君を呼ぶ世界 102


 いや、もう、お腹いっぱいだから。
 アンタは来なくていいよ…。

 昨日は思わぬ攻撃をくらい、ハム公と引き裂かれてしまったので。
 今日は邪魔者は要らないと、オレは朝からハム公が庭での警備についているのを知ってその隣へ座り込んだ。
 日光浴にはちょっときつい日差しだが、丁度木の陰に当たる場所なので心地よい。太陽が頂点を過ぎれば日に照らされるだろうが、女の子ではないのだから焼けたところで構わない――と、オレ本人は気にもしていないというのに。自分に合わせて庭に座り込ますなど恐れ多いと恐縮してパニくるハム公を呆れつつも笑っている間に、ジフさんの指示によってそこに椅子と日除けが用意された。
 一体、オレはどんな身分なのだか。至れり尽せりだ。
 オレが部屋に戻る気がないのを察し迅速に動いたジフさんのそれに、今度はオレが恐縮して焦る。流石に、お仕事中なハム公の横で、優雅に椅子に腰掛けているなど出来ないというものだ。だが、ジフさんとしては仕事に手は抜けないというように引きはしないのだから、結局はオレが折れるしかない。
 仕方がないので、どうにかこうにか言葉を重ねて、庭の監視とオレの相手をするハム公にも椅子を用意して貰った。ハム公は相変わらず、「ぼ、ぼくは、け、結構です…」と、首がもげそうなほど頭を振り遠慮していたが、そこはジフさんに半分ほど勝てたオレだ。押しに弱いハム公に負けるはずもなく、完璧な日陰へと連れ込んだ。
 はっきり言って、仕事中なハム公には迷惑極まりない話だろう。同僚達にも、お前は何をしているんだと後で言われそうだ。その時、この青年は上手く言い逃れが出来るのだろうか。王の客の我儘は聞かないわけにはいかないのだから仕方がないだろうと、オレのせいにして逃げる事が出来るのだろうか。…いや、考えるまでもなく、出来ないのだろう。理不尽を飲み込み、ただスミマセンと謝って項垂れていそうだ。
 オレとしては、癒しな人物を隣に置いてまったりな時間を楽しめるが。この兵士にとっては、本気で遠慮したいのかもしれないと。他愛ない会話を交わしながら、今なおどこか緊張しているのかどもるハム公を観察しながらそう思ったのだけど。オレだって、リラックス出来る事がなければここではやっていけないというもので。こいつのこれがあるから、なんとか留まっているんだからと。迷惑でも手放せないんだよなと、自分勝手なそれを許す。どれだけの迷惑かわかりながらも、だ。
 もしも、ハム公が我慢出来ずに文句が言いたいというのであれば。ぜひともオレを飛び越えて、上司なり元凶の王様などに直談判してほしい。そうすれば、オレだって、この放置状態に対処の仕様があるのかもしれない。
 だが、この青年はそれもしないだろう。出来ないだろう。
 だったら、精々、このお人好しくんを弄らせて貰おうではないか。それを見かねた、ハム公の同僚や上司から文句が出るのをこうして待っていれば、オレにとって一石二鳥。なかなかいいかもしれない。
 いや、しかし。それより前に、さっさとハム公が配置換えされたらどうしよう。
 オレが構いすぎると、そういう危険もあるんじゃないのか?
