君を呼ぶ世界 95


 リエム、お前って。
 人のイイお兄さんなだけではないんだな。

 嫌な夢で目覚めた一昨日は。
 丁寧な扱いは慣れないし心苦しいと悶えつつも、決して態度を崩さないスペシャリストな執事・ジフさんに負けて、それを甘んじて受ける事に納得するべく時間を使ったオレ。
 食事を給仕され、風呂の用意をされ、時間潰しにと本なんかも渡されて。気分転換に庭へと出れば、病み上がりだからとストールを持って追いかけてきてくれて。お茶ひとつにとっても好みを聞かれた。種類は勿論、煎れ方まで。いや、もう、ホントそこまでされては逆に困るんだと、早々に辞退するのも疲れるくらいに至れり尽せりなわけで。
 何だよ、オレが王様か。まいっちゃうなと、もうどうにでもしてくれと、空笑いでこの待遇を飲み込み、けれどもふとした瞬間に逆流しそうになるそれをどうにか押さえる中では。
 はっきり言って、リエムの事などあまり気に掛ける余裕はなかった。時折、彼が来たら、ちょっとジフさんに言ってもらおうか、泣きつこうかなどと少しは思っていたけれど。これがジフさんに仕事なんだと、暴君王に迷惑を掛けられた慰謝料みたいなものだとしておこうと、オレがそう納得出来る程度になった頃には、すっかり日は落ちていて。そこで漸く、リエムが来ないなと意識したのだ。
 それでも、昼中は仕事だったのだろうと、気にも掛けず。夜が深くなるに連れ、あいつは忙しそうだから残業か?とか、もしかして夜勤だったりして…とか考えるようになったけれど。けれど、だからって、別段なんとも思ってはいなかった。ベッドに入った時も、来なかったなと、そう思っただけだ。
 だが、翌日に当たる昨日は、オレの中でその事実が疑惑に変わった。
 もしかして。いや、もしかしなくとも。彼は、忙しくて来られないのではなく、意識して脚を向けていないんじゃないかと。
 だって、あのリエムならば。オレが接してきた彼ならば、オレがこんな状況に放り込まれているのを放置するはずがないのだから。
 客室だと、リエムはオレに説明したし、実際に部屋は豪華な作りで、待遇もかなりいいのだけれど。オレにとっては、牢屋と変わりないものだったりする。はっきり言ってこれは、軟禁状態に他ならない。
 ジフさんが懇切丁寧だけれど淡々とした口調で説明してくれた、オレの出来る事と出来ない事。それは、この部屋内ではある程度の自由は許されるし、望めばその範囲で物を与えてくれるそうだけど、決して許可なく外へ出ることは許されないというものだ。事実、その役目は護衛となっているが、客間内に置かれた兵士はオレの監視役に外ならない。
 かなり広い庭へと出れば、付かず離れずな位置ではあるが、視界の端には常に兵がいる。居間での監視はジフさんが担っているのだろうが、彼が用で出かけると、常は居間の傍にある控え間というのか、外と居間を繋ぐパブリックスペースでいる兵士が居間の入口へと移動してくる。どう考えても、見張りだ。見張りでしかない。
 これならば、あの暗い牢屋の方が、人目もなく気楽であったかもしれないと。無言を貫き直立不動な男達に、オレはこっそり溜息を吐く。客間に昇格したお陰で、温かい食べ物や柔らかなベッド、嬉しくはないが献身的な奉仕を得たのだけれど。いっそ牢屋であるからこそ納得出来る事もあるというもので。明るい日差しや、鮮やかな緑や、清んだ空が身近にあるこの中では、この重苦しい扱いはキツイ。
 だが、彼ら兵士もまた、命じられた仕事をこなしているだけに過ぎない。フラストレーションは溜まるが、ぶつけるべき相手はここにはいないと、グッと我慢し堪える中で、オレが頼れる唯一のリエムがやって来ない事実は、更にオレの精神を腐らせる。
