昼間にも鍛錬場で沢山見たし、間違いない。この青い服は、兵隊さんの制服だ。こんな場所で、コスプレはないだろう。
 だけど、オレが今まで見たそれよりも、感じが違うように思うのは。泣きそうなその顔ばかりではない。
 男ならば、軍服といえばもう無条件に憧れる、そんな厳格さが普通はあるというのに。縦横の比率が今まで見たものとは違うからだろう。違和感がありまくりだ。
 突然目の前に現れた、若い兵士は。オレよりも少し低いだろう身長であるにもかかわらず、横幅はオレの倍以上あった。体格がいい兵士は沢山見たけれど、こんな風にふくよかな者は初めてだ。ここまでの肥満体型に合う兵服があるとは、ある意味感心すらする。
 この国は、兵隊になるのに身体基準はないのだろうか。服のサイズは兎も角、この若者が兵士である事が最大の驚き。
 スポーツマンのそれとは違う。身体のデカさは、あきらかに脂肪によるもの。見た感じ固さは全く感じない。プヨプヨだ。
 これで、あの昼間見たような訓練をこなしていけるのだろうか?
 悪いが、泣きそうな顔じゃなくても、とても自分より強そうに思えないんだけど。兵士が見た目で舐められるのは、駄目なんじゃないのか?
 ああオレは再び牢屋行きかと、心配しなければならない未来が吹き飛ぶほどの、意外な相手。あまりにも意外で、思わずまじまじ見てしまい。眺めたその姿に、何故か緊張さえも解けてしまう。
 そんなオレとは違い、相手はまるで死にそうな程だ。強張った表情の中で、何か言おうというのか、酸欠金魚のように口をパクパクしている。いや、重そうなホッペに押しやられたおちょぼ口は、餌を求める鯉だ。池で飼われる、錦鯉そのもの。
「あの…?」
 オレが声をかけると、ビクリとその場で飛び上がるように若い兵士が身体を振るわせた。う〜ん、ぽよよ〜ん。
 って。これは、何だか知っているぞ? 何だろう…、マシュマロマン? いや、トトロ? ……いや、この丸さは、大仏?
 いやいや、確かに体型はそんな感じだけど、そう例える程も重さがない。ゴツイ服を着てはいても、何故か見た目に似合わない軽さを感じさせる。同じボールだとしても、硬球ではなく、間違いなく軟球タイプ。てか、ゴムボール。
 この雰囲気は、例えるならば何だろう…。う〜ん。
 何だろうかと、焦りだしたのか落ち着きない様子を見せだした若者を見上げながら、オレはどうでもいい事を考える。このふくよかさは、子供のような柔らかい感じだから…ああ、アレだ。動物だ。フサフサな体毛に覆われた動物っポイ。
 犬でも猫でもない。もっとふかふかポヨポヨしたものだから…ハムスターとか、モルモットとかそんな感じか。むっちり感はセイウチとかトドとかのタプタルプした部分を思い出させるけど、キャラ的には絶対もっとチョコマカしたやつだろう。
 オレは自分の状況も忘れて、「あ、あの、えっと、その、」と何故かパニックになってその場でアタフタしている男を見ながら確信する。うん、やっぱりハムスターだ。ヒクヒク鼻を動かし、止まったら死ぬかのごとくしているあのネズミだ。
 ハムスター、決定。
 よし、ハム公と呼ぼう。
 そう、勝手に決めたオレの声がまるで聞こえていたかのように。オロオロと、オレを見て左右を見て、オレを見て天を仰いで、オレを見て後ろを振り返ってと、忙しくしていたハムスター男が唐突にその場でしゃがんだ。
「……」
「……」
「…………えっと」
 いきなり間近に迫ったその顔は、下から見上げるよりも幼い顔だった。太っているから若く見えるのかもしれないが、横からの夕日に照らされ赤く染まる肌は、それでもスベスベツヤツヤだ。ホント、子供のよう。コラーゲンたっぷりって感じ。
 その顔が、下がりそうな眉を真ん中に寄せて、けれども眼は不安が一杯で迫ってきた。なのに、何も言わない。だから仕方がなく、オレは自分から何かな?と首を傾げて問い掛ける。けれど。
 逃亡者がナニ?も何もないだろう。バカだろ、オレ。ナニ?って、素性を問われるに決まっているじゃないか。
 当然として、オレはそう思ったのだが。そんなオレのツッコミを無にするように。
「だ、大丈夫ですか…?」
「え?」
「ど、どうかしたの…?」
「……」
「気分、悪いの? どっか、痛い?」
 何だこいつ?と、予想外の問い掛けに思わず顔を顰めたオレに、ハム公はまた「大丈夫?」と問い掛けてくる。
「……あの、僕、どうしたらいい?」
 …ナニ?
「お医者さん、呼んでくる?」
 ……本気か?