 ふと浮かんだそれに、嫌な予感を覚える。あの王様のことなら、閉じ込めた部屋でオレが楽しげにしているなど許しはしないかもしれない。仲良くなった兵士を引き離そうと考えても不思議ではない。
 癒し確保の為にはもう少し自重すべきか、と。昼食を境に、持ち場を変えるハム公を見送り居間で大人しくしていたオレの前にやってきたのは、昨日も会ったラナックさまさまだった。
 もの凄く嫌そうに入ってきたその男に唖然とするオレとは対照的に、即座に動いたジフさんに虐めっ子は、昨日同様面白くなさそうに「非番だ。知人に会いに来て何が悪い」と吐き捨てた。その言葉にも、オレは瞠目する。
 知人?会いに来る? ツッコミどころ満載だ。
 だけど、実際には指摘はしない。すれば殺すと、オレを射貫く目が語っている。
「……何をしているんだ」
「いや……暇だから、さ…ちょっと」
 遠慮する事無く踏み込んできたラナックは、オレの手元を冷めた目で見て、オレの返答に「いいご身分だな」と鼻で笑うように言った。望んで座っている身分じゃないと、本気でいいと思うのならば変わってやろうかと、頭のどこかではそう思い舌打ちをしていたが。実際には、オレはすごすごと卓上に広げていた遊び道具を纏め寄せる。
 こんな風に桔梗亭の模型を作成しているなどとバレテは、女々しい奴だと言われそうだ。事実としてそうであっても、言われたくはない。
 ジフさんが直ぐにそれを脇へと寄せてくれ、空になったテーブルにお茶を出してくれる。何だかんだ思うところはあるのだろうが、オレが拒否しない限りはどうやらこの虐めっ子もちゃんとした客になるようだ。尤も、それも王からの指示であるだけであり、オレの意思を本気で尊重しているわけではないのだろう。
「えっと…本日はどのようなご用件で?」
「…親切で来てやったが、お前を見るとそれをなくすな」
「はい?」
「どうすればそうふてぶてしく居られるのか、知りたくはないが聞いてみたいもんだ」
「……」
 ふてぶてしい? オレが? どこが?
 虐めっ子に言われたくはないぞと眉を寄せると、「そんなだから、捨てられるんだ」と意味不明な事を言ってきた。妙な言い掛かりで一体何の結論を出しているのか知らないが、腹立たしい事この上ない。いきなり来て、不機嫌な上に噛み付いてくるのならば、いっそ来るなというものだ。
 この男、親切の意味を知らないんじゃないのか?
 ムスッとなるのを止められずに膨れっ面を見せてやると、相手の眉間にも皺が寄った。
 暫し、睨み合う。
 一触即発とまではいかないまでも、それなりに緊迫したかのような雰囲気になったというのに、一端の騎士様にはオレの眼光など屁でもないのか。努力も何もせずに出したのだろう平坦な声音が、その均衡を破った。
「お前、リエムに捨てられたようだぞ」
「…………え…?」
「気付いてもいなかったのだろう。お前はどこまでも阿呆だな。リエムはもう、お前の事など気にも掛けずに何処かへ出たようだ。少なくともここ暫くは王城では見かけられていない。どうせいつものように、王の手足として国中を飛んでいるのだろう。元々、そう言う男だ。お前などに構っていられるような奴じゃない。お前が願っても、会いに来る事などないさ。まあ、王が命令すれば来るだろうが、好き好んでこの部屋に入りはしないな。尤も、今は王都にも居ないようだし、どうにもならない。リエムに出して貰おうと思っていたようだが、そういう訳で無理だな。お前はまだ暫く出る事は出来ないさ」
「……それは、困る…」
 突きつけられた言葉に対して、言いたい事も聞きたい事もあったが上手く言葉には出来ず。ただ、焦るように早く脈打ちだした心臓を宥めながら、声を絞り出し嫌だと伝える。
 けれど、相手はオレのそれを聞き入れるような男ではなく。
 オレの心境とは裏腹に、今度は楽しげに喉の奥で笑いを落とした。
「お前が困ろうがどうしようが、知るかっていうんだ。だが、まあ、そうだな。心配事のひとつを取ってやろう。桔梗亭にも顔を出してきたが、お前がいなくても全く問題はないようだったぞ。どうやら、お前の後釜も決まったようだ。良かったな、薄情なお前でも一応気にしていたのだろう。店に関しては、困る事はない。ここに居るのに、職はなくてもいいだろう。なら、何が困るって言うんだ、あァ? リエムの事に関してだってそうだろう。お前みたいな素性も確かではない厄介な田舎者の面倒など、いつまでも見ていられるかというものだ。少し考えればわかるだろう、そんなこと。愛想をつかされて当然だ。まして、自分の主に楯突いたんだからな。そんな奴に親切にした自分を、あいつも今頃は悔いているだろうよ。見捨てられて困るじゃなく、見捨てられる原因であった自分の愚かさを悔いろ」
