君を呼ぶ世界 115


 何度問われようと。
 オレ自身、この世界での自分の立ち位置が、未だにわかっていないのだから。

 お久し振りですな王様は、相変わらずクソ面白くない雰囲気で、オレを見下しているのを隠しもしない。その点はラナックと一緒だが、彼のそれは子供じみていて呆れを呼ぶだけだ。しかし、王のものはもっと粘っこいというか、濃度が高いというか、視線だけで拘束してくるような重さを含んでいる。要は、質もそうだが、レベルが違うというもの。そりゃあ、一介の騎士と一国の王ならば、違って当然だろうけど。
 それでも、それに気圧されては飲まれて終わりだと。頭の隅で、リエムに貰った忠告が、口を慎めとの警戒が点滅したけれど。この男に最後に会ったときの自体を思い出せば、到底下手に出るのは無理だという話で。
 黙っているのをいい事に、内心ではちょっとビビりながらも、言いたい事を言ってやったのだけど。
 漸くやっと口を開いたと思ったら、オレの言葉に訛がないとの指摘。
 ンなの知らねえよと言うものだ。どうだっていいだろうと言いたいものだ。
 だけど、何故かと重ねて問う男は、その答えがどこにあるのかわかっているといった表情で。オレの嘘は見抜かれているのかもしれないと、オレの中で一気に焦りが膨れる。形勢逆転…というか。攻撃開始だ。ヤバイぞオレ…!
「生まれはどこだ?」
「……」
「答えろ」
 先日対峙した時は、明らかに王様の方にも全然余裕がなかった。特に最初の遣り取りは、喧嘩そのものだった。
 だけど、今は。オレの方が分が悪い状況で、王は悠然とさえしているように見える。冷静にオレを分析するような褪めた視線が、堪らない。何もかもを見透かされそうだ。実際、一国の王ともなれば、他人を見極める能力は高いのだろう。
「聞こえないのか?」
 静かに言われたけれど、それは底冷えするようなもので、オレはびくりと身体を震わせてしまう。
 答えを持たない後ろめたさからか。それとも、これが王の威厳というやつか…。
「……あー、そのォ…、」
 黙っているわけにもいかず口を開くが、当然、言えるものはない。
「…王様に気にして頂くような事でもないので…はい」
「それを決めるのは、お前ではない」
「いや、でも…」
「ガジャリ村ではないな」
「……」
 今までリエムやこの男にオレはなんて言ってきたのだったか必死で考えるけれど、思い出せない。いや、そもそも、生まれはどこであるかまでは言った事はないか…?
 爺さんと引き篭もり気味に暮らしていたとは言った。両親はもう居ないとも言った。彼らが気にする石は片割れの物だとも言った。だけど、生まれた場所も、爺さんと暮らし始めるまでの事も、話していないはずだ。適当に嘘を並べた覚えはない。…多分。
 だから、この王様も。リエムからそれを聞いていないから問うのだと、腹を括ってオレは口を開く。
「オレの両親は、旅芸人で…。だから、あちこちウロウロで……生まれた場所も何もないようなものです…」
「祖父のもとへ行ったのは幾つの時だ」
「……じゅ、十ニ…かな?」
 ちょっと待て。こうやってドンドン質問されていくのか? 流石に嘘を八百も並べられないぞ。
 なんで今更、オレに興味を持ってくれちゃっているんだ。身上調査を始めるその意図はどこにあるんだと、サクッと続けられた問いに思わずつまった上に疑問系で返してしまう。当然、「自分のことだろう、わからないのか」と、呆れも含まずにただお前は馬鹿だと事実を述べるような平坦な言葉が返る。
 ああ、もう…何を思われてもいいから、ヤメテクレ…。
「あの、その、実はですね…、」
 王は、自分が召喚した神子を必至こいて探している中、漸く見つけた手掛かりが、実は全然使えないオレであったのでご立腹。
 リエムはそれでも、一縷の望みに掛けたいと、そんなオレに協力を求めたけれど。だけど、オレは断って。
 厄介な立場だからか、協力を得る為だからかはわかんないけれど。何らかの理由を持って、オレを軟禁していたはずではあるが。それでも、王がこうして今更オレを探ってくるのは意外で。予想だにしていなかった事態では、人間、兎に角逃げを打ちたくなるもので。
「実はオレ、ちょっと前に頭打って、結構記憶がなくなっていたりするんですよね…。昔の事は曖昧で、殆ど爺さんに教えてもらった知識というか、なんというか……」
「ほう?」
「日常生活の事はなくしていなくて、ホント、過去の記憶を蓄えておく部分がちょっと傷付いたようで…はい」
 でも、爺さんと二人でのびのび暮していただけだから、全然問題も何もなかったんですけどね――なんて。このアイディアはどうよ?採用したら乗り切れるか?を検証をする間もなく、気付けば記憶喪失オチに持ち込もうと舌を動かしてみるオレ。自分でもあり得ないと思うが、他に方法もないと、もう必至。
 そもそも、脱出成功だイエイ!な時に、これなんだから。冷静になるのは無理な話というものだ。暴走して当然だろう。
