君を呼ぶ世界 100


 その強気の根拠はどこにあるのでしょうか。
 いっそ、教えを乞いたいくらいです。

 流石、一流執事である。
 庭に拉致されたオレを追ってきたジフさんが、ラナックにきっぱりと、職務を逸脱した行為だと苦言を呈した。しかし、言われた方はふてぶてしくも、「今は休憩中だ、知り合いに誘われ茶をして何が悪い」と、ジフさんの手からカップを奪い堂々と口を付ける。
 こんな男に何を言っても無駄だと思ったのか、執事サマは瞬時に標的をオレに移し、「よろしいのでしょうか」と窺ってきた。
 それは、一体どういう意味なのか。この男をのさばらせていいのかという意味か、二人で茶などしていいのかという意味か、助けましょうかという意味か、自分は下がるが本当にいいのかという意味か。
 曖昧すぎてわからないオレは、けれどもわかったところで、リアルジャイアンに刃向かう真似は出来ず。
 迷う余裕もなく、余計な事を言ったら噛み殺すぞ的な視線を向けられているのを感じながら、「大丈夫です、何かあったら呼ばせて頂きますから…」と、不本意ながらもジフさんに退場を促すしかなかった。
 今のオレは、自分が自分であるだけで蔑まされるノビ太みたいなものだ。いや、彼と違って、あの猫型ロボットどころか、ジフさんにさえ助けてくれと言えないのだから、ノビ太よりももっと弱い。何も持たない、虫けら同然だ。
 役に立たなくてもいいから、せめてここにハム公が居てくれたら…と。オレは、ジフさんが遠ざかるのを待っているらしい男の視線に曝されながら、今から何が起こるのかわからない緊張に無駄に視線を動かす。
 けれど、特に何もない東屋に、見るものはない。
 通り過ぎていく風を追うように庭へと視線を飛ばし、緩く長く息を吐く。
 一体、何の拷問なんだか、これは。
「さて、何から聞くか」
 ゴトリとした音に振り向くと、ラナックが両手で凭れていた剣を横に置き、両腕を組んだ。少し顎を上げ、無理やり見下ろすようにオレに視線を当てる。
「お前がこの蝶の間の主だというのが本当ならば、正直関わりたくねえってものだが、そうも言っていられない。俺が耳にしていい話かどうかは、聞いてから判断してやろう。取り得ず、洗い浚い白状しろ。お前は何をやりやがったんだ?」
「……いや、白状と言われても」
 騎士としての慎みか、ただの面倒臭がりかは知らないが。どうやら知りたくない事もあるような予感を得たらしく、少し牽制気味だ。そして、そんなラナックに同意するわけではないけれど。確かに、オレ自身喋ってもいいのかどうかわからない事ばかりなので、判断は委ねたい気分だ。
 だけど。
 別段、神子に間違われちゃってさアハハ、と語ったところでこの男は相手にしなさそうだし。神子を知っているんじゃないかと詮索されてなァと言ったところで、自ら追求を始める事もなさそうだから。正直に話したところで、この男に厄介ごとを回避する準備を与える程度で問題はないのだろうけど。
 だけど、一応。この男もまた、あの暴君王に仕える奴だし。リエムとは仲良しだし。オレの事を毛嫌いしているし、などと思えば。自分の手の内というか、面白くない事態を曝け出すのは躊躇われた。詳しく話せば、更なる厄介が起こりそうだ。
 神子召喚なんて国家機密並みのそれを、ここで語ればまたオレは罪を擦り付けられ
るのかもしれない。何より、この男はそんな話は聞きたくはないだろうし、訊いたところで宣言通り、聞かなかった事にするのだろう。王様の独断行動に不快を感じるような潔癖さはこの虐めっ子にはないはずだ。また、オレを助ける気もない。ならば、言うだけ無駄というもの。
 しかし、リエムのようにその暴走を支持する妄信さもないだろうから、一矢報いる為にも、嫌がらせ代わりにすべてを喋ってやるかとも思いもする。溜まった鬱憤を晴らす術を捜し求めているオレには、それはとても魅力的だ。王が神子を呼び出したんだよ!と、この虐めっ子を驚かせてやるのは面白そうだ。
 けれど、一瞬本気で思ったのだが、結局オレは口からそれを零しはしなかった。
 あの男が呼び出した、神子云々は兎も角。オレはそれ故この世界に来た異界人であるというのは真実だし、何より、サツキと神子が絡むような胸糞悪い話は出来るだけしたくはないしで。勢いがあっても、喋れるはずがないのだ。
「どうしてだか、オレにもわからない。聞こうにも、ここへ閉じ込められてから全然、話が出来る奴には会わないし」
「何も心当たりがないと言うのか?」
「オレ自身はないよ。こんな事をするくらいだから、向こうにはあるんだろうけどね」