 何故に来ないのかと考えて思い浮かぶのは、リエムがオレを避けているからじゃないのかというもので。だったら、避けられる理由は何かと突き詰めれば、それはもう、あの会話しかないだろう。
 リエムが来ないのは、オレが返した答えを納得していないからだ。協力しない事が不満だからだ。
 反省しろなのか考え直せなのかはわからないが、そう言う意味での放置じゃないのかと思えば、もうそれ以外にオレの思いつくものはなくて。
 リエムが来ない事実に若干打ちのめされながら、オレは昨日を終えたのだ。
 そして、今日。
 朝起きて、やっぱりリエムは来なかったなと思いつつ朝食を摂り、居間の椅子でボンヤリトしている内にオレの中で膨らんだのは、リエムに対する腹立たしさだったりする。
 確かに、オレだって大人気がないのだろう。召喚をした王の命で、見失った神子を探し続けてきたリエムにすれば、どんなものでも縋りたくなって当然だ。強引でも、オレから協力を得ようとするのも頷ける。
 だけど、無理なものは無理なのだ。自分が来訪者である事を抜きにしても、誰があんな王様の為に動いてやるかというものだ。
 しかし、その感情のまま、嫌だと蹴り付けたかのような態度はいただけなかったのだろう。リエムだって、何をガキみたいな事をと思っただろう。いい大人なのだから、国の為に力を貸せと、兵士である彼はオレの抵抗に嫌悪さえ覚えたかもしれない。彼にとって王に仕えるそれこそが、人生なのだ。だから協力を拒んだオレは、リエムのそれを理解していないのだと捉えられ、失望させたのかもしれない。
 でも、だからって。
 そんな理由でも、他にどんな理由があっても。
 放置って言うのはどうなんだよ。ここへ連れてきたのはアンタだろう、リエム。話し合えば平行線で無意味だとしても、顔は出すべきだろう。神子云々じゃなく、オレにするべき説明がるだろう。
 どんなに怒っていても、また逆に遣る瀬無く感じているのだとしても。とりあえず、来い。来やがれ。顔を見せやがれ。
 加えて言うならば、クソ王もそうだ。リエムと違って、奴とは全く会いたくはないが、会わねばならないだろう。会って、この処遇にヒトコトフタコトでは足りないくらいに、物申しさせて頂きたい。
 オレの中で闘志のようなそれが熱く燃える。
 しかし、結局は虚しいばかりなのだ。
 オレは何も出来やしない。リエムは勿論、王様を呼びつけることなど不可能だ。
「何か御用意致しましょうか」
 何なりと仰って下さいと、いつの間に傍に来ていたのか、ジフさんがティーカップをオレの前に出しながらそう窺ってきた。
 今までも、手持ち無沙汰と見られたのか、考え事をしている時に聞かれたそれに対し、オレは色々言った。リエムは来ないのかなとか、王はオレをこんな所に入れてどういうつもりなんだとか、どうしてオレがこんな目にあっているんだとか、貴方はおかしいと思わないのかとか。必要なのは物ではなく情報だと、意見だ言葉だと、何度かオレは首を傾げたのだけど。
 優秀な執事は、そう言った余計な事は一切喋らず、ささっと流されてしまった。三日目となれば、最早もう問う意味さえない。存じかねます云々は聞き飽きた。
「私は少し、こちらを離れさせて頂きます。もし入用なものが出来ましたら、」
「あ、紙」
 護衛に言って下さいと続けかけたのだろう言葉を遮り、オレは思いついたそれを口にする。
「何でもいいので、紙を下さい」
「便箋ならばこちらにございますが」
 イキナリ何を言うんだと、漸く要求したと思ったら紙かよと。そんなツッコミが胸中であったのだろうに、そういうのをおくびにも出さず。ジフさんは壁際に置かれた机の引出しからそれを取り出し、カップの横へと置いた。
「ありがとうございます、頂戴します」
 指で擦り、光に透かして確かめた感じでは、藁半紙と言ったところだろうか。同じメモ用紙である庶民のそれと比べれば、断然薄く出来ている。流石王宮と言ったところか。