「では、お前の祖父に聞かない限りお前の事はわからないと?」
「あー、いや、まあそうなんだけど…爺さんともそう長く暮していたわけでもないような…」
「記憶をなくしたのはいつだ」
「え…あ、い、一年程前…です」
「成る程」
「…………か、川に落ちて、ね…」
「……」
「…………」
「……」
 再び、痛すぎ沈黙が訪れる。
 これはもう自業自得なのだけど。…ちょっと耐えられそうにない痛さだ。日本でならば死んでもやらないネタに、オレ自身が早くも拒否反応を起こす。
 ああ、もう、ホント。嘘です、ごめんなさい!と、誰かれ構わず謝り倒したい心境だ。即座に自爆もゴメンなので、目の前の男は除外しての話だけれど。
 あまりにも堪らずに、全速力で駆けて逃げたい衝動を抑えようと、オレは視線を部屋の中でうろつかせる。十畳ほどあり、家具は王が座る粗末な椅子がひとつと、その背にある机。あとは、小さなチェスとがひとつと、作り付けのような腰までの棚だけ。だから、空間的には広い。だが、ガタイのいい男が三人。内二人は立ったまま。気分的には狭苦しい。
 もっと厳密に言えば、精神的に圧迫されており、息苦しさマックスだ。
 馬鹿な事を言ったと謝るから、ホント、許して欲しい…。
 てか。脱走者を前にして、捕まえるわけでもなく。こいつは何を考えているんだ? 本気でお話タイムを持ちたかったのか?  態々街中まで連れ出して…?
 ……意味がわからねェ。方言がないと気付いたその時点で、普通にあの部屋へきて問い詰めればいい物を。何がしたいんだ?
「記憶がない、わからない、知らない」
 続く沈黙に嫌気がさし、理解不能な王を詰ることでどうにかその場に留まっていたオレの前で、漸く王が口を開き、軽く手を上げた。傍にいた御付が反応するのを見ながら、オレは続きの言葉を聞く。
「子供のような誤魔化しをしてまで隠したいものはなんだ?」
「…誤魔化してなんかいない」
 あ、やっぱり。こいつはオレの戯言を信じていないな、と。当然な結果で納得したが、それでもそれを悟られまいと顔を顰め不満さをオレは押し出すが。
 相手は、オレの不満など救い上げる人物ではない。
「ならば、その場合はそれ相当の罰を受けて貰おう」
「罰…?」
「言っておくが。こちらはお前が何を隠しているのかを知っている。嘘は付くだけ無駄だ、問いには正しく答えろ」
「ナニ…?」
 ちょっと待て。何気になにを言っているんだ。オレの秘密を知っているだと?
 ハッタリだと、王の眼を見て思う。
 だが、蒼い目に見返され、それが揺れる。
「お前は、神子ではないな?」
「……ああ、違う」
「では、異界人だな?」
「…………ハ?」
 言われて、目が点。頭が真っ白だ。  いきなり確信、直球ど真ん中――てか。隠し事を知っているというのは本当なのかッ!?
「生まれは、異世界。そうだな?」
「いや、ちょ、待って…。いきなり何だよ……、神子の次は異界人かよ…。でも、ナニその冗談、面白くねェって話だからソレ――ってッ! なッ!?」
 有り得ないよと、肩を竦めるつもりだったのだが。
 オレの言葉を最後まで聞かずに、王が鉱物のような目玉を動かしたかと思うと。次の瞬間には、御付の男が床を蹴っていた。
 いや、正直に言って、動いたのだと感じる間もなかった。ただ、ラナックの低い呻き声につられて横を向いたそこに、数歩離れていたはずの男が立っていて、オレはそこで漸く移動した事を知ったのだ。
 しかし、そんな事よりも。
「ちょッ! ナニ!?」
 何だ?と、その唐突な動きに疑問をもつよりも先に、ラナックの膝が崩れた。壁に持たれるようにしてズルリとしゃがんだ男の顔は、痛みに耐えるものだった。歯を食いしばり、開いた目には力が入っていて、鬼気迫るものだ。
「ど、どうしたんだよ…!?」
 慌てて駆け寄れば、御付の男が場所を空ける様に避けた。いつベルトから抜いたのか、鞘に収まったまま剣が片手に握られている。
 まさか…? と思った時には、それがオレの目の前を横切り、ラナックの肩を押した。
 いや、打ったという方がいい、容赦ない突き方だった。
「な、なにを…ッ!」
 振り仰いぎ、下から男の顔を見上げた瞬間、その御付に持っていた違和感の正体にオレは気付いた。
 この男、あの日、王宮で王に初めて対峙した時にいた騎士だ。そして、いつか夢の中でオレを刺したのもこの男だ。思い出した今も記憶にこの顔はないけれど、間違いないと第六感が告げている。
 反射的に、震えが起きた。打たれたのはラナックなのに、自分がやられたような錯覚に陥りかける。
「お前をヤれば、喋る者がいなくなるからな」
 だから、罰はそいつに受けて貰うのだと。
 当然のように言う声を背中で聞きながら、オレはただ縋るような気持ちで床に倒れた男に手を伸ばす。

 恐怖に強張る中、触れた箇所から痛みが伝わり。
 理不尽なそれに、オレの目の奥が焼けるような熱さを発した。


2009.11.12
114 君を呼ぶ世界 116