「わからないのに捕まっているって言うのか、どんくせえな」
「そうは言っても、いきなりだったんだ。それで驚いて、王様相手に抵抗したから……まあ、こういう事になっているんだろうけど」
「お前にとっては、ここは牢屋か」
「…ああ、うん」
 わからないなんて惚けて逃げるには、あまりにもな状況であり、通用しないなと。誤魔化されてはくれないだろう事がわかりながらも、いい嘘は思いつかず。ただ、逃げるように説得力のない言葉を重ねていたのだけど。
 意外にも、ラナックはオレの言葉を受け取り。そして驚くべき事に、オレの心境を見事言い当てた。思わず息を飲み、飲んだままオレは固まる。
 この男ならば、こうして豪華な部屋で三食与えられ世話を焼かれ傅かれた生活に浸かったオレを、絶対に詰ると思っていた。だからこそ、客間の主がオレだと聞いて不快を示したのだと思っていた。だけど、どうだ。牢屋だなと、この男はオレの居心地の悪さを察し言い当ててくれた。衝撃だ。感動だ。
 しかし。
 察してくれたところで、虐めっ子は虐めっ子のままであるらしい。
「ハッ!いい気味だな、せいぜいとっ捕まっていろ。お前がうろちょろしていなけりゃ、こっちも安心だ。目障りだったからなあ、丁度いい」
 男らしいその言い草に、この男がオレをわかってくれるなんて…!としかけた感動を返して欲しいとオレは若干視線をそらす。ちょっと今、すごい屈辱的なんですけれど。傾きかけた自分が憎い。
「何ならオレからも、王に頼むか? お前をここから出すなとな」
「……オレは、直ぐにでも店に戻りたいんだけど」
 こいつならやりかねないと、無茶な事を口にする男に、無駄だとわかりつつもオレは言う。王様と口が利けるのならば、逆をしろよ、クソ。傷口に塩を塗って楽しいか、虐めっ子め。
「はあ? 戻りたい? 冗談じゃねえよ、バカ野郎。テメエはもう用済みだ、用済み。ここを出ても店に戻れると思うんじゃねえよ、他の働き口を探しやがれ」
「……」
 ……あのな、基本中の基本だけれど。
 オレはアンタに雇われているんじゃない。オレの雇用主は女将さんだ。勝手にクビを切ってくれるなよ…。
「第一、簡単にここから出られるとでも思っているのか? おめでたい奴だな」
「…王様の誤解が解ければ、オレになんて用はないはずだよ」
「だからめでたいって言うんだよ、馬鹿が。王が何を考えてお前を捕まえたのかは知らないが、ここは蝶の間だ。ここに居るのがお前だとはまだ広まっていないが、蝶の間に主が出来た事は王城内が知っている。お前自身の事がバレルるのも時間の問題だろう。そんな奴が、簡単にここから出ていける訳がないだろう。王の用は済んでも、他の奴はそうも行かないさ。良かったな田舎者、ここから出たら人気者で引く手数多だぞ」
「……何で?」
「だから、言っているだろうボケが! 蝶の間の主を放っておくほども、この王城は甘くはないんだよ。テメエが囚人だろうが何だろうが関係ない。関係なければ作るのが、ここの常識だ。せいぜい痛い目を見ないように気を付けるんだな。今からでも王に泣いて頼み、慈悲を貰えばどうだ。まあ、出来るものならばだが……ひょっとしたら、あの王様はお優しいからな、そう無理じゃないかもしれないぞ」
 そうなったら、お前は完全に桔梗亭には戻れないし。もう今の時点で既に無理そうだから、後釜を決めるように言っておかないとな。それにしても、ホントに薄情な奴だな。彼女があれだけ親身になっていたというのに、お粗末な話だ。捕まるだなんて、ボケッとしているからだろう。自業自得だ。ホント、厄介な事になったもんだ。ある意味器用だな。言っておくが、オレはもう知らないからな。お前には関わらない。貴族様方の攻防に首を突っ込むほども暇じゃないんでな。
 一体何を言っているのやら。聞き取れた言葉に対しては、色々と突っ込みたい反撃が浮かんだけれど。
 延々と続く小言のような男のそれに、誰が泣くか!慈悲って何だ!アンタの優しさの基準は低すぎだ!とかの言葉は腹の底へと引っ込んだ。全くもって、ひとつひとつの言葉はわかるけれど、話が見えない。意味がわからない。全然繋がらない。
 兎に角、まずはと。オレは、男が重点を置いているらしいこの部屋についてだけでも聞き出さねばと訊いてみる。
 立派にも、蝶の間なんて名前がついているようだけど。それが何だというのだろう。
「あの、さ。客間に人を入れただけで、何だって言うんだよ?」
 客間だから、客が入って当然だろう。オレ自身が何者であるか…つまり囚人もどきだとバレてもいないのに、何だというのかその騒ぎ様は。客が入るとそうなるのか?