 口を挟ませる隙もなく一気に言ったラナックのその言葉に、オレの中で憤りが生まれる。
「…………何それ」
「ああ? 文句があるのか」
「アンタは…全てオレが悪いっていうのかよ?」
「そう言っているが、聞こえなかったか? お前以外に誰が居る? 全てお前の問題だろうが他人のせいにするな」
「……アンタには、わからない」
「わかりたくもねぇよ」
 ハン!と鼻を鳴らす男を見る気にもなれず、オレはテーブルに片肘をつき、その手に顔を伏せる。
 ラナックの、感情が多分に混ざった指摘は兎も角。確かに、ここにオレが入れられている事に全く関係のないこの男にすれば、神子召喚など何ひとつ知らないこの男にすれば、オレがここに軟禁されているのはオレ自身の問題だろう。それこそ、リエムが見捨てたも、職を失ったも、何ひとつ関係ない話だ。
 だけど、実際にはそうではないのだ。オレは召喚に関与した来訪者だ。王はそれを知らないが、神子の情報を持っていると思い込んでいる。いや、王自身は、こうして私室内に閉じ込めておきながらも会いに来ないのだから、反抗者としてしか認識していないのかもしれないが。少なくとも、王以上にオレを知るリエムは、オレの関与を疑っている。神子捜索の協力を請うているのだ。この兵士が思うほども、オレの立場は単純ではない。
 例え全くの無関係だと判断されようとも、国家機密並みのものを知ったオレは、無罪放免とはいかないだろう。
 この世界もこの国もよく知らないオレには、想像でしか自分の立場がわからない。何故こんな所に閉じ込められているのか、それ故に何が起こるのか、本当に予測がつかない。けれど、王城勤めのこの男ならば、多少の事は知っているのだ。ここを出たら地獄だと、半分は虐めな脅しだろうが、半分は事実として言っていたのだろう。それなのに、不運な境遇に陥ったオレに掛ける言葉がこれなのか。
 この男に全てを告白したとしても、オレは拉致同然でこの世界に来たんだぞと言ったところで同情は得られないのだろう。だから、怒るだけ無駄だ。他人を慮れない奴の言葉など相手にするな。
 大丈夫だと。何がだとか、根拠だとか何も考えず。オレは忌々しく吐き捨てられた声に目を瞑り、憤りも遣る瀬無さも流した。取り合わない事で、処理出来ない感情に蓋をする。
 オレに対する態度もきついが、それ以上にこの騎士は厳しいと。昨日同様、言いたいことを言ってさっさとラナックが去っても、オレは理不尽と現実と真実が起こす波に堪えていた。
 リエムのことも、職のことも、深く考えれば落ち込むだけだ。取りあえず、女将さん達が困っていなくて良かったと、リエムの訪問がない理由がわかってよかったとだけ思っておこうと努力する。だが、そんな事、上手く出来るはずもない。
 ジフさんが気に掛けてくれたがやはり浮上は難しく、一日前と同じように鬱々とした夜を過ごす羽目となった。
 そして、翌日。
 今日もハム公に癒されたいと、寝不足気味ながらも起き出し居間へと向かったオレの前に立ったのは。
 オレの気鬱の根本的な原因ではないけれど、きっかけを齎してくれる騎士殿で。
 朝イチでは拝みたくないそれに、げんなりしたのは言うまでもない。
 何故いる、オイ。三日連続で現れるな虐めっ子。もう、アンタの嫌味は満腹だ。食傷気味だ。許容量は既に超えているぞ、クソ。
「お前、ここから出て行けよ」
 朝の挨拶も何もなく開口一番そう言ったラナックが、立ち尽くすオレに近付いてくる。
「迷惑なんだよ」
「……そんな事、言われても。オレだって出たいさ…」
 間近で見下ろされ、不本意だが思わず視線を彷徨わせてしまいつつも、何とか反論を試みるが。
 オレがいい加減にしてくれという前に。
 虐めっ子が爆弾を落とした。
「だったら俺がお前を外へ出してやる。いいな?」

 ……ゴメンナサイ。
 もう何がなんだか、一杯いっぱいです…。


2009.09.28
101 君を呼ぶ世界 103