「ぼ、僕、誰か呼んで来るよ!」
 バッと立ち上がったハム公が、意外にも軽い足取りで数歩駆けて、止まった。
 唖然としているオレを振り返り、「待っててね!直ぐだから!」と言い置いて、緑の向こうへと駆けていく。その姿はまるで風船が風に転がり時折跳ねているような感じで、脂肪ってホントにポヨヨ〜ンなんだなと、オレはどうでもいいことを思って最後まで見送ってしまう。
「……。……何だ、今の…?」
 っていうか、アレはどういう事だ?
 牢からの脱走者だとも、不審者だとも思っていないという事だよな…?
「……」
 だったら、本気であの兵士は、こんな所で座り込んでいるオレを心配したのだろう。しかし、それでも。たとえ、オレの体調を慮っての事であっても、本当に誰かを伴い戻ってきたら、今度こそオレは捕まるかもしれない。それが本物の医者であったとしても、きっとその者はオレを不信がるだろう。
 変な奴に見付かったが、変な奴で良かった、と。もしアレが芝居で、俺に警戒を抱かせないように助けを呼びに行ったのだとしたら、相当だ。だが、それならそれで、捕まっても悔いはないような気がするけど、と。
 多少、そう思いもするが。だけど、やっぱり、捕まるわけには行かないので。
 オレは根性を出して立ち上がり、小走りに駆けてその場を離れる。
 しんどい。辛い。苦しい。畜生ーッ!
 オレが泣きたいぐらいだッ!!
 ……って。そう言えば、あのハム公はどうしてあんな顔をしていたのだろう。何故に、泣き出しそうな顔だったのか。女に振られたか、上司に怒られたか、何らかの理由で、もしかしたら人気のないあの場で泣いていたのだろうか?
 でも、そうだったら、オレに対してビビらなくてもいいはずだ。
 泣き顔を見られ、恥ずかしがるなら兎も角。兵士が、一般人なオレに怖がる理由がない。逆ならあるだろうけど……いや、オレがハム公を怖がる事もなさそうだ。きっと、どんな状況で会っていたとしても、あの見た目と雰囲気では畏怖は沸かない。それこそ、剣を抜いていてもだ。
 ホント、兵隊らしくなかったなと。あの服装でなければ、ただの親切なハム公でしかないよなと。そう考えて、ふと気付き、オレは思わず足を止めて自分の姿を見下ろす。
 ……オレ自身は、全く違和感はないのだけれど。これは侍女の格好だった、そうだった。
 と言う事は。つまり。いい歳した男が、女物を身に付けているという事だ。  …だったら、ビビって当然なのかもしれない。兵士ならそれだけでも不信がれと思う所だけど、若いハム公にはオカマ(?)なんて脅威だったのだろう。オレだって、あのハム公がドレス姿で現れていたのなら、パニックになったはずだ。
 原因は、オレにあったということか…。
 ……オレ、もしかしなくても、変態…か?
 しかし、オレのその真偽は兎も角。あんなにドン引きしながらも、オレの体調を気にかけてくれたあのハム公はなんてイイ奴なのだろう。今更だが、無垢であるようなハムスターから逃げ出した事に、少し罪悪感が募ってきた。こんな風に姿を消したオレを、彼は心配してくれそうだ。ならば、オレはハム公の純真を踏みにじったことになるのか…。
 あまりの申し訳なさを、かと言って戻るわけにもいかないので、オレはオレをこんな状況に落としてくれた奴等への怒りに変えて心の中で詰る。
 これは、勘違い聖獣と自己中王様のせいなのだ。オレはそんなに悪くない。ハム公、オレを許してくれよ…?
 それにしても、ホント、何て事になっているのか。アイツら、絶対許してやらないからな!
 許して欲しかったら、今すぐここに来て土下座しろ!
 いや、マジで来たら鬱陶しいから。サツキの石だけ返せ。返してくれ。この際、足に引っ掛けていようと口で咥えていようと何でもいいから、持ってこい聖獣。持ってきたら、許してやる。
 持ってこなかったら、その首に首輪つけて飼いならすぞ! 火の輪くぐりでもさせるぞ、クソ!
 兎に角、もう一度、出て来いトラ公!!
 歩くだけで息が上がって、情けない状態ではあるのだが。心まで折れてはいないので、オレは胸中で吼える。本気で、叫ぶ。
 だけど、それは怒りであって、希望ではなかったのに。
 サツキの石は、返して欲しいけれど。実際には、王様にも聖獣にも、会いたくはなかったのに。
「…………」
 なのに、どうして。居るかな、聖獣…。
 王城の壁に凭れて一息ついて。一人きりでの脱出を再開しようと顔を上げたオレの前に、唐突に現れた白い虎。
 神出鬼没な神の獣が、植え込みを乗り越え、ゆっくりと俺に近付いてきて、数メートルの距離を開けて立ち止まる。
 オレから視線を逸らせずに。

 ……おい、コラ。
 獲物を狙うかのような眼で見るんじゃねーよ…!


2009.06.29
78 君を呼ぶ世界 80