「あと、小さいものでいいので、よく切れるナイフもお願い出来ますか」
「申し訳ございませんが、そのご希望には添えません。危険なものは御渡し出来ないことになっております」
「じゃ、食事で使う刃のないナイフは? 定規でも構わないけれど」
「畏まりました」
「あ、別に急がないから、ジフさんが帰ってきてからでいいです」
 呼び止めてすみません、行ってらっしゃいと。オレは約束を取り付けただけで良しとして、ジフさんを座ったまま見送る。
 ただ貰った紙を切ろうと思っただけなのに、何が危険なのか。凶器を持ったら暴れるとでも思っているのか、と。頭の墨では舌打ちをする自分がいるけれど、そんな事でジフさんに食って掛かっても仕方がないし。何より、さっさと見送って遊ばせて貰う方がいい。
 そう、イライラと腐りかけていて、ふと思いついたのは。オレなりのストレス解消方が、ここでなら可能だという事だ。王宮なのだから、物資は沢山揃っているはず。そして、奇しくもオレはそれを要求出来る立場にいる。
 ならば、この状況を利用して何が悪いと。田舎では貴重だと高値がついていた紙よりも質のいいそれを前に、オレは何をしようかと顔を緩める。立ち上がり、便箋の残りを確かめ、これだけあれば色々出来るなと胸を躍らせる。
 遊んでいる場合じゃないけれど、遊んでいなければやっていられない。
 異世界に来て二ヶ月近くが経とうとしている。その間、オレは自分で言うのもなんだが、結構頑張ってきた。今も、頑張っている。幸い、放置されて時間だけはあるのだから、ここでちょっと休憩をしても罰は当たらないはずだ。勇者でも神子でもないので、トリップ話には付きものである使命をオレは帯びていないのだから、腐りきる前に息抜きをして何が悪いと言うものだ。
 若干歪ながらも正方形を作り、便箋を折ったり開いたりを繰り返してみて強度を確かめる。これならば、充分折り紙代わりになると、コチコチ折り込み、カエルなんかを作ってみる。
「ホラ、跳べ」
 爪で弾くようにして尻を叩けば、数センチの距離をジャンプし、カエルがテーブルから落下した。
 次は箱でも作るかと考えながら、オレは床で転がるカエルを拾い顔を上げて。
「へ…?」
 何気なく見やった場所にいた人物に驚き、間抜けな声を上げてしまう。
 オレが視線を向けた事に気付いた瞬間、震えるかのようにビクリと小さく揺れたのは、立派過ぎる体格を持つひとりの青年で。
「……何してるんですか?」
 思わずそう聞いてしまったのは、軍服を着ているにもかかわらず、兵士らしさが皆無であったからだろう。腰に挿した剣が抜けるかどうかすら怪しいものだ。抜けば自分の腹を刺すんじゃないだろうか。
 実際には流石にそんな事はないのだろうし、問題児の監視役に抜擢されるのだからそれなりに有望な兵士なのだろうけど。中身がはちきれんばかりの軍服が、何故か着られているように見えて。
 会うのは二度目なのに、一瞬で哀れを覚えた。それは、距離があってもわかるほどにキョドっているからというのもあるだろう。何をそんなにびくついているのか。
 ま、初めて会った時もそうだったのだけど。
「…………わ、わたしはッ、あ、貴方様の、ご、護衛を、申しつかって、います、」
「それは、ご愁傷様です」
「い、あ、え? あ?」
「お茶、飲みませんか?」
 そうしたら、ちょっとは落ち着くんじゃなかろうかと。俺がふざけた返事をした以上にパニックになりかけているようなハム公に、オレはにこりと微笑み空いている席を示したのだけど。相手はブンブンと勢いよく首を振った。

 ……コイツ、ホントに軍人なんだよな?
 大丈夫か?


2009.08.31
94 君を呼ぶ世界 96