 これが、さ。罪人を庇い独断で恩赦を与え牢から出した、とか何だとかだったら、王が非難されるのはわかるけど。オレが気に掛けられるのはわかるけど、と。外はどうなっているのやらと首を捻りつつも言ってみれば。
「お前は阿呆だな、何度も言わすな。さっきから俺はちゃんと、蝶の間だといってやっているだろうがボケ」
「……」
「とろいな、オイ。言いか、良く聞けよ。現王がこの部屋に主を置いたのは初めてだっていうんだよ」
「…客間のくせして、使われていなかったんだな」
 あの王様、友達居ないのか。客がないとは寂しい奴だと、一応説明をして貰ったので感想を述べると、盛大な舌打ちをされた。凄まれた。
「おい、まさかお前、蝶の間を知らないとか言わないよな、あン?」
「…この部屋の事だろ、知っているよ」
「ンなのは知っているうちに入るかアホッ!」
「…………何かあるの?」
「あるも何も、蝶の間は、蝶の間だろう。子供でも知っているぞ」
「だから、何?」
「……。……神子・ディゴの事は知っているか」
 怒鳴ったかと思えば、考え込むように黙り。口を開けば、唐突に昔の神子の話。どうなっているんだと戸惑いつつも、オレが素直に頷き返事をしてやると、ラナックはそれなら何故蝶の間を知らないのだとブツクサ愚痴る。その様子から、どうやらその件の神子と関係があるのかと。だから、蝶なのかと思い当たった。
「この前見たよ、ディゴの蝶。綺麗だった」
「そりゃ良かったな」
「っで。蝶がどうした?」
「蝶じゃない、ディゴだ」
 はあァと、聞かせるようにラナックは息を吐いた。溜息にまで嫌味を込められねばならぬほど、オレは惚けた事を聞いているのだろうか?
「ディゴが、何?」
「耳の穴かっぽじって良く聞けよ。いいか? この部屋は、この土地へ首都を移した王が、愛する神子の為に作った部屋だ。既に亡くなっていた神子の為にな。以降、ここは王の愛妃が住まう間となっている。王の私室の中にあるので、その時一番の寵愛を受けているものが住まうようになったんだよ。時には、後宮よりも便利だからと、正妃に与えた王も居たようだが…大抵が妾妃用だ。尤も、最近では、王とて妃を多数娶る訳ではないから、ただの私室の一部となっていた時もある。純真に、家族や師や、それこそ友に明け渡すこともあったようだが、それはそれで全てを整えてからの事だ。今回のようでは誰だって、現王が寵を持たれたと思うだろう。知っているか? 余りにも、王が何も語らないからな。お前はそれは相当伽を受けていると思われているんだぞ。その中には、蝶の間に入ったのは神子じゃないかとの噂まであるんだ、喜べ田舎者。こうも注目された事はないだろう、人気者だな」
 だが、ここから出た途端、地獄かもなと。
 口角を上げて笑う男を睨んでやる事はおろか、オレは余りの話に言葉さえも失ってしまう。
 寵愛って、なんだそれ…? 理解する事を脳が拒否する。薄ら寒い話だぞ、オイ。
 それでも、ひとつ。どうしても気になって。
 オレは無意識に近い感覚で、口を開き言葉を落とす。
「…子供でも知っているって言ったけど」
「ああ?」
「知ってちゃまずいだろう、王様の下半身事情なんてさ」
 愛人なんて大人の話を教えるなよなと、茫然自失に近い状態で淡々とオレがそう口にすると、「お前は間違いなく阿呆だな、聞いた感想がそれとは…」と心底からの溜息を吐かれた。

 いや、感想って…。
 それの何に、どう感想を持てというのか。
 ドン引き以外、何もない。


2009.09.17
99 君を呼ぶ